嫉妬 1
ディランが、ぐっと私の手を引いた。その力は強いのに、動きは妙に静かだった。
「ディラン――」
呼びかけても、その手は止まらない。
人通りの少ない路地へと引き込まれ、気づけば二人きりになっていた。
冷たい空気よりも、彼の沈黙のほうがずっと重い。
「……なぜ、兄と一緒にいた?」
低い声。怒鳴りはしない。
けれど、底に沈んだ怒りがはっきりとわかる。
「たまたまです」
そう答えると、ディランの目が細くなる。
「たまたま、ね」
静かに繰り返す声が、逆に怖い。
「君が望むまで、俺は触れないつもりだった。
そう言ったのに……」
一拍置かれた沈黙が、ひどく冷たい。
「兄上が君に触れようとした瞬間、胸の奥が焼けるようだった。
他の男が君に触れるくらいなら……俺は耐えられない」
声は低く、淡々としている。
けれど、その静けさの奥で、嫉妬が鋭く光っていた。
「俺は、君を…失いたくないんだ」
次の瞬間、抑えていた感情がわずかに溢れ、距離を詰められ、唇が強引に重なった。
――静かな怒りのまま、衝動だけが走ったようなキス。
私ははっきりと手を伸ばし、とん、と彼の胸を押し返した。
ディランは、はっとしたように目を見開く。
自分の行為に気づいた瞬間、怒りの熱がすっと引いていく。
そして――ひどく、悲しそうな顔をした。
「……すまない」
静かに自分を責める声。
「……いえ」
私は短くそう答えた。
拒絶でも、許容でもない。
ただ、今はここまでだと伝えるための言葉。
沈黙が落ちる。冷たい風が、二人の間を静かに通り抜けていった。
そのあと、ディランは何も言わなかった。
ただ――私の手を、離さない。
言葉はないのに、その温度だけが、やけに重い。
やがて馬車が止まり、私は促されるまま中へ乗せられた。
てっきり、ディランも乗るのだと思い、無意識に席をずらす。
けれど。
「……先に帰ってくれ」
低く、抑えた声。
顔を上げると、彼は視線を逸らしたまま続けた。
「今は……君の隣にいるのが、辛い」
胸の奥が、きゅっと縮む。
何か言い返そうとして、でも言葉が見つからないまま。
馬車の扉が、閉じられた。
がたり、と鈍い音。外の気配が、完全に遮断される。
……なによ、それ。
ひとり残された馬車の中で、私は小さく息を吐いた。
守るためなのか。逃げるためなのか。
そのどちらも混ざった不器用さが、
ひどく――ディランらしかった。




