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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第四部

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嫉妬 1


ディランが、ぐっと私の手を引いた。その力は強いのに、動きは妙に静かだった。


「ディラン――」


呼びかけても、その手は止まらない。

人通りの少ない路地へと引き込まれ、気づけば二人きりになっていた。

冷たい空気よりも、彼の沈黙のほうがずっと重い。


「……なぜ、兄と一緒にいた?」


低い声。怒鳴りはしない。

けれど、底に沈んだ怒りがはっきりとわかる。


「たまたまです」


そう答えると、ディランの目が細くなる。


「たまたま、ね」


静かに繰り返す声が、逆に怖い。


「君が望むまで、俺は触れないつもりだった。

そう言ったのに……」


一拍置かれた沈黙が、ひどく冷たい。


「兄上が君に触れようとした瞬間、胸の奥が焼けるようだった。

他の男が君に触れるくらいなら……俺は耐えられない」


声は低く、淡々としている。

けれど、その静けさの奥で、嫉妬が鋭く光っていた。


「俺は、君を…失いたくないんだ」


次の瞬間、抑えていた感情がわずかに溢れ、距離を詰められ、唇が強引に重なった。

――静かな怒りのまま、衝動だけが走ったようなキス。

私ははっきりと手を伸ばし、とん、と彼の胸を押し返した。

ディランは、はっとしたように目を見開く。

自分の行為に気づいた瞬間、怒りの熱がすっと引いていく。

そして――ひどく、悲しそうな顔をした。


「……すまない」


静かに自分を責める声。


「……いえ」


私は短くそう答えた。


拒絶でも、許容でもない。

ただ、今はここまでだと伝えるための言葉。


沈黙が落ちる。冷たい風が、二人の間を静かに通り抜けていった。

そのあと、ディランは何も言わなかった。


ただ――私の手を、離さない。


言葉はないのに、その温度だけが、やけに重い。

やがて馬車が止まり、私は促されるまま中へ乗せられた。

てっきり、ディランも乗るのだと思い、無意識に席をずらす。


けれど。


「……先に帰ってくれ」


低く、抑えた声。

顔を上げると、彼は視線を逸らしたまま続けた。


「今は……君の隣にいるのが、辛い」


胸の奥が、きゅっと縮む。

何か言い返そうとして、でも言葉が見つからないまま。

馬車の扉が、閉じられた。

がたり、と鈍い音。外の気配が、完全に遮断される。


……なによ、それ。

ひとり残された馬車の中で、私は小さく息を吐いた。

守るためなのか。逃げるためなのか。


そのどちらも混ざった不器用さが、

ひどく――ディランらしかった。


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