↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第四部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
291/354

ディランの兄 2

一歩、踏み込むことにした。


「……アラン殿下」


「なんだい?」


「ディランのことを、昔『可哀想だ』とおっしゃったことは、覚えていらっしゃいますか?」


アラン殿下はすぐには答えなかった。

わずかに視線を外し、何かを思い返すように目を細める。


「……言ったな」


静かな肯定。


「その言葉は……どういう意味だったのでしょうか?」


短い沈黙。やがて、重く息を吐いた。


「ディランはな、昔から体を動かすのが好きだった」


ゆっくりと、噛みしめるように語り出す。


「感性も豊かで、自由に過ごす方がずっと向いていた」


淡い茶色の瞳が、遠くを見る。


「だが……エメラルドの瞳。アレキサンドライトの魔宝石。“選ばれた”王位継承者として」


声が少し低くなる。


「幼い頃から、あいつには向いていないと思った。

椅子に座り続ける厳しい授業。細かすぎる食事作法。感情を抑え、型にはめられる日々」


唇をきゅっと結ぶ。


「――そして」


短い間のあと、絞り出すように。


「あいつは、笑わなくなっていった」


胸がぎゅっと締めつけられる。


「人形のようにな……」


その声には、嘲りも怒りもない。

ただ、兄として守れなかった者への痛みだけが滲んでいた。


「……だから、可哀想だと言った」


アラン殿下は淡々と続けた。

その声音には、同情ではなく、長い年月を抱えた悔恨が滲んでいる。


「その瞳の色を持たなければ、もっと自由に過ごせたはずだった。誰かの重圧に耐える必要なんて、本当はなかったのに――そう思った」


胸の奥がじんと熱くなる。


「そ、それは……」


言葉を探す私に、アラン殿下は静かに首を振った。


「心から、心配していたんだ」


……やはり。

胸の奥で、何かがすとんと落ちた。


「この前、別荘地にディランと行きました」


そう告げると、アラン殿下の瞳がわずかに揺れた。


「木のそばで…箱を見つけました」


「……やっと、か」


短く、安堵の息が漏れる。


「やはり、アラン殿下が用意されたものだったのですね」


「ああ」


ゆっくりと頷く。


「あいつが……心から信頼できる誰かと、一緒にやる日が来ればいいと思っていた。だが、両親が亡くなってからは、あそこへ行くこともなくなってな」


少しだけ、目を伏せる。


「……最後の箱の中身は、空っぽでした」


その言葉を告げた瞬間。

アラン殿下は驚いたように息を呑み、そして――小さく、柔らかく微笑んだ。


「そうか」


穏やかな声。ふと視線を落とし、何かを噛みしめるように目を閉じる。


「……何を入れるつもりだったのですか?」


問いかけると、アラン殿下は少しだけ視線を逸らした。


「一言だけだ」


短い間のあと、どこか照れたように続ける。


「手紙を入れたかった。

『自慢の弟だ。お前らしく生きろ』ってな」


胸がきゅっと締め付けられる。


「……でも、入れられなかった」


「少し、照れくさくてな」


――この人は。


思わず、ため息が漏れた。


「ちゃんと、本人に言わないと駄目です」


はっきりと告げる。


「ディランは今でも、貴方に嫌われていると思っています」


「……な、なんだって!?」


アラン殿下が、信じられないというように身を乗り出す。


「『可哀想』という言葉を、同情だと思ったそうです。ディランは、“お兄様から奪ってしまった”と思っています」


「……違う」


アラン殿下は、頭を抱えた。


「私は、そんなつもりで……」


「私、ディランに前に言ったんです」


静かに続ける。


「まどろっこしい、って」


「……ん?」


「貴方も、ディランとよく似ています」


驚いたようにこちらを見るアラン殿下に、私はまっすぐ視線を返した。


「言葉が足りないところも、不器用なところも。

でも、大切に思っている気持ちだけは、本物です」


一瞬の沈黙。


そして、アラン殿下は苦笑した。


「……参ったな」


その笑みは、王族でも、完璧なアレキサンドライト家の嫡男でもなく。

ただの、弟を想い続けてきた一人の兄のものだった。

――失礼なことを言ってしまっただろうか。

そう思いながら様子を窺うと、目の前の人物は、小さくぶつぶつと呟いていた。


「……言わないと伝わらない、か。いや、今さらか?

だが、タイミングというものが……」


どうやら、一人反省会に入っているらしい。


(……兄弟そろって不器用だな)


私は気配を殺しつつ、そっと立ち上がる。


「それでは……」


一歩、後ろに下がった、その瞬間。


「待て」


低い声に、ぴたりと足が止まる。


「……はい?」


振り返ると、アラン殿下は腕を組み、真剣な顔でこちらを見ていた。


「ちょっと、頼みがある」


その一言で、胸の奥がざわりと揺れる。


(……ろくな予感がしない)


内心でそう呟きながら、覚悟を決めて問い返す。


「……どのようなご用件でしょうか?」


アラン殿下は、ほんの少しだけ視線を伏せ、そして決意を固めたように顔を上げた。

――さて、何を言い出すつもりですか、兄殿下。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。