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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

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ルイと思い出のマカロン 1

ルイside


潜入用の服の試着と、そのまま準備も兼ねて伯爵家を訪れた。屋敷の一室には布や小物が整然と並び、どこか作戦前の緊張感が漂っている。……でも。

ずっと気になっていたことを、ここで聞かないわけにはいかなかった。


「ねぇ、ティアナちゃん」


「なに?」


鏡の前で袖を整えていた彼女が、何気なく振り返る。


「王子と、どうやって仲直りしたの?」


一拍おいて、にやり。


「……実行したの?」


「ぶっ――!」


次の瞬間、ティアナちゃんは盛大に咳き込んだ。


あ、やっぱり。


「お嬢様、汚いです」


呆れた声とともに、アリスがすっと前に出て、何事もなかったようにハンカチを差し出す。


「……あ、ありがとう」


赤くなりながら受け取るその様子が、もう答えみたいなものだった。


「そ、それは……ひみつで……」


視線が泳ぎ、耳まで真っ赤。


「ふふ、そっか〜」


私は肩をすくめて笑う。


「でも、よかった。ちゃんと仲直りできて」


その言葉に、ティアナちゃんは少しだけ表情を緩め、小さく、でも確かに頷いた。……うん。これはもう、大丈夫そうね。


「それにしても……いつも完成度が高いよね。ルイが作るものって」


鏡越しにそう言われ、私は小さく笑った。


「ありがとう。でも、それはティアナちゃんが――私を見つけてくれたおかげ」


言葉にすると、胸の奥がじんわり温かくなる。ほんとうに、頭が上がらない。彼女が進むと決めた道を、私も迷わず進む。それくらいの覚悟を、あの人は知らないうちにくれた。

……そして。

ふと意識が遠のく。

私は、ティアナちゃんとの出会いを思い出していた。


6年前。


ルイ、18歳。

ティアナ、12歳。


私は、昔から服を作るのが好きだった。

布に触れ、形を考え、誰かに似合う一着を想像する――その時間が、何より幸せだった。けれど、母が亡くなり、家は一気に傾いた。

父は酒に溺れ、気づけば借金まで背負っていた。まだ幼い双子の妹たち。泣き声を聞くたびに、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。――夢を追っている場合じゃない。何度も、何度も、自分にそう言い聞かせた。

幸い、私は魔宝石の適性を持っていた。

そのおかげで王国騎士団に入り、やがて公爵家付きの騎士として働くことになる。収入は安定した。屋根のある家と、温かい食事が手に入った。

……やりたい仕事ではなかったけれど。

それでも、妹たちが笑って生きていけるなら。私が我慢すれば、それでいい。あの頃の私は、そう信じて疑わなかった。


遠征任務のため、私は1か月ほどラピスラズリ伯爵家の領地近くに滞在することになった。任務の合間、時間を見つけてよく立ち寄るカフェがある。

香りのよい紅茶と、添えられるマカロンがとても美味しい店。


束の間の休息。私はテーブルにスケッチブックを広げ、ドレスのデッサンを描き始める。……やっぱり、好きなことはやめられない。これはもう、趣味だ。誰に見せるわけでもない、私だけの時間。

合間を縫って少しずつ仕立てたドレスを、妹のエマとサラに着せるのが何よりの楽しみだった。

くるりと回ってはしゃぐ2人の姿を思い浮かべると、自然と頬が緩む。――けれど。父は、それを馬鹿にしていた。


「そんな、金にもならないことをするな!」


怒鳴り声が、今も耳に残っている。

……母がいた頃は、こんなふうじゃなかったのに。

あの人が笑ってくれていた頃は、この家も、もう少しだけ温かかった。


さて、と。

時間を確認して、私はすっと立ち上がった。

……そして。任務を終えた帰り道で気づく。――スケッチブック、忘れた。思い当たるのは、あのカフェしかない。慌てて戻ったものの、店の灯りはすでに落ち、扉は固く閉ざされていた。……仕方ない。


「明日、もう一度行ってみるか」


そう自分に言い聞かせ、その場を後にした。


翌日。


「あの……昨日、スケッチブックを忘れてしまったのですが。こちらに、ありませんでしたか?」


恐る恐る尋ねると、店員は申し訳なさそうに首を横に振った。


「いえ……見当たりませんね」


胸が、すとんと落ちる。

……やっぱり、ここしか思い当たらないのに。そう思った、そのとき。


「探しているのは……これ、ですか?」


鈴が鳴るような、澄んだ声。思わず顔を上げて、息を呑んだ。――綺麗な子。色白の肌。すみれ色と淡い桃色が溶け合った髪。蒼い星空を閉じ込めたような瞳。年若いのに、不思議と目を離せなかった。

それが――ティアナちゃんの、第一印象。


「あ……ありがとう」


ようやく言葉を絞り出し、受け取ろうと手を伸ばす。

……が。ひょい、と。スケッチブックが軽々と持ち上げられた。


「……ん?」


「相席しても、いいですか?」


そう言って浮かべられた笑顔は、無邪気で、堂々としていて、どこか人を巻き込む力があった。気づけば私は、反射的に頷いていた。――このときは、まだ知らなかった。

この小さな少女が、私の人生を、もう一度“縫い直してくれる”存在になることを。

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