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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第四部

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嫉妬 3

ディランside


そんな中で、兄――アランが予定より早く到着したと知らされた。嫌な予感がした。そして、その予感は的中する。

まさか、ティアナと接触しているとは思わなかった。

何でもできる兄。

王の資質を持ち、誰からも認められた存在。

――俺とは違う。

そんな兄が、ティアナと二人で出かけたと聞いた瞬間。

胸の奥が、ひどく、ざらついた。

焦り。独占欲。恐怖。彼女は、あまりにも魅力的だ。

知れば知るほど惹かれる。あの聡明さも、無防備な優しさも、芯の強さも。

誰だって、好きになる。

実際、ティアナの周囲には油断ならない連中が多すぎる。

……だから、焦った。走って、探して、見つけて。

彼女の髪に伸びた兄の手を、反射的に掴んでいた。

――奪われる気が、したんだ。

いや。奪われる資格が、俺にはないとわかっているからこそ。

――だから、あんな真似をしてしまった。


らしくない。最低だ。自分勝手で、強引で、彼女の気持ちを置き去りにしたキス。

それでも。彼女が他の男に触れられる光景だけは、どうしても耐えられなかった。


くそっ。

自室のソファに沈み込み、両手で顔を覆う。

後悔ばかりが、遅れて押し寄せてくる。

……俺は、何をしている。胸の奥が、じわりと痛む。

守りたいのに、守れていない。

好きなのに、不安ばかりが募る。

彼女の隣にいたいのに、自分の弱さが邪魔をする。

それでも――

どうしようもなく、彼女が欲しい。

その矛盾が、苦しくてたまらなかった。


「……いるんだろ」


沈黙の中で、そう呟いた。


ほんのわずかな気配。

レイから報告を受けていなければ、気づけなかっただろう。


「なんだ……バレてるのか」


低い声が返る。

次の瞬間、ベランダからゆるりと人影が入り込んできた。

夜の闇に溶ける黒髪。そして、鋭く光る紅い瞳。

――彼女の騎士。


「……失礼します、殿下」


静かな声音。

だが、警戒を一切解いていない立ち姿。


「レイから報告を受けていたからな」


「やっぱり、レイには勘付かれてたか」


そう言って、テオはゆるりと笑った。


「ティアナを……よく見ててくれ」


その言葉に、テオは目を丸くする。


「ふーん。そんなこと言われるとは思わなかったな」


からかうような視線。だが、その奥には探るような鋭さがあった。


「俺より、あんたの方が近くにいられる立場だろ?」


「……」


言葉に詰まった俺を見て、テオは眉をひそめる。


「何、その顔」


しばしの沈黙。そして、低く問いかける。


「……お嬢様に、顔を合わせづらい?」


「……」


「ねぇ、まさかだけどさ」


一歩、距離を詰めてくる。


「無理矢理、キスでもした?」


「……」


俺の反応を見て、テオは鋭い目つきのまま深くため息をついた。


「最低」


一言。


「最悪」


二言目。


「ろくでなし」


短い言葉が、容赦なく胸に突き刺さる。グサグサと、確実に。


「……わかってる」


ようやく絞り出した声は、情けないほど弱かった。

テオは肩をすくめる。


「わかってるなら、なお悪いんだけど」


冷たい言葉。だが、正しい。


「お嬢様は、……あんたの衝動に巻き込んでいい人じゃない」


胸の奥が、痛む。わかってる…そんなことは。


「……すまない」


「はああ……ほんっと最悪」


テオは睨みつけるように腕を組んだ。


「それより」


視線を逸らしつつ、ふっと口調を変える。


「ティアナになにか、頼まれてるな?」


「……まあね」


「教える気は?」


「ないよ」


「そうか」


短い沈黙。テオは、今度は真っ直ぐこちらを見た。


「……ねぇ」


低い声。


「どっち?」


「陛下の味方か。それとも――お嬢様か」


迷いはなかった。


「ティアナの味方だ」


即答だった。テオは一瞬だけ目を見開き、すぐに小さく笑う。


「……そう。それだけわかればいいや」


踵を返しながら、念を押すように言う。


「気をつけてくれ。ティアナから、目を離すな」


「当たり前…

それよりさ」


振り返りもせず、テオは淡々と言った。


「今度、お嬢様に無理矢理なことしたら――」


一拍。


「殺すからね」


それだけ言い残し、テオは何事もなかったかのように、しれっと夜の闇へと消えていった。

部屋に残ったのは、静寂だけだった。

俺は深く息を吐き、天井を仰ぐ。


――ティアナの味方だ。

口にした言葉が、胸の奥で反響する。


それは、ジョルジュ陛下よりも。王位よりも。血縁よりも。

彼女を選ぶ、という意味だ。

……簡単な覚悟じゃない。だが、もう誤魔化さない。


「……待つさ」


誰に言うでもなく、呟く。

触れたい衝動も。奪いたい不安も。全部、胸の奥に押し込めて。彼女が、自分の足でこちらを選ぶまで。


「今度は、逃げない」


そう誓って。


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