嫉妬 3
ディランside
そんな中で、兄――アランが予定より早く到着したと知らされた。嫌な予感がした。そして、その予感は的中する。
まさか、ティアナと接触しているとは思わなかった。
何でもできる兄。
王の資質を持ち、誰からも認められた存在。
――俺とは違う。
そんな兄が、ティアナと二人で出かけたと聞いた瞬間。
胸の奥が、ひどく、ざらついた。
焦り。独占欲。恐怖。彼女は、あまりにも魅力的だ。
知れば知るほど惹かれる。あの聡明さも、無防備な優しさも、芯の強さも。
誰だって、好きになる。
実際、ティアナの周囲には油断ならない連中が多すぎる。
……だから、焦った。走って、探して、見つけて。
彼女の髪に伸びた兄の手を、反射的に掴んでいた。
――奪われる気が、したんだ。
いや。奪われる資格が、俺にはないとわかっているからこそ。
――だから、あんな真似をしてしまった。
らしくない。最低だ。自分勝手で、強引で、彼女の気持ちを置き去りにしたキス。
それでも。彼女が他の男に触れられる光景だけは、どうしても耐えられなかった。
くそっ。
自室のソファに沈み込み、両手で顔を覆う。
後悔ばかりが、遅れて押し寄せてくる。
……俺は、何をしている。胸の奥が、じわりと痛む。
守りたいのに、守れていない。
好きなのに、不安ばかりが募る。
彼女の隣にいたいのに、自分の弱さが邪魔をする。
それでも――
どうしようもなく、彼女が欲しい。
その矛盾が、苦しくてたまらなかった。
「……いるんだろ」
沈黙の中で、そう呟いた。
ほんのわずかな気配。
レイから報告を受けていなければ、気づけなかっただろう。
「なんだ……バレてるのか」
低い声が返る。
次の瞬間、ベランダからゆるりと人影が入り込んできた。
夜の闇に溶ける黒髪。そして、鋭く光る紅い瞳。
――彼女の騎士。
「……失礼します、殿下」
静かな声音。
だが、警戒を一切解いていない立ち姿。
「レイから報告を受けていたからな」
「やっぱり、レイには勘付かれてたか」
そう言って、テオはゆるりと笑った。
「ティアナを……よく見ててくれ」
その言葉に、テオは目を丸くする。
「ふーん。そんなこと言われるとは思わなかったな」
からかうような視線。だが、その奥には探るような鋭さがあった。
「俺より、あんたの方が近くにいられる立場だろ?」
「……」
言葉に詰まった俺を見て、テオは眉をひそめる。
「何、その顔」
しばしの沈黙。そして、低く問いかける。
「……お嬢様に、顔を合わせづらい?」
「……」
「ねぇ、まさかだけどさ」
一歩、距離を詰めてくる。
「無理矢理、キスでもした?」
「……」
俺の反応を見て、テオは鋭い目つきのまま深くため息をついた。
「最低」
一言。
「最悪」
二言目。
「ろくでなし」
短い言葉が、容赦なく胸に突き刺さる。グサグサと、確実に。
「……わかってる」
ようやく絞り出した声は、情けないほど弱かった。
テオは肩をすくめる。
「わかってるなら、なお悪いんだけど」
冷たい言葉。だが、正しい。
「お嬢様は、……あんたの衝動に巻き込んでいい人じゃない」
胸の奥が、痛む。わかってる…そんなことは。
「……すまない」
「はああ……ほんっと最悪」
テオは睨みつけるように腕を組んだ。
「それより」
視線を逸らしつつ、ふっと口調を変える。
「ティアナになにか、頼まれてるな?」
「……まあね」
「教える気は?」
「ないよ」
「そうか」
短い沈黙。テオは、今度は真っ直ぐこちらを見た。
「……ねぇ」
低い声。
「どっち?」
「陛下の味方か。それとも――お嬢様か」
迷いはなかった。
「ティアナの味方だ」
即答だった。テオは一瞬だけ目を見開き、すぐに小さく笑う。
「……そう。それだけわかればいいや」
踵を返しながら、念を押すように言う。
「気をつけてくれ。ティアナから、目を離すな」
「当たり前…
それよりさ」
振り返りもせず、テオは淡々と言った。
「今度、お嬢様に無理矢理なことしたら――」
一拍。
「殺すからね」
それだけ言い残し、テオは何事もなかったかのように、しれっと夜の闇へと消えていった。
部屋に残ったのは、静寂だけだった。
俺は深く息を吐き、天井を仰ぐ。
――ティアナの味方だ。
口にした言葉が、胸の奥で反響する。
それは、ジョルジュ陛下よりも。王位よりも。血縁よりも。
彼女を選ぶ、という意味だ。
……簡単な覚悟じゃない。だが、もう誤魔化さない。
「……待つさ」
誰に言うでもなく、呟く。
触れたい衝動も。奪いたい不安も。全部、胸の奥に押し込めて。彼女が、自分の足でこちらを選ぶまで。
「今度は、逃げない」
そう誓って。




