刺客 1
ローゼside
――許せない。
私はずっと、ディラン殿下を想ってきた。
幼い頃から、未来を約束された“候補”として。
努力も、我慢も、誇りも、すべてそのためだった。
それなのに――
どこからともなく現れた婚約者に、
簡単に奪われていいはずがない。
嫌がらせもした。陰口も流した。けれど――何も効かない。
まるで最初から、そんなもの存在しないかのように。
なによ、あの女。どれだけ神経が太いの。
それだけじゃない。陛下は彼女に目をかけ、アラン殿下と視察にまでいってる。
そしてディラン殿下は――彼女を、見ている。
しかも本気で。私に向けられたことのない、眼差しだった。
努力してきた“私”ではなく。
胸の奥が、きりきりと軋む。
こんなの……耐えられるわけがない。
あの女がいる限り、私は永遠に選ばれないじゃない……。
「ローゼ様」
「なに?」
振り返ると、取り巻きの一人――スーザがいた。
彼女は、私以上に“私こそが殿下の隣に立つべきだ”と信じている子だ。
「私に、いい考えがあります。任せていただけますか?」
スーザの瞳は、どこか熱を帯びていた。
殿下の隣に立つのは、私であるべきなのだから。
「……王妃教育から辞退させられれば……」
ぽつりと漏らした私の言葉に、スーザは小さく微笑んだ。
「ええ。お任せください、ローゼ様」
その笑みは、私の想像よりもずっと冷たかった。
けれど私は、その違和感に気づかないふりをした。
「いいわ。任せるわ」
そう口にすると、スーザは深く頭を下げ――
その背中は、私の知らない方向へと歩き出していた。
◇
ティアナside
ディランは早朝から急ぎの執務が入ったらしい。
結局、まともに話す時間は取れなかった。
――こういうすれ違いも、王妃教育の一部なのだろうか。
そんなことを考えていると、
「ティアナ様」
背後から、澄んだ声がかけられた。
振り返ると、ローゼの取り巻き――確かスーザという子が立っていた。
いつも礼儀正しく、ローゼに忠実な印象の少女だ。
「よろしければ、15時にお茶はいかがでしょう。
ガーデンの奥でお待ちしておりますわ」
にこやかな笑顔。丁寧な物言い。
……けれど。胸の奥に、ひやりとしたものが落ちた。
――ああ。これは、純粋に楽しいお茶会ではない。
そう直感した。
断れば、きっと後で陰口を言われる。
それも、私の知らないところで、巧妙に。
…それは、それで面倒だ。
結局、私は約束の時間に、重い足取りでガーデンへ向かった。
言われた場所に着く。――誰も、いない。
まあ、そんなことだろうと思った。
思ったけれど。
静まり返った庭の奥で、風の音だけがやけに大きく響く。
胸の奥で膨らんでいた嫌な予感が、ゆっくりと、確信へと形を変えていった。
ふっと、庭の奥――森の影が揺れた。
風ではない。そこに“誰か”がいる。
―一人。
次の瞬間、背後の空気が沈む。
踏み込みの気配。刃の気配。
来る。相手の袖口から、短剣がみえる。
「――蒼き風よ、導け。ラピスラズリ」
振り向きざま、魔宝剣を起動する。蒼い風が一気に広がり、刃を包む。金属がぶつかる鋭い音が、静寂を裂いた。
防いだ。刺客の目が見開かれ、一歩退く。
その一瞬の揺らぎ――逃すつもりはない。
私は踏み込み、距離を詰めた。
その時だった。
「ねぇ。
お嬢様に、何してるわけ?」
低く、地を這うような声。
刺客の背後に、いつの間にかテオが立っていた。影のように、音もなく。
カラン、と短剣が地面に落ちる。刺客の手が震えていた。
「……あ、あの……
は、離してくれ……」
「離すわけ、ないよね」
テオの声には温度がなかった。ただ事実を述べるだけの、冷たい音。
「お嬢様に刃を向けた。
それだけで――お前の運命は、決まった」
刺客の喉がひゅっと鳴る。
「テオ、殺さないで」
私は強く言った。命令として、願いとして。
「……なんで?」
ゆっくりと振り返ったテオの瞳が、紅く光る。
理性よりも本能が前に出た獣のような目。
「こいつ、いらないよ?」
じろり、と刺客を見下ろす視線。
命の重さを測るというより――
“価値があるかどうか”だけを見ている。
――まずい。
このままでは、テオが本当に“線”を越える。




