ルイと思い出のマカロン 3
「……やらせてください」
その言葉が口をついて出た瞬間、自分でも驚くほど胸の奥が熱くなった。ティアナ様はぱっと花が咲くように笑い、世界が一瞬明るくなったように見えた。
「やった!」
その無邪気な笑顔に、心が少しだけ揺れる。
「ちなみにね。ちょうど今月末にパーティーがあって、そこで着たいんだ!」
「……え?」
胸の奥で嫌な予感が跳ねた。
「いそぎだけど、いけるかな?」
「それ、先に言いなさいよ!」
思わず本音がこぼれる。けれど、文句を言いながらも、胸の奥では別の感情が燃え上がっていた。やるしかない。いや、やってみせる。
それから私は、任務の合間を縫って、ひたすらドレス作りに没頭した。
デザインを引き直し、仮縫いをして、ほどいて、また縫う。
何度も、何度も試作を重ねる。
布と向き合う時間は驚くほど満たされていて、針を動かすたびに心が静かに高鳴った。
気づけば夜が更けていることもあったが、それすら苦ではなかった。
ティアナ様は、時折ふらりとお店を覗きに来た。紅茶や甘い焼き菓子を差し入れてくれ、
「無理しすぎないでね」
と優しく声をかける。そのたびに、嬉しそうに作業を眺めていく。押しが強いのに、どこか優しくて、こちらの気持ちを急かさない。不思議な子だと思った。
でも、このドレスだけは絶対に妥協しない。
伯爵家の令嬢だからでも、初めての依頼だからでもない。
あのとき、彼女が見せた笑顔に応えたいと、心のどこかで思ってしまったからだ。
その思いが、針を進める手を支えていた。
「で、――できた。」
小さく息を吐き、そっとドレスから手を離した。完璧だ。もうどこにも手を入れる必要がない。胸を張って差し出せる、そう思える一着だった。
私は迷わず伯爵家へ向かった。胸の奥は緊張でざわついていたが、足取りは軽かった。
「ドレス? あなたが……作ったものを?」
玄関先で声をかけると、使用人が怪訝そうに眉をひそめた。次の瞬間、鼻で笑われる。
「お嬢様のパーティーには、名だたる貴族の方々がいらっしゃるんですよ?」
ひそひそと囁き合う声が耳に刺さる。
「あなたみたいな、よく分からない方のドレスを……お嬢様が着られると思っているんですか?」
……それも、そうだ。
胸の奥がきゅっと縮んだ。住む世界が違う。私は何を勘違いして、舞い上がっていたんだろう。静かに踵を返そうとした、そのとき。
「待ってください。ルイさん、ですね」
呼び止められて振り返ると、そこにいたのはティアナ様の傍にいつも控えていた執事だった。私と歳はそう変わらないが、背筋が伸び、きちんとした佇まいの人だ。
「ユウリといいます。こちらへ」
丁寧にお辞儀をし、静かに案内してくれる。扉の先から、聞き慣れた声が弾むように響いた。
「あれ? ルイ、どうしたの?」
「ドレスが……完成しまして」
「え! はやい!! ありがとう!!」
ぱっと笑顔になり、勢いよく手を伸ばしてくる。
――が。私は反射的にその手を避けてしまった。彼女の手が空を切る。
「……?」
不思議そうに首をかしげるその顔が、胸に刺さった。目を丸くしてティアナ様が私を見つめた。
「さっきね、使用人の人が言ってたの。“貴族の方は、あなたが作るドレスなんて着ない”って」
「ふーん」
まるで面白い話でも聞いたかのように、どこか楽しそう。短く間を置いて、彼女はにこりと微笑んだ。
「とりあえず、見せてよ」
その笑顔に、胸の奥がきゅっと締めつけられる。私は黙ってドレスを差し出した。――そして。彼女が身にまとった瞬間。
「すごい、すごい!!」
ぱっと表情が輝き、目がきらきらと揺れる。
「ルイ、これ……すごくいい感じだよ!」
嬉しそうに、その場でくるりと回った。布がふわりと広がり、まるで彼女のために生まれたように完璧に馴染んでいる。
……ああ。作ってよかった。心の底から、そう思えた。
「ルイ、ありがとう!」
弾む声とともに、差し出された代金を受け取る。
……これで、終わりだ。胸の奥に、じんわりと名残惜しさが滲む。
「これ返しますね」
お店の鍵も返した。何か言いたげな彼女の視線を見ないように、軽く頭を下げてその場を離れようとする。
「ルイ、またね」
その一言に、思わず足が止まった。胸の奥で、その言葉が静かに反響する。
――また、か。たったそれだけなのに、なぜか少しだけ救われた気がした。




