↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
305/354

王子の苦悩 2

ディラン side


心配のあまり、気づけば蒼紋ラピスラズリ伯爵家の前まで来ていた。だが――合わせる顔がない。

それでも、無事でいるかどうかだけは、この目で確かめたかった。

屋敷の様子を遠巻きに窺っていると、見慣れた姿が視界に入る。

――セナだ。

向こうもこちらに気づき、わずかに目を細めた。


「殿下……」


「やあ、セナ」


「……なんで、そんなコソコソしてるんですか?」


言葉は穏やかだが、視線は容赦なく鋭い。


「……」


「合わせる顔がないのは、まあ……わかりますけど」


「え?」


「少し同情しますよ。……少しだけ」


ぽつりと刺すように言われ、思わず頭を抱えたくなる。

――知られている。全部、だ。


「ティアナは……元気か?」


「ここまで来たんですから、自分で聞いてくださいよ」


セナは小さくため息をつく。


「しかし……」


「そんなことしてると、本当に婚約破棄されますよ?」


「それは絶対に却下だ!」


反射的に声が出た。セナは一瞬だけ目を丸くし、それから肩をすくめる。


「……それにしても、大変なことになりましたね」


「ああ。すまない。俺の祖父が……」


言葉を選びながら、苦く吐き出す。


「殿下。お嬢様は、また飛び込もうとしてますよ」


「ああ、わかってる」


「……そうですか」


短い会話。

だが、セナは視線を逸らさず、まっすぐこちらを見ていた。


「だから――これを渡してくれ」


そう言って、俺は懐から封筒を取り出した。


「なんですか、それは?」


怪訝な顔をするセナ。


「王国内の地図、警備兵の配置。見回りの時間……それに、抜け道だ」


「殿下……直接渡してください」


セナは差し出された資料を、ためらいなく押し返した。


「無理だ」


即答だった。


「こんな極秘資料、騎士なんかに預けないでください!」


セナが一歩踏み込む。

思った以上に力が強く、思わず押し返す形になる。

一瞬、静かな押し問答。――これは、無理だな。

小さく息を吐いた。


「……なら、セナ。一緒に来てくれ」


「はぁ?」


気の抜けた声が漏れる。


「頼む」


今度は、迷いのない声音だった。セナはしばらく黙り、やがて肩をすくめる。


「……わかりましたよ」


観念したように言い、踵を返す。


「行きましょ」


その背中は、いつもより頼もしく見えた。



ティアナ side


潜入まで、まだ時間はある。まずは体力作りだ。王妃教育で鈍った体を叩き直さなきゃいけない。……それにしても、セナはどこへ行ったんだろう。打ち合いに付き合うって言ってたのに。

そんなことを考えていたとき、視界の端に見慣れた姿が入った。


「あ、セナー!」


思わず声を上げて手を振る。けれど、その後ろに立つもう一人の姿に気づいた瞬間、動きが止まった。

――ディランだ。

会うのは…アラン殿下と出かけた以来だ。

に、逃げる?

……いや、違う。逃げちゃだめ。

わかってる。わかってるんだけど、足が動かない。

そうこうしているうちに、セナがすっと目の前に来た。


「ディラン殿下がお話ししたいそうです」


そう言って一歩下がる。

その背後から、控えめにディランが顔を出した。


「やあ」


「じゃあ、俺はこれで」


逃げる気満々のセナの裾を、反射的にぐいっと掴む。

そのまま、逃げ道を塞ぐように――

セナをディランの正面へ引きずり出した。


「お嬢様、なにを……」


困惑した声を上げるセナの背中に、ぎゅっとしがみつく。


「私が後ろ向きたいときは、前に立つって言ったでしょ」


「……言いましたけども」


「いまが、そのとき!」


「絶対、今ではないですよ」


呆れながらそう言うセナを逃がさないように両腕に力を込める。がっちりと背中にしがみついたまま、顔を伏せた。

――ディランの顔が、見られない。


「ティアナ、怪我はないか?」


柔らかく、気遣う声が落ちてくる。


「……大丈夫です」


「そうか。無事で、本当によかった」


少しの沈黙。そのあと、静かに続いた。


「そばにいられず、すまなかった」


「いえ……ディランのせいでは……」


背中越しに、セナが小さくため息をつくのがわかる。


「……顔を見たいんだが」


一歩、近づく気配。


「だめか?」


「え……?」


「無理もないな」


自嘲を含んだ声が、ほんの少しだけ落ちる。


「俺の顔なんて、見たくもないか」


その響きが、胸に深く刺さった。


「無事が確認できてよかった」


ディランは一歩、距離を取る。


「俺は帰るとしよう。邪魔したな」


そう言って、踵を返した。その背中が、ゆっくりと遠ざかっていく。


「……お嬢様、いいんですか?」


振り返ったセナが、静かに問いかける。


「よ、よくない」


胸の奥で何かがはじけて、声が震えた。


「……行ってくる」


一歩踏み出そうとした私の背中に、セナの手がそっと触れる。押すでもなく、ただ支えるように。


「いってらっしゃい」


一拍置いて、いつもの声音で。


「お嬢様」


その一言に背中を押されて、私は走り出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。