帰還と甘え 2
セナと二人きりになる。吐く息が白い。……もう冬なんだな。
「……それで、どうして喧嘩を?」
「喧嘩ってほどじゃないよ」
そう答えながら、つい視線を逸らしてしまう。
「アリスやルイ、テオには話して……俺には言えませんか?」
「いや、テオには言ってないんだけど」
……なんで知ってるんだろう。
「なんかさ、セナ。前はあんまり聞いてこなかったよね。今日はずいぶんグイグイくるじゃない」
少しだけからかうように言う。
「はい。お嬢様が最近、ズカズカ踏み込んでくるので」
一拍置いて、
「俺も、それを見習おうかと」
「ちょっと!なんか悪意あるんだけど、その言い方!」
むっとして、私は意を決して手招きした。
「はいはい」
苦笑しながらも、素直に近づいてくるセナ。その耳元に、私はそっと顔を寄せて、小声でこそこそと話した。
「……それは」
セナが少し考えるようにしてから言う。
「殿下に同情しますね」
「えっ!?」
「でも」
また一拍。
「お嬢様の言い分も、わかります。……半分くらい」
「半分!?」
思わず声が裏返る。
――セナが、私の味方じゃないなんて。
「なんか、セナ厳しー」
そう言って、頬をぷくっと膨らませた。セナは、そんな私を見て、ふっと優しく目を細めた。
「……なんだ。甘やかしてほしいなら、そう言ってくださいよ」
セナがふっと笑い、一歩近づいてくる。自分の首に巻いていたマフラーを外すと、そのまま私の首にぐるぐると巻きつけてきた。
……なにしてるの、この人。
「ねぇ、なにこれ」
問いかける間もなく、今度はほっぺたをむにょーっと引っ張られる。
「ねぇ、セナ」
「可愛い可愛い。大福みたいで」
――イラッ。
「なんだそれ!!」
思わず声を張り上げると、セナはようやく手を離し、少しだけ真面目な顔になった。
「お嬢様は、そうやって笑って、前を見ている方がいい」
「……むっ。後ろ向きたいときだって、あるし」
口を尖らせると、セナは柔らかく目を細めた。
「ええ。そういうときも、ありますね」
そして、ほんの少しだけ距離を詰めて言う。
「じゃあ、そんなときは――俺が、お嬢様の前に立ちましょう」
迷いのない笑顔。胸の奥が、じんわりと温かくなる。私はセナの笑顔につられて、思わず笑ってしまった。
「さすが氷の騎士様だね」
「なんですか、それ?」
セナが怪訝そうに眉を寄せる。
「王妃教育で仲良くなった令嬢が言ってたよ。セナは他の令嬢たちからそう呼ばれてるって」
「知りませんでした」
淡々と返すけれど、ほんの少しだけ耳が赤い。
「モテモテだね〜」
からかうように笑うと、セナは一瞬だけ目をそらした。
その仕草が、なんだか可愛くて――胸の奥が、ほんのりあたたかくなる。
「でも、ミラがね。氷の騎士様はいつもクールで表情が変わらないって言ってたの」
「そうですか」
セナは淡々としているけれど、どこか気まずそう。
「セナ、けっこう顔に出るのにね」
「……」
「ほら、また黙る。図星でしょ?」
「それは――お嬢様の前だけです」
セナが、少し照れたように視線をそらす。
「そうなの? なんか特別な感じだね〜」
「そうですよ」
今度は逆に、ぐっと一歩近づいてくる。マフラー越しに、セナの体温がふわっと伝わる。
「お嬢様は、ずっと俺の特別で――」
一瞬、胸が跳ねる。
「手がかかる護衛対象です」
「なにそれ!ひどいなぁ!」
思わず抗議すると、セナは堪えきれないように笑った。私もつられて笑ってしまう。冬の冷たい空気の中で、二人の笑い声だけがあたたかく響いた。
「……とりあえず、真面目な話」
セナがすっと表情を切り替える。その変化に、私も自然と背筋が伸びた。
「うん」
「正直に言いますね。殿下には、ちゃんと話して協力してもらった方がいい」
少しだけ声が低くなる。
「相手は国王です。俺たちなんて……捨て駒ですよ」
「それも、わかってるんだけど……さ」
言葉が喉の奥でつかえる。わかってる。
みんなを危険に巻き込もうとしていることも、慎重に準備しなきゃいけないことも。
「……まあ、わかってるなら、いいです」
セナはそれ以上追及しなかった。その優しさが、逆に胸に刺さる。
「とりあえず……ちゃんと話す。そのうち」
「……後ろ向きですね」
小さく笑いながら言われる。




