帰還と甘え 1
王妃教育――
あれは、ただの教育の場なんかじゃなかった。選ばれるためでもない。試される場だった。
そして、ジョルジュ陛下がディランへ向けたあの瞳。あれは……“器”として見定める目。以前私に向けられた視線と、まったく同じだった。
――そして私は、帰ってきた。みんなのもとへ。
「お嬢さーん……おっかえりー!!」
コーラルオレンジの髪を揺らしたレオが大きな手をぶんぶんと振る。
「ただいま」
その一言だけなのに、胸の奥がふっと緩んだ。
「お嬢様、おかえりなさい」
銀髪に水色の瞳のセナが、いつもより少し柔らかい笑みを向けてくれる。
――帰ってきた。
「お嬢様。ご苦労様でした。大変でしたね」
薄栗色の髪と灰色の瞳のユウリも変わらぬ美しい所作で一礼した。
「ええ……色々と」
短く返すと、自然と息が深くなる。
「とりあえず――みんな、集まって」
私は皆を呼び集めた。
ユウリ、セナ、テオ、レオ、ルイ。アレン、ロベルト、アリス。そしてルーク団長、オリバー副団長、エリックまで揃ってくれた。
これだけの顔ぶれが一堂に会するのは、本当に久しぶりだ。
――深く息を吸う。
「聞いてほしいことがある」
その言葉に、自然と視線が集まった。
第5部、開幕。
◇
まず、ディランに向けられていた陛下の視線について話した。それが、かつてガイルが私に向けたものと同じだったこと。
人としてではなく、ただの“器”として値踏みする目。
その瞬間、場の空気がぴんと張りつめたのがわかった。
続けて、陛下との試験のことを話す。
宝石の選定試験――そしてそれが、私に“黒い靄が見えているか”を確かめるためのものだったこと。
「それから……」
私は、ほんの一瞬だけ言葉を選んだ。
「魔宝石との共鳴の確認があった」
透明な宝石。触れた途端、私の魔力を吸い取ろうとした、あの不快な感覚。思い出しただけで、背筋に冷たいものが走る。
そして、ローザとスーザのこと。さらに、陛下が差し向けた刺客の存在についても話した。場の空気が、いっそう重く沈む。
最後に、魔宝獣に襲われた件。そして、その場で――力を使ったこと。
沈黙が落ちる。
「……共鳴を使ったんですね」
セナが、ぽつりと呟いた。
「ええ」
私は、はっきりと頷く。
「陛下は、それを確かめようとしていた。
だから――あえて、魅せたの」
視線をそらさず、続ける。
「ここで見せなければ、きっとまた別の形で、誰かが巻き込まれる」
胸の奥が、ひどく痛んだ。
「……それは、だめよ」
静かだが揺るぎない声だった。
相手は王国の頂点。一歩間違えれば――全員が危険に晒される。それでも、私ひとりでは抗えない。
「……力を貸してくれる人は、いる?」
そう言って、皆の顔を見渡した。
「そんなの、当たり前でしょ。お嬢様」
「もちろんよ!」
「俺も、やります!!」
テオ、ルイ、レオが次々に声を上げ、ロベルトとアレン、アリスも迷いなく頷いた。
「私も、協力させてもらうよ」
緑の髪をゆるりと指に絡めながら、ルーク団長が穏やかに言う。
「当然です」
オリバー副団長も、即座に続いた。
「皆さんがやるなら……私もやります」
最後に、エリックが名乗りを上げる。その場に、迷いはひとつもなかった。
「なるほど。それで、この後はどう動きますか?」
セナが当然のようにこちらを見る。――すでに指示を待つ体勢だ。
「王国創立記念式典があるのは、知ってる?」
その言葉に、皆が一瞬だけ顔を見合わせた。
「騎士団からも参加者が出ますよね。まだ誰が行くかは決まっていませんが」
アレンが答え、ロベルトも短く頷く。
「王国創立記念式典は、人の出入りが非常に多い」
私は静かに言葉を選んだ。
「その混乱に紛れて――」
一拍置いて、告げる。
「潜入する」
「……潜入、ですか」
ユウリが低く呟いた。
「うん。正直に言うと、怪しい部屋はいくつか見つけられたわ。アリスの協力でね」
アリスが控えめに頷く。
「でも、実際に侵入するとなると……協力者が必須なの」
「それは、そうですね」
オリバー副団長も静かに同意した。
「なら、ディラン殿下がいるじゃん!」
レオが明るく言うが、私はゆっくりと首を振る。
「正直に言うと……ディランには、確実な証拠が出るまで伏せておきたい」
「ど、どうしてですか?」
レオが目を見開いた。
「ジョルジュ陛下は、ディランの祖父よ。……家族なの」
そこで一度、言葉を切った。
「証拠もないまま疑って、不安にさせたくない」
短いけれど、揺るぎない本音だった。
「……まあ、わかるけどさ」
レオが、少し不満そうに口を尖らせる。しばらく沈黙が流れる。
「もしかして……」
セナが一歩踏み出し、真っ直ぐにこちらを見る。
「面と向かって話せない理由でも、ありますか?」
逃げ場のない視線。さすが…鋭い。
その問いに、アリス、ルイ、そして――なぜかテオまでが、同時に視線を逸らした。
「……ちょっと、喧嘩中」
観念してそう言った。
「え!? 喧嘩ですか!? だめですよー、仲直りしなくちゃ!」
レオが勢いよく食いつく。
「まあまあ、レオちゃん。落ち着いて」
ルイが肩を軽く叩いてなだめる。
「そうです。むしろ、このまま婚約破棄でもいいと思います」
アリスがさらりと言い放つ。
「それ名案。あいつが悪い」
誰かが続け、場が一気に騒がしくなる。――わちゃわちゃし始めた。
「と、とにかく!」
私は慌てて声を張った。
「潜入するために、計画つめさせて!」
その一言で、場の空気がようやく落ち着きを取り戻した。




