帰還と甘え 3
セナとの会話が、ふいに胸の奥でよみがえった。
――わかってる。ちゃんとディランと話をしなきゃ。
このままじゃ、前に進めない。頭では理解しているのに、心が追いつかない。考えれば考えるほど胸が重くなっていく。
「はああ……」
深く息を吐くと、夜の静けさが、余計に不安を大きくする。
向き合わなきゃいけないのに、どうすればいい。
セナの言葉は正しい。でも、正しいからこそ胸に刺さる。
そんな沈んだ空気の中――
「お嬢さーん!!」
廊下の向こうから弾む声が響き、次の瞬間、レオが勢いよく扉を押し開けて入ってきた。
コーラルオレンジの髪が揺れ、陽だまりみたいな笑顔が部屋を一気に明るくする。
「レオ、どうしたの?」
椅子から身を起こすと、レオは胸を張って言った。
「お嬢さん、王妃教育お疲れ様でした!」
じゃじゃーん、と口で効果音をつけながら、
彼は私の目の前のテーブルに大きなワンプレートをそっと置いた。甘い香りがふわりと広がる。
ガトーショコラの濃厚なチョコの香り。
つやつやと揺れるカスタードプリン。
真っ白な生クリームがふわりとのったショートケーキ。
そして、冷気をまとったアイスクリームがきらりと光る。
「レオすごい!私の好きなものばっかりだよ!!」
思わず声が弾んだ。胸の奥が一気にほどけていく。
「お嬢さん、いっぱい頑張ってきたでしょ?
だからご褒美だよ!」
レオはいつものようにニコニコと笑う。
その笑顔を見るだけで、張りつめていた心がゆるんでいく。
「嬉しい…ありがとう!」
「ほらほら、食べて食べて!
紅茶もどうぞ」
湯気の立つカップを差し出され、私は両手でそっと受け取る。
「いただきます!」
「どうぞどうぞ!」
ひと口飲むと、やさしい甘さと爽やかな香りが口いっぱいに広がった。
「んー…おいしい。」
胸の奥がじんわり温かくなる。
「ありがとう、レオ。ずっとレオの料理が恋しかったんだよ」
そう言うと、レオは鼻の頭をかきながら、得意げに笑った。
「それは良かった! なんせ俺はお嬢さんの専属料理人ですからね!」
へへん、と胸を張る姿が可笑しくて、思わず笑ってしまう。
「これからまた大変なことになりそうですけど…
でも今は甘いものを食べて、自分を労ってください」
その言葉は、甘いデザートよりもずっと心に沁みた。
「レオ…ありがとう」
「はいっ!」
レオは満面の笑みを浮かべた。その笑顔に、悩みがすっと溶けていく気がした。レオは、私が最後の一口を飲み込むまで、ずっとニコニコと見守っていた。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした!」
レオは満足そうに胸を張る。その明るさに、沈んでいた心が少しだけ軽くなる。ふと、胸の奥に引っかかっていた言葉がこぼれた。
「ねぇ、レオはさ……」
「はい?」
「ケンカしたときって、どうやって仲直りする?」
自分でも驚くほど自然に出た問いだった。
レオは一瞬きょとんとしたあと、ぱっと表情を明るくする。
「殿下とですよね!」
直球すぎて、思わず目をそらす。
「うーん……俺は、自分が悪くないなら謝らないですね!」
「そう」
「でも、自分に非があるんなら謝ります!
ちゃんと正面から聞きます!」
「さすがレオだなぁ」
思わず笑ってしまう。本当に、真っ直ぐすぎる。
「相手が何を思ってるかって、わからないじゃないですか。
だから俺だったらストレートに聞いちゃいますね。
俺、腹の探り合いとか苦手だから」
「そっか……見習いたい」
そう言うと、レオがぱちりと目を丸くした。
「お嬢さんにそう言われるの、嬉しいですね!」
「え?」
「お嬢さんはさ、いつも前を向いてて、なんでもこなしちゃうから。
俺が力になれることなんて、たいしてないんじゃないかって思うことがあります」
「そんなことないよ」
即座に否定した。本当に、そんなことはない。私は何度もレオの太陽みたいな明るさに支えてもらっている。レオは照れくさそうに笑い、でも真剣な目で続けた。
「だから、俺……お嬢さんの荷物が少しでも減るように、いっぱい持ちます。
だから、頼ってください」
その言葉は、甘いデザートよりもずっと深く、じんわりと胸に染み込んでいった。
「ありがとう」
「あとは、お嬢さんの素直な気持ちを伝えればいいんですよ。殿下なら、ちゃんと聞いて仲直りできますよ」
「そうかな……」
不安が少しだけ顔をのぞかせると、レオは即答した。
「はい!
あの人、お嬢さんのこと大好きですもんね!」
「……」
思わず視線が泳ぐ。そんな私を見て、レオはぱっと笑顔を咲かせた。
「あ、でもでも!
俺もお嬢さんこと大好きですからね!
そこは覚えておいてください!」
恥ずかしげもなく言い切るレオに、頬が一気に熱くなる。
「……もう、レオは本当に……」
照れ隠しの言葉が喉まで出かかったけれど、
その明るさに救われている自分がいることも、ちゃんと分かっていた。




