ルイと思い出のマカロン 2
「ここのマカロン、美味しいですよね」
少女はそう言って、ふわりと微笑んだ。年相応の無邪気さよりも先に目につくのは、背筋の伸びた姿勢と、指先まで整った所作。身にまとうドレスも、生地も仕立ても装飾も、どれを取っても上等だ。……なるほど。貴族のご令嬢。
「あ、自己紹介がまだでしたね」
小さく首を傾げ、にこりと笑う。
「ティアナ・ラピスラズリです。ラピスラズリ伯爵家の娘です」
どうりで。自然と納得がいった。……それより。なぜ、そんなご令嬢が私に?
「ルイと申します。公爵家騎士団の一員として、こちらで任務中です」
「そうでしたか。任務はいつまで?」
「一か月ほどです」
「そう」
ティアナ様は紅茶を一口含み、静かにカップを置いた。……本当に、綺麗な子だ。外見だけじゃない。落ち着き方が、年齢に見合わない。
「それで……私に何のご用件でしょうか?」
慎重に言葉を選ぶ。
「スケッチブック、返していただけると助かるのですが」
「あ、そうでした」
今度はあっさりと差し出される。
「はい」
受け取りながら、視線が走る。
「……これは、あなたが?」
「はい」
「服を……実際に作っているのですか?」
「ええ、まあ」
曖昧に答えると、ティアナ様は少しだけ意味ありげに微笑んだ。
「そう」
一拍置いて、テーブル越しに身を乗り出す。
「ねぇ。お願いがあるの」
「……お願い、ですか?」
胸の奥が、ざわりとした。ただのお嬢様じゃない。この子は――。
「私に、ドレスを作ってくれないかな?」
あまりに予想外の言葉に、私は思わず目を丸くした。
「……いえ、私には無理です」
思った以上に、はっきりと言い切っていた。素人が伯爵家のご令嬢のドレスを作るなんて——そんなの、できるはずがない。ああいうものは、名のある高級ドレス店に頼むもの。私の出る幕じゃない。
「どうして?」
首をかしげたティアナ様が、不思議そうに問い返す。
「こんな素敵なデザインを描ける人、そういないわ。
勝手に覗かせてもらったけど……」
さらりと、迷いなく言い切る。
「これは、ちゃんと“形にできる人”のデッサンよ」
「……」
言い返せなかった。こんな幼い子に、核心を突かれるなんて。
「それでも、無理です」
視線をそらし、立ち上がる。
「……失礼します」
これ以上ここにいるのが怖くて、私は席を離れた。
――そして翌日。
「こんにちは」
聞き覚えのある声。
「……どうして、またここに?」
「諦めてないので」
当たり前のように、しれっと言う。
「はぁ……」
思わず、盛大なため息が漏れた。
さらにその次の日も——
これで5日目。さすがに、しつこい。
「ねぇ。どうしても、だめ?」
こてん、と首をかしげる仕草は、毎日まったく同じ。そのたびに胸がざわつく。
「何度言われても……私には無理です」
口ではそう言うけれど、心はまるで逆だ。やりたくないわけがない。むしろ、やりたくて仕方がない。こんなにも可愛くて、綺麗で、目を輝かせて期待してくれる子を前にしたら、デザインなんて、いくらでも浮かんでしまう。
「……わかった。じゃあ、こうしよう」
ティアナ様が、いつもの調子で口を開く。
「少しだけ、時間をちょうだい。
それでも駄目なら……諦めるから」
「ほんとですか?」
思わず、彼女の顔を見つめてしまう。
「うん」
「……わかりました」
その返事を聞いた瞬間、彼女はぱっと立ち上がり、迷いなく私の手首をつかんだ。
「じゃあ、行きましょう」
「え、ちょっ——」
有無を言わせぬ力で、私は連れ出されてしまった。
「……ここは?」
思わず足を止めて、呟いてしまった。
「空き店舗よ。私が買い取ったの」
まるで大したことじゃないみたいに、ティアナ様は言う。
「まだ中は整ってないけどね」
扉が開いた瞬間、息が詰まった。
店内には、装飾用の布がびっしりと並び、新品の最新式ミシン、裁ちばさみ、糸巻き。棚には、色とりどりのリボンやボタンがぎっしり。――すごい。気づけば、一歩踏み出していた。ここは……宝の山だ。
指先が無意識に布へ伸びる。質感を確かめるだけのつもりが、頭の中ではもう、形が浮かび始めていた。
「ここ、好きに使っていいからさ」
背後から、あっさりとした声。
「一着だけ。私のドレス、作って?」
……なんてことを言うの、この子は。
正直、やりたい。こんなに整った設備で、こんなに自由に、好きなものを作れるなんて。胸の奥で、何かがうずうずと騒ぎ出す。そんな私の心を見透かしたように、彼女はさらに甘い言葉を重ねた。
「ここにある布も、何でも使っていいよ」
さらりと。
「他に作ったものがあったら、それも持って帰っていいし」
――だめだ。これは完全に、落としにきてる。
視線をそらしながらも、もう一度ミシンに目が吸い寄せられる。……抗えるわけがなかった。




