仲直り 2
正面玄関まで戻ると、
「あっ。お嬢さーん、雪ですよ!」
レオの楽しげな声が響く。……と思ったら。
「って、殿下! あ、仲直りしたんですね!」
一瞬で状況を察するその観察力、今はいらない。
「ちっ。なんだ、仲直りしたのか」
テオがわざとらしく舌打ちする。
「ちょっと、テオちゃん!よかったじゃない」
ルイが肩をすくめてなだめた。
「とりあえず、中でお茶にしましょう」
「ええ、用意します」
場をまとめるようにユウリが声をかけ、アリスも頷く。その言葉に、張りつめていた空気がようやく緩んだ。
アレンとロベルトは事情を深く聞くこともなく、ただニコニコと笑っている。
そして――セナが、誰にも気づかれないように、そっと息を吐いた。その横顔を見て、私もようやく肩の力を抜いた。
暖炉の火が、ぱちりと小さく弾けた。
湯気の立つティーカップが並び、甘い香りが部屋いっぱいに広がる。
「はい、どうぞ」
ユウリとアリスが手際よくお茶を配っていく。
……平和。見た目だけは。
「それにしても」
ルイが、わざとらしくカップを口元に運びながら言った。
「さっきの、なかなか名シーンだったわね」
「ルイ」
即座に、セナが低い声で制する。
「え? なに?」
悪びれない笑顔。
「仲直りした瞬間に雪って、演出完璧じゃない?」
「……」
ディランが咳払いをひとつ。視線はカップに落としたまま、こちらを見ようとしない。耳が、赤い。
「殿下」
テオがじろりと睨む。
「お嬢様、大事にしてよ。次はないからね」
「……承知している」
間髪入れず返る真面目な声。――だから余計に目立つ。
アレンとロベルトは顔を見合わせて、
「なんか……あったかいですね」
「雪なのにな」
と、よくわかっていないまま微笑んでいる。
私はというと――……落ち着かない。
隣に座るディランとの距離が、近い。
さっきまで抱きしめられていた温もりが、まだ肌に残っている。
「……お茶、冷めるよ」
小さく囁かれ、心臓が跳ねた。
「……あ、はい」
カップを持つ手が、わずかに震える。その様子を見て、ルイが満足そうに頷いた。
「うん。完全に仲直りね」
「……」
誰も否定しなかった。暖炉の火と、紅茶の湯気に包まれる。
「……とりあえず、少し話をまとめましょうか」
ユウリが静かに口を開く。
その言葉を合図にしたかのように、扉の前で気まずそうに立っていたルーク団長とオリバー副団長、そしてエリックが、遠慮がちに部屋へ入ってきた。
「……」
一瞬、視線がこちらに集まる。
「す、すみません」
思わず頭を下げ、内心のざわつきを押し込めるように背筋を伸ばす。
――切り替えなきゃ。
王国創立記念祭までは、まだ時間はある。けれど、余裕があるわけじゃない。
それぞれの役割、準備の進捗警備と動線、来賓対応。
ひとつずつ確認していくうちに、部屋の空気は少しずつ、いつもの「仕事の場」へと戻っていった。
さっきまでの気恥ずかしさも、胸の奥に残る甘さも、今はそっとしまい込む。
私は、次の議題へ視線を落とした。一区切りしたところで、
「俺は、これで帰るとしよう」
ディランが静かに席を立つ。
「わかりました。……見送ります」
「それは、ありがとう」
部屋を出て、扉が閉まる。
――二人きり。さっきまでの喧騒が嘘のように、空気がしんと静まり返った。私はひとつ息を整え、口を開く。
「ディラン……」
名前を呼んだだけで、胸がきゅっと締めつけられる。
「私は、ジョルジュ陛下が信用できません」
慎重に言葉を選びながら続ける。
「なにか……とんでもないことを考えている気がするんです」
ディランは否定も驚きもせず、ただ短く頷いた。
「ああ」
その反応に、覚悟が固まる。
「……ディランのご家族を悪く言いたいわけではありません。でも――それを、確かめたいんです」
沈黙。ほんの一瞬、迷いがよぎったように見えて、思わず視線を上げる。
「大丈夫だ」
低く、はっきりとした声。
「前にも言っただろ」
一歩近づき、まっすぐに見つめてくる。
「俺が一番大事なのは――きみだ」
迷いのない瞳が、逃げ場のないほど真っ直ぐに私を捉える。
誠実で、強くて、揺るがない。その視線に、胸の奥が熱くなった。
――この人は、選んだんだ。
迷わず、私を。
「……もし、あの人が何か悪さをしているのなら」
ディランは言葉を選ぶように、ひとつ息を置いた。
「俺は、孫として。そして――次期国王として、止めなければならない…絶対に」
エメラルドの瞳が、迷いなく前を見据えている。
「今回、俺は表立っては動けない。……祖父の目があるからな」
少し声を落とし、続けた。
「だから……君に、危険な役目を任せることになる」
その言葉に、私は一瞬もためらわなかった。
「それは、大丈夫です」
むしろ、自然に口をついて出た。
「一緒に、やりましょう」
対等に。隣に立つ覚悟で。
ディランは驚いたように目を瞬かせ、それからふっと肩の力を抜いた。
「……ほんと、逞しいな」
小さく笑って。
「俺のお姫様は」
その呼び方に、胸が少しくすぐったくなる。でも――守られるだけのお姫様じゃない。そう思いながら、私は彼の視線をまっすぐ受け止めた。




