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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第四部

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ディランの兄 3

……なぜ、こうなったのだろう。

気づけば目の前には紅茶とケーキが並び、アラン殿下は腕を組んで真剣な顔でこちらを見つめていた。


「さあ、ティアナ嬢。弟の好きなものを教えてくれ。プレゼントしたい」


「……あの。そういうことではない気がするのですが」


「いや、今さらだ」


即答だった。


「あれは違うんだ、などと言えるか? あいつは信じない。だいぶ、捻くれているからな」


(……それ、誰のせいでしょう)


喉まで出かかった言葉を飲み込む。


「……わかりました」


観念して答えると、アラン殿下はぱっと表情を明るくした。


「助かる」


その切り替えの早さに、思わず呆れる。


「ところで、ティアナ嬢。君の王妃教育は、いつまでだ?」


「あと……2週間ほどでしょうか」


「そうか」


何かを考えるように顎に手を当てる。


「退屈だろう?」


「ええ」


即答。


「発狂したくなるほどに」


一瞬の静寂。そして、アラン殿下が吹き出した。


「ははっ、正直だな」


その笑いは、王族の仮面を外した、素のものだった。


「なら、丁度いい」


意味深な言い方に、背中を嫌な予感が駆け上がる。


「……何が、でしょうか?」


アラン殿下は、まるで重大な決断を下すように真剣な顔で言った。


「君には、少し付き合ってもらうことになるかもしれん」


――ほら来た。


(……絶対に面倒なやつだ)


胸の奥で、確信だけが静かに積もっていく。


――視察という名目の、プレゼント選び。

そんな口実で街へ出た日のこと。


「これが終わったら……次は王国創立式典だな」


アラン殿下が、何気ない調子で言った。

そういえば、王妃教育の合間にそんな話を聞いたような気がする。


「……式典では、何をするんですか?」


「各地に派遣している王国騎士団員を集めてな。一週間ほど合同で訓練を行う、いわば、合同合宿みたいなものだ」


なるほど、と頷く。


「多分、伯爵家にも通達が行っているはずだ」


……合同合宿。その言葉が、胸の奥で小さく引っかかった。


「それって……色々な人が出入りしますよね?」


探るように尋ねると、アラン殿下は特に疑いもせず頷いた。


「ああ。今年は区切りの良い年でな。例年よりもかなり盛大にやる。騎士だけじゃない。使用人や補助要員も増える。

その分、警備も厚くなるがな」


……なるほど。

人の出入りが多い。役職も立場も様々。顔を覚えきれないほどの人数。それはつまり――紛れ込む余地があるということ。これは……ジョルジュ陛下を探るには、これ以上ない機会かもしれない。

そう思ったことを、私はまだ口にはしなかった。

静かに、心の中でだけ、駒を並べ始める。


「あの……ディランへのプレゼント探し、全面的に協力します」


少し背筋を伸ばしてそう告げると、


「……本当か?」


アラン殿下の声が、わずかに弾んだ。


「はい。ですので――こちらも、交換条件があります」


「ほう。いいだろう」


即答だった。


(よしっ)心の中で小さく拳を握る。

こうして私は、アラン殿下と並んで店を見て回ることになった。

正直に言えば、ディランの“好きなもの”をすべて把握しているわけではない。

それでも、店先に並ぶ品を眺めていると、自然とディランとの日々が口をついて出た。

剣の話。無茶な行動。拗ねたときの顔。ふとした優しさ。

気づけば、話は止まらなくなっていた。

アラン殿下は品を手に取りながら、時折、穏やかに相槌を打つ。

その表情は意外なほど柔らかく、どこか楽しげだった。


「……そんな顔を、していたのか」


ぽつりと漏れたその言葉に、胸が少しだけ痛む。

この人もまた、弟のことを知らなかったのだ。

――いや、知る機会を失っていたのだ。

その距離を、私は今、言葉で少しずつ埋めている。

そんな、不思議で温かな時間だった。


「……それなら、これだな」


アラン殿下は迷いなく一つを選び、その瞬間、今日の目的はあっさりと果たされた。


帰り道――

ふわりと風が吹き抜ける。

昼間よりも冷たく、季節が確実に進んでいるのを肌で感じた。気づけば、私の髪に小さな葉が絡まっている。


「少し冷えるな……」


そう呟いたアラン殿下が、私の方へ手を伸ばした。

――髪についた葉を取ろうとしている。

そう理解したので、私はそのまま大人しくしていた。


その瞬間。

バシッ。乾いた音が、頭上で弾けた。


「……え?」


驚いて顔を上げる。

視界に飛び込んできたのは、額に汗を滲ませたディランだった。彼はアラン殿下の手首を、強く掴んでいる。


「兄上……」


低く抑えた声。


「勝手に、私の婚約者を連れ回すのはやめていただけますか?」


空気が、一瞬で張りつめた。……怒ってる?


「ああ、すまなかった」


アラン殿下は素直に謝罪する。

だが――ディランは、まだその手を離さない。

兄弟の視線が、静かにぶつかり合う。

そこにあるのは、子供じみた意地ではない。

積み重なった距離と、言葉にできない感情が火花を散らすような――静かな、衝突だった。


とりあえず、自分の頭についた葉を取ろうと手を伸ばした――その時だった。

ディランの手が、アラン殿下の手首を離し、そのまま私の方へ伸びてくる。


「……はい。取れたよ」


指先がそっと髪に触れる。

完璧な笑顔。いつも通りの、王子様の顔。

――なのに。その笑みの奥に、わずかな強張りが見えた。


「では、私はこれで」


空気を読んだように、アラン殿下が一歩下がる。


「ティアナ嬢。楽しい時間を、ありがとう」


「ええ。こちらこそ」


そう返すと、アラン殿下は軽く手を振り、歩き出した。

その背中を――ディランは黙ったまま見送っている。

言葉もなく、表情も動かさず。ただ、兄の姿が人混みに溶けていくまで、視線を離そうとしなかった。

冷たい風が、もう一度吹き抜ける。

私は、その横顔を盗み見ることしかできなかった。

(……やっぱり、気にしてる)

兄として。王族として。そして――自分より先を歩いていた存在として。

ディランの胸の内には、まだ整理しきれない想いが渦巻いている。

それだけは、痛いほど伝わってきた。

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