嫉妬 2
ディランside
二人きりでの試験。ティアナがジョルジュ陛下に何かされていないか――そればかりが、頭から離れなかった。
だから。彼女の顔を見た瞬間、胸の奥がひどく緩んだ。
……無事だ。
ただそれだけで、どれほど救われたか。だが同時に、胸の奥に小さな違和感が刺さる。
彼女は、何かを隠している。ジョルジュ陛下と、何かあった。それは、ほぼ確信に近い。
それでも――彼女は俺に言わない。
はっきりとした証拠がないからだろう。そして何より。
ジョルジュ陛下が、一応は俺の祖父であり、育ての親であるということを。彼女なりに気を遣っているのだ。
……本当に。優しい人だ。優しすぎるほどに。
ローゼがティアナに嫌がらせをしていることも知っていた。
陰口、遠回しな牽制、悪意のこもった視線や行動。
それでもティアナは、下を向かなかった。
退屈極まりない王妃教育。息が詰まるほどの規律と形式。それでも彼女は、ここまで来た。
しかも―完璧に、だ。
努力を誇ることもなく、ただ静かに、前へ進む。
……そんな彼女を、俺は本当に守れているのだろうか。
そう考えた瞬間、胸の奥で、黒い感情が蠢いた。
嫉妬。焦り。不安。そして――怒り。
彼女が何かを抱え込んでいるのに、俺はそれを引き出すことすらできない。
守りたいのに、守れている実感がない。
彼女の隣にいるはずなのに、どこか遠くに感じる瞬間がある。
その距離が、たまらなく怖かった。
(……俺は、何をしている)
自嘲が胸を刺す。
彼女はあれほど頑張っているのに、
俺はただ、焦りと嫉妬に飲まれているだけだ。
静かに、しかし確実に、黒い感情が形を持ち始めていた。
社交ダンスの授業。
本当は―彼女の手を、迷わず取るつもりだった。
何も考えず、当たり前のように。そうすればよかった。
だが、邪魔が入った。
公爵家の娘、ローゼ。
長年、婚約者候補として教育を受けてきた存在。
上が勝手に決めたこととはいえ、無下に扱える立場ではない。
……わかっている。
わかっているからこそ、腹立たしい。
一瞬の躊躇。その、ほんのわずかな隙を。
ティアナは、迷いなくレイの手を取った。
息が、詰まる。自然に微笑み合い、指先が触れ、距離が近づく。
ああ―ずるい。
俺の知らないところで、
俺のいない場所で。
彼女は、あんなふうに笑うのか。
俺だけと踊っていないじゃないか。
その事実が、胸の奥を鈍く、強く締め付けた。
……独占したいなんて、王としてあるまじき感情だ。
それでも。それでも俺は――彼女の手を取れなかった自分を、どうしようもなく、憎んでいた。
彼女の隣に立つ資格があると、胸を張って言えるはずなのに。
ほんの一瞬の迷いで、彼女の手は、別の男のものになった。
その光景が、焼き付いて離れない。
(……俺は、何をしている)
嫉妬が喉を焼き、後悔が胸を締め付け、自己嫌悪が静かに沈んでいく。
彼女を守りたいのに。彼女の隣にいたいのに。
肝心なときに手を伸ばせない自分が、誰よりも許せなかった。
彼女が、甲冑の横に立てかけられていた剣を手に取り、黙々と素振りをしていたのは――正直、面白すぎて、完全に予想外だった。
あんな状況で、ドレスでも、宝石でもなく、迷いなく剣を選ぶとは。
思わず、声を出して笑っていた。
あれほど自然に笑ったのは、いつ以来だろう。
だが、その直後。胸の奥に、鈍い痛みが走った。
――窮屈な思いをさせている。そう、はっきりと自覚したからだ。
王妃教育。礼儀作法。視線と評価に晒される日々。
彼女は文句ひとつ言わず、こなしている。だが、それが「平気」だとは限らない。
そもそも―俺は、彼女を王妃にしたいわけじゃない。
彼女自身が、それを望んでいないことも、痛いほどわかっている。それでも、手を離せない。
自由を奪っていると理解していながら、それでもそばにいてほしいと願ってしまう。
……こんな男を、
彼女は、好きになってしまったのだろうか。
だけど――
それでも、そばにいたい。それが俺のエゴだということも、わかっている。
王妃教育の授業をサボらせて、二人で抜け出した散歩。
彼女が「好きだ」と、はっきり口にしたこと。
……嬉しすぎた。
胸の奥が熱くなって、この気持ちだけは疑いようがなかった。
夜遅く、怪しい侍女を見つけて、鎌をかけた。
まさか、それがティアナだとは思わなかった。
驚いた。そして、妙に納得もした。侍女の姿が、あまりにも様になっていたからだ。
レイが入ってくると察して、わざと彼女を引き寄せ、クローゼットに隠れた。
ローゼの相手が面倒だったのも事実だ。
だが、それ以上に―距離が、近すぎた。
吐息が触れそうで、心臓の音がうるさくて。
触れたい衝動を、必死に抑えた。
彼女の体温がすぐそこにあるのに、手を伸ばせば触れられる距離なのに。




