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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

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帰還と甘え 2

セナと二人きりになる。吐く息が白い。……もう冬なんだな。


「……それで、どうして喧嘩を?」


「喧嘩ってほどじゃないよ」


そう答えながら、つい視線を逸らしてしまう。


「アリスやルイ、テオには話して……俺には言えませんか?」


「いや、テオには言ってないんだけど」


……なんで知ってるんだろう。


「なんかさ、セナ。前はあんまり聞いてこなかったよね。今日はずいぶんグイグイくるじゃない」


少しだけからかうように言う。


「はい。お嬢様が最近、ズカズカ踏み込んでくるので」


一拍置いて、


「俺も、それを見習おうかと」


「ちょっと!なんか悪意あるんだけど、その言い方!」


むっとして、私は意を決して手招きした。


「はいはい」


苦笑しながらも、素直に近づいてくるセナ。その耳元に、私はそっと顔を寄せて、小声でこそこそと話した。


「……それは」


セナが少し考えるようにしてから言う。


「殿下に同情しますね」


「えっ!?」


「でも」


また一拍。


「お嬢様の言い分も、わかります。……半分くらい」


「半分!?」


思わず声が裏返る。

――セナが、私の味方じゃないなんて。


「なんか、セナ厳しー」


そう言って、頬をぷくっと膨らませた。セナは、そんな私を見て、ふっと優しく目を細めた。


「……なんだ。甘やかしてほしいなら、そう言ってくださいよ」


セナがふっと笑い、一歩近づいてくる。自分の首に巻いていたマフラーを外すと、そのまま私の首にぐるぐると巻きつけてきた。

……なにしてるの、この人。


「ねぇ、なにこれ」


問いかける間もなく、今度はほっぺたをむにょーっと引っ張られる。


「ねぇ、セナ」


「可愛い可愛い。大福みたいで」


――イラッ。


「なんだそれ!!」


思わず声を張り上げると、セナはようやく手を離し、少しだけ真面目な顔になった。


「お嬢様は、そうやって笑って、前を見ている方がいい」


「……むっ。後ろ向きたいときだって、あるし」


口を尖らせると、セナは柔らかく目を細めた。


「ええ。そういうときも、ありますね」


そして、ほんの少しだけ距離を詰めて言う。


「じゃあ、そんなときは――俺が、お嬢様の前に立ちましょう」


迷いのない笑顔。胸の奥が、じんわりと温かくなる。私はセナの笑顔につられて、思わず笑ってしまった。


「さすが氷の騎士様だね」


「なんですか、それ?」


セナが怪訝そうに眉を寄せる。


「王妃教育で仲良くなった令嬢が言ってたよ。セナは他の令嬢たちからそう呼ばれてるって」


「知りませんでした」


淡々と返すけれど、ほんの少しだけ耳が赤い。


「モテモテだね〜」


からかうように笑うと、セナは一瞬だけ目をそらした。

その仕草が、なんだか可愛くて――胸の奥が、ほんのりあたたかくなる。


「でも、ミラがね。氷の騎士様はいつもクールで表情が変わらないって言ってたの」


「そうですか」


セナは淡々としているけれど、どこか気まずそう。


「セナ、けっこう顔に出るのにね」


「……」


「ほら、また黙る。図星でしょ?」


「それは――お嬢様の前だけです」


セナが、少し照れたように視線をそらす。


「そうなの? なんか特別な感じだね〜」


「そうですよ」


今度は逆に、ぐっと一歩近づいてくる。マフラー越しに、セナの体温がふわっと伝わる。


「お嬢様は、ずっと俺の特別で――」


一瞬、胸が跳ねる。


「手がかかる護衛対象です」


「なにそれ!ひどいなぁ!」


思わず抗議すると、セナは堪えきれないように笑った。私もつられて笑ってしまう。冬の冷たい空気の中で、二人の笑い声だけがあたたかく響いた。


「……とりあえず、真面目な話」


セナがすっと表情を切り替える。その変化に、私も自然と背筋が伸びた。


「うん」


「正直に言いますね。殿下には、ちゃんと話して協力してもらった方がいい」


少しだけ声が低くなる。


「相手は国王です。俺たちなんて……捨て駒ですよ」


「それも、わかってるんだけど……さ」


言葉が喉の奥でつかえる。わかってる。

みんなを危険に巻き込もうとしていることも、慎重に準備しなきゃいけないことも。


「……まあ、わかってるなら、いいです」


セナはそれ以上追及しなかった。その優しさが、逆に胸に刺さる。


「とりあえず……ちゃんと話す。そのうち」


「……後ろ向きですね」


小さく笑いながら言われる。

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