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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

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ルイと思い出のマカロン 3

「……やらせてください」


その言葉が口をついて出た瞬間、自分でも驚くほど胸の奥が熱くなった。ティアナ様はぱっと花が咲くように笑い、世界が一瞬明るくなったように見えた。


「やった!」


その無邪気な笑顔に、心が少しだけ揺れる。


「ちなみにね。ちょうど今月末にパーティーがあって、そこで着たいんだ!」


「……え?」


胸の奥で嫌な予感が跳ねた。


「いそぎだけど、いけるかな?」


「それ、先に言いなさいよ!」


思わず本音がこぼれる。けれど、文句を言いながらも、胸の奥では別の感情が燃え上がっていた。やるしかない。いや、やってみせる。

それから私は、任務の合間を縫って、ひたすらドレス作りに没頭した。

デザインを引き直し、仮縫いをして、ほどいて、また縫う。

何度も、何度も試作を重ねる。

布と向き合う時間は驚くほど満たされていて、針を動かすたびに心が静かに高鳴った。

気づけば夜が更けていることもあったが、それすら苦ではなかった。


ティアナ様は、時折ふらりとお店を覗きに来た。紅茶や甘い焼き菓子を差し入れてくれ、


「無理しすぎないでね」


と優しく声をかける。そのたびに、嬉しそうに作業を眺めていく。押しが強いのに、どこか優しくて、こちらの気持ちを急かさない。不思議な子だと思った。

でも、このドレスだけは絶対に妥協しない。

伯爵家の令嬢だからでも、初めての依頼だからでもない。

あのとき、彼女が見せた笑顔に応えたいと、心のどこかで思ってしまったからだ。

その思いが、針を進める手を支えていた。


「で、――できた。」


小さく息を吐き、そっとドレスから手を離した。完璧だ。もうどこにも手を入れる必要がない。胸を張って差し出せる、そう思える一着だった。


私は迷わず伯爵家へ向かった。胸の奥は緊張でざわついていたが、足取りは軽かった。


「ドレス? あなたが……作ったものを?」


玄関先で声をかけると、使用人が怪訝そうに眉をひそめた。次の瞬間、鼻で笑われる。


「お嬢様のパーティーには、名だたる貴族の方々がいらっしゃるんですよ?」


ひそひそと囁き合う声が耳に刺さる。


「あなたみたいな、よく分からない方のドレスを……お嬢様が着られると思っているんですか?」


……それも、そうだ。

胸の奥がきゅっと縮んだ。住む世界が違う。私は何を勘違いして、舞い上がっていたんだろう。静かに踵を返そうとした、そのとき。


「待ってください。ルイさん、ですね」


呼び止められて振り返ると、そこにいたのはティアナ様の傍にいつも控えていた執事だった。私と歳はそう変わらないが、背筋が伸び、きちんとした佇まいの人だ。


「ユウリといいます。こちらへ」


丁寧にお辞儀をし、静かに案内してくれる。扉の先から、聞き慣れた声が弾むように響いた。


「あれ? ルイ、どうしたの?」


「ドレスが……完成しまして」


「え! はやい!! ありがとう!!」


ぱっと笑顔になり、勢いよく手を伸ばしてくる。

――が。私は反射的にその手を避けてしまった。彼女の手が空を切る。


「……?」


不思議そうに首をかしげるその顔が、胸に刺さった。目を丸くしてティアナ様が私を見つめた。


「さっきね、使用人の人が言ってたの。“貴族の方は、あなたが作るドレスなんて着ない”って」


「ふーん」


まるで面白い話でも聞いたかのように、どこか楽しそう。短く間を置いて、彼女はにこりと微笑んだ。


「とりあえず、見せてよ」


その笑顔に、胸の奥がきゅっと締めつけられる。私は黙ってドレスを差し出した。――そして。彼女が身にまとった瞬間。


「すごい、すごい!!」


ぱっと表情が輝き、目がきらきらと揺れる。


「ルイ、これ……すごくいい感じだよ!」


嬉しそうに、その場でくるりと回った。布がふわりと広がり、まるで彼女のために生まれたように完璧に馴染んでいる。

……ああ。作ってよかった。心の底から、そう思えた。


「ルイ、ありがとう!」


弾む声とともに、差し出された代金を受け取る。

……これで、終わりだ。胸の奥に、じんわりと名残惜しさが滲む。


「これ返しますね」


お店の鍵も返した。何か言いたげな彼女の視線を見ないように、軽く頭を下げてその場を離れようとする。


「ルイ、またね」


その一言に、思わず足が止まった。胸の奥で、その言葉が静かに反響する。

――また、か。たったそれだけなのに、なぜか少しだけ救われた気がした。


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