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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第四部

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悪意 1

まさか――

刺客まで送り込まれるとは。

……はあ。だが、これでようやく確信した。

もう後戻りできないところまで踏み込んでいる。

それよりも――ローゼだ。

逃げる気はない。話すべきことを、正面から話しに行く。


「ローゼ嬢。

少し、お話ししてもよろしいですか?」


声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。

優雅に紅茶を口に運びながら、


「ええ、もちろんですわ。

こちらも、お茶会の場所を間違えてお伝えしてしまったようで。申し訳ありません」


――白々しい。


「それで」


彼女は身を寄せ、囁くように問う。


「婚約者候補から、辞退するおつもりは?」


「……ありません」


私は、迷いなく答えた。


「王妃の座そのものには、興味はありません」


ざわ、と周囲の令嬢たちが息を呑む。私は視線を逸らさず、言葉を重ねる。


「けれど――

ディラン殿下の隣に立つことを、私は諦めません」


胸の奥にあるものを、はっきりと形にする。


「脅されようと、傷つけられようと。

私は、退くつもりはありません」


言い切った瞬間、ローゼの頬がわずかに引きつった。

スーザも唇を噛む様子がみえた。


「……そうでしたか」


その声音は、もう冷たかった。


「では、失礼いたしますわ」


取り巻きの令嬢たちを連れ、彼女は踵を返す。去っていく背中を見送りながら、私は静かに息を吸った。

――もう、後戻りはできない。

それでも。私は、ここに立つ。


そして――翌日。


事件は起きた。

王妃教育の場。ガーデンの、ちょうど中央で。

……嫌な気配。

風が止んだ。鳥の声も、遠ざかった。世界が一瞬、呼吸を忘れたように静まり返る。

背筋を、氷の指先でなぞられたような感覚が走る。


どっち――?

視線を走らせた瞬間、“それ”が見えた。黒い靄。

垣根の奥で、ゆらりと揺れている。

まるで、こちらを覗き込むように。

次の瞬間、枝葉が不自然な音を立てて割れた。


姿を現したのは――狼?

……いや、違う。

ただの獣なら、まだよかった。

だが、これは“生き物”の形をしているだけの、何か別のもの。

額に埋め込まれた紅黒い宝石が、脈打つように光る。

その光に合わせて、周囲の空気が歪む。

喉の奥が、ひくりと震えた。


脳裏に、嫌な記憶がよみがえる。ガイルの研究室で見た、あの“失敗作”たち。――魔女の雫で作られた、擬似生命体。

けれど。これは、それよりも明らかに――異質だ。

動きが滑らかすぎる。魔力の濃度が濃すぎる。

存在そのものが、まるで“呪い”の塊のように重い。

これは……。


「……魔宝獣?」


その名を口にした瞬間、狼の瞳が、こちらにぬるりと向いた。

生き物の目ではない。感情のない、深い闇の穴。背筋が、ぞくりと震えた。


「きゃ――っ!」


鋭い悲鳴が弾け、令嬢たちが一斉に後ずさった。

恐怖に押し流されるように、整っていた輪が崩れ、足音と衣擦れが混ざり合う。


「み、皆さん、落ち着いてください!」


教育係が声を張り上げるが、その声は震え、説得力を失っていた。誰も、落ち着けるはずがない。

私は咄嗟にローゼ、そしてスーザへ視線を向ける。


――怯えている。

作り物の表情ではない。

顔色は青ざめ、唇はかすかに震え、指先は胸元を掴んだまま固まっている。

……彼女たちの仕業、ではない?

胸の奥で、疑念がゆっくりと軋んだ。


そのとき。

――視線。

ぞくり、と背中が粟立つ。

皮膚の上を、冷たい刃がそっと滑ったような感覚。

上だ。


ガーデンを見下ろす位置。木々の影の向こう、建物の縁。

そこから、まるで“品定め”をするような目がこちらを射抜いている。

感情のない、冷たい圧。生き物の視線ではない。

もっと、重く、逃げられないもの。

……陛下。

理解が胸に落ちた瞬間、この場が“偶然の事故”ではないことを、私は悟った。

逃げ道は、最初からなかったのだ。

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