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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

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ルイと思い出のマカロン 2

「ここのマカロン、美味しいですよね」


少女はそう言って、ふわりと微笑んだ。年相応の無邪気さよりも先に目につくのは、背筋の伸びた姿勢と、指先まで整った所作。身にまとうドレスも、生地も仕立ても装飾も、どれを取っても上等だ。……なるほど。貴族のご令嬢。


「あ、自己紹介がまだでしたね」


小さく首を傾げ、にこりと笑う。


「ティアナ・ラピスラズリです。ラピスラズリ伯爵家の娘です」


どうりで。自然と納得がいった。……それより。なぜ、そんなご令嬢が私に?


「ルイと申します。公爵家騎士団の一員として、こちらで任務中です」


「そうでしたか。任務はいつまで?」


「一か月ほどです」


「そう」


ティアナ様は紅茶を一口含み、静かにカップを置いた。……本当に、綺麗な子だ。外見だけじゃない。落ち着き方が、年齢に見合わない。


「それで……私に何のご用件でしょうか?」


慎重に言葉を選ぶ。


「スケッチブック、返していただけると助かるのですが」


「あ、そうでした」


今度はあっさりと差し出される。


「はい」


受け取りながら、視線が走る。


「……これは、あなたが?」


「はい」


「服を……実際に作っているのですか?」


「ええ、まあ」


曖昧に答えると、ティアナ様は少しだけ意味ありげに微笑んだ。


「そう」


一拍置いて、テーブル越しに身を乗り出す。


「ねぇ。お願いがあるの」


「……お願い、ですか?」


胸の奥が、ざわりとした。ただのお嬢様じゃない。この子は――。


「私に、ドレスを作ってくれないかな?」


あまりに予想外の言葉に、私は思わず目を丸くした。


「……いえ、私には無理です」


思った以上に、はっきりと言い切っていた。素人が伯爵家のご令嬢のドレスを作るなんて——そんなの、できるはずがない。ああいうものは、名のある高級ドレス店に頼むもの。私の出る幕じゃない。


「どうして?」


首をかしげたティアナ様が、不思議そうに問い返す。


「こんな素敵なデザインを描ける人、そういないわ。

勝手に覗かせてもらったけど……」


さらりと、迷いなく言い切る。


「これは、ちゃんと“形にできる人”のデッサンよ」


「……」


言い返せなかった。こんな幼い子に、核心を突かれるなんて。


「それでも、無理です」


視線をそらし、立ち上がる。


「……失礼します」


これ以上ここにいるのが怖くて、私は席を離れた。


――そして翌日。


「こんにちは」


聞き覚えのある声。


「……どうして、またここに?」


「諦めてないので」


当たり前のように、しれっと言う。


「はぁ……」


思わず、盛大なため息が漏れた。


さらにその次の日も——

これで5日目。さすがに、しつこい。


「ねぇ。どうしても、だめ?」


こてん、と首をかしげる仕草は、毎日まったく同じ。そのたびに胸がざわつく。


「何度言われても……私には無理です」


口ではそう言うけれど、心はまるで逆だ。やりたくないわけがない。むしろ、やりたくて仕方がない。こんなにも可愛くて、綺麗で、目を輝かせて期待してくれる子を前にしたら、デザインなんて、いくらでも浮かんでしまう。


「……わかった。じゃあ、こうしよう」


ティアナ様が、いつもの調子で口を開く。


「少しだけ、時間をちょうだい。

それでも駄目なら……諦めるから」


「ほんとですか?」


思わず、彼女の顔を見つめてしまう。


「うん」


「……わかりました」


その返事を聞いた瞬間、彼女はぱっと立ち上がり、迷いなく私の手首をつかんだ。


「じゃあ、行きましょう」


「え、ちょっ——」


有無を言わせぬ力で、私は連れ出されてしまった。


「……ここは?」


思わず足を止めて、呟いてしまった。


「空き店舗よ。私が買い取ったの」


まるで大したことじゃないみたいに、ティアナ様は言う。


「まだ中は整ってないけどね」


扉が開いた瞬間、息が詰まった。

店内には、装飾用の布がびっしりと並び、新品の最新式ミシン、裁ちばさみ、糸巻き。棚には、色とりどりのリボンやボタンがぎっしり。――すごい。気づけば、一歩踏み出していた。ここは……宝の山だ。

指先が無意識に布へ伸びる。質感を確かめるだけのつもりが、頭の中ではもう、形が浮かび始めていた。


「ここ、好きに使っていいからさ」


背後から、あっさりとした声。


「一着だけ。私のドレス、作って?」


……なんてことを言うの、この子は。

正直、やりたい。こんなに整った設備で、こんなに自由に、好きなものを作れるなんて。胸の奥で、何かがうずうずと騒ぎ出す。そんな私の心を見透かしたように、彼女はさらに甘い言葉を重ねた。


「ここにある布も、何でも使っていいよ」


さらりと。


「他に作ったものがあったら、それも持って帰っていいし」


――だめだ。これは完全に、落としにきてる。

視線をそらしながらも、もう一度ミシンに目が吸い寄せられる。……抗えるわけがなかった。

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