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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

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仲直り 1

ディラン、意外と早い。足が長いからだろうか。そんなことを考えてしまう自分が情けない。


「で、ディラン!!」


思いきって声を張り上げると、その背中がピタリと止まった。……お、追いついた。

追いついた、けど――私は、なにを話すんだ?なにを言えばいいの?頭の中で、ルイとの会話がぐるぐる回る。

――ちゅーとぎゅーすればいいのよ。

いやいやいや、それは違う。絶対違う。


「あ、あの……」


喉がひっかかる。胸がぎゅっと縮む。


「で、ディラン……」


もう一度、名前を呼ぶ。……でも。

止まったままの背中は、それでも振り向いてはくれなかった。


「今は……俺とは、話したくないだろ?」


振り向かないままの声。

低くて静かで――それなのに、胸の奥に刺さるほど寂しさが滲んでいた。

……拗ねてる?それとも、怒ってる?

どちらにしても、このまま背中を見送るなんてできない。

私は一瞬ためらってから、そっとディランの服の裾をつかんだ。その瞬間、ディランの体がわずかに強張る。あ、やっぱり。


「ねぇ、こっち向いて」


「……いまは、無理だ」


その一言で、胸がぎゅっと縮む。


「なんでよ。心配して、来てくれたんでしょ?」


責めたいわけじゃない。ただ、確かめたかった。

私のことを、ちゃんと見てくれているのかを。


「それは……そうだが……」


「ねぇ……」


考えるより先に、声が出た。


「仲直り、しよ」


ただ素直な気持ちが、ぽつりと零れた。


「喧嘩をしたつもりはないんだが……」


少し間を置いて、ディランが続ける。


「……でも、そうだな。俺が悪かった。あんなこと、二度としない」


「……わかった」


胸の奥の固さが、すっとほどけていく。


「私も、何も言わずにアラン殿下と出かけてごめんね」


「ああ。……心配した」


その一言が、嬉しくて。


「うん」


小さく頷いた。


「ねぇ。まだ、こっち向かないの?」


「……」


……ほんと、頑固。

しょうがない。ちょっとだけ、ずるをしよう。私は、ディランの服をつかんでいた手をそっと離した。


「わっ! 足が……!」


大げさに声を上げ、その場にしゃがみこむ。


「えっ!?」


慌てた声と同時に、ディランが勢いよく振り向き、私の目の前にしゃがみこんだ。


「どうした!? やっぱりどこか怪我でもしてるのか!」


心配でいっぱいの顔が、すぐそこにある。その距離に、胸が少しだけ痛くなる。

――今だ。

私はディランの襟を、ぐっと引き寄せた。

ちゅっ。触れたのはほんの一瞬。でも、世界が止まったみたいだった。


「これで、おあいこね」


そう言って笑うと、ディランは固まったまま両手で顔を覆った。


耳まで真っ赤。


「……ほんと、きみは……」


指の隙間から漏れる、かすれた声。


「……ずるいな……」


その瞬間、手を引かれた。

驚く間もなく、強く――でも乱暴じゃない力で抱き寄せられる。胸に閉じ込められて、息が詰まりそうなほど近い。

……近い。鼓動が、触れそう。あったかくてずっと欲しかった温もりだった。


「デ、ディラン……?」


腕に込められる力が、ほんの少し強くなる。


「心配してた……ずっと」


耳元に落ちる声は、震えるほど真剣で、胸の奥が熱くなる。


「はい」


返事をすると、ディランは息を吸い込むように続けた。


「こんなことになるのなら……王妃教育の場になんて連れ出さなければ良かった」


「それは仕方ないですよ」


「それでも、だ。君を危険に晒した」


ディランの声が、耳に、胸に、深く響く。


「平気ですよ。確かに王妃教育は大変でしたけど……」


言葉が自然とこぼれた。


「でも、ディランと授業をサボって散歩したのも、侍女になりすまして、まんまと見つかったのも……なんか、ちょっと楽しかったです」


素直な気持ちが、あふれ出る。


「こんな醜い嫉妬も、弱さも……君に見せたくなんてなかった」


その声は、触れたら壊れそうなほど弱い。いつもの余裕のある彼とは違う。


「いいじゃないですか」


私はそっと微笑む。


「私は、完璧な王子より……弱さも、狡さも、嫉妬もある、いまのディランが好きですよ?」


ディランの肩が、わずかに震えた。


「君は本当に……カッコつけさせてくれないな」


そう言いながら、さらに腕に力がこもる。


「ディラン?」


「……もう少しだけ」


耳元に落ちる声は、低くて、熱くて、どうしようもなく甘い。


「……はい」


小さく答えると、私もそっと抱き返した。

そのとき――はらり、と白いものが頬に触れる。


「……雪だ」


見上げると、静かに降り始めていた。


「ですね」


吐く息が白く揺れる。


「さすがに……冷えるな」


名残惜しそうに腕がほどかれる。


「……中、行きましょうか」


そう言って、ディランは私の手を取った。

今度は、離さないように。指を絡めたまま、ふたり並んで歩き出す。

雪の中、手の温もりだけがやけに鮮明で――

胸の奥が、じんわりと甘く満たされていった。

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