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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第四部

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ディランの兄 1

王妃教育が始まって、まもなく3週間。ようやく3日間の休暇が与えられた。

張りつめていた空気が、ほんの少しだけ緩む。

私はアリスと並んで、静かな回廊を歩いていた。


その時だった。――視線を感じる。

胸の奥がひやりとする。思わず顔を上げ、そして息を呑んだ。


「初めまして。君がティアナ嬢かな?

噂はかねがね聞いているよ」


柔らかな声。

けれど、その声音とは裏腹に、視線は鋭く、こちらを値踏みするようだった。

金色の髪は丁寧に整えられ、後ろで一括りにしている。

淡い茶色の瞳は、感情を巧みに隠している。

一瞬で理解する。

――この人は、“見抜く側”の人間だ。


「初めまして。

ティアナ・ラピスラズリと申します」


背筋を伸ばし、一礼する。相手はわずかに口角を上げた。


「私はディランの兄だ。

アラン・アレキサンドライト。よろしく」


その名を聞いた瞬間、胸の奥がざわめいた。ディランが以前、話してくれた実の兄。

学問、剣、政務――何をさせても完璧で、本来なら王となる器を持ちながら、ただ“瞳の色が違う”それだけの理由で王位継承から外された人。

そして――

ディランに向かって「可哀想だ」と言った人物。

目の前のアラン殿下は、穏やかな微笑みを浮かべている。

けれどその奥にあるものは、同情か、興味か、それとも――

まだ、測りかねていた。


「少し、話をしようか。弟がずいぶん君と親しくしているようだからな」


穏やかな口調。

けれどその声には、逃げ場を与えない圧があった。

――重い。

ディランの“感情の重さ”とは違う。

これは、理と経験で積み上げられた、静かで確かな重圧。


「……はい」


短く返事をし、正面に向き直る。


「悪いが、侍女は外してくれ。今日は二人で話がしたい」


その言葉に、アリスがわずかに身構えた。さりげなく私の前に出ようとする気配が伝わり、胸が少し温かくなる。


私はそっと目で合図を送る。

――大丈夫。

アリスは頷いたのち、静かに一礼した。


「失礼いたします」


扉が閉まり、室内には私とアラン殿下、二人きり。静寂が落ちる。だが、陛下と対峙したときのような、背筋が凍るような恐怖はなかった。

代わりにあるのは、逃げも誤魔化しも許されない、王族としての風格。

圧はある。けれどそれは、暴力ではない。

積み重ねた思考と覚悟が、空気そのものを重くしている―そんな感覚だった。

私は無意識に、背筋を正していた。


「まずは、礼を言っておこう。弟が世話になっているようだな」


穏やかな声。けれどその言葉の奥に、静かな探りがある。


「いえ……」


形式的な挨拶のはずなのに、次に向けられた視線は、さっきより一段深かった。


「恋仲だという話は、本当か?」


一瞬、息が詰まる。――どう答えるべきか。

曖昧にもできる。取り繕うこともできる。

けれど、ディランへの気持ちだけはこの人の前で嘘にしたくなかった。


「ディラン殿下のことは……お慕いしております」


短く、しかしはっきりと告げる。


「そうか」


その一言と同時に、アラン殿下の表情がわずかに緩んだ。

ほんの一瞬。だが確かに“兄の顔”だった。


「では、聞こう」


静かな声が落ちる。


「ディランの、どこが好きだ?」


胸の奥がきゅっと締まる。

綺麗な言葉なら、いくらでも並べられる。

王子としての資質、優しさ、責任感――

けれど、この人には取り繕いは通じない。

本音を見抜かれてしまう。そう思った。だから正直に話そう。スッと息を吸う。


「……完璧な王子じゃないところです」


そう答えた瞬間。


「へぇ」


アラン殿下が、珍いものをみるように目を丸くした。

そして、興味深そうに身を乗り出す。


「それは、面白い答えだな」


先ほどまでの重苦しさが、ほんの少しだけ和らいだ気がした。


「出会った頃のディラン殿下は……何でも完璧にこなす、冷たい王子でした」


淡々と、記憶をなぞるように言葉を紡ぐ。


「本音を上手に隠していて、誰にも弱さを見せようとしなかった」


一瞬、視線を落とし、そして顔を上げる。


「でも、彼と向き合って……本当の強さも、優しさも、それから――弱さにも触れました」


胸の奥に浮かぶのは、拗ねた顔、子供みたいな言い分、仲間たちと無邪気に笑う姿。


「子供みたいに拗ねたり、仲間と笑い合ったり……」


小さく息を吸う。


「そういう姿を見て、どうしようもなく……愛おしいと思ったんです」


言い切ったあと、室内が静まり返る。


やがて――

アラン殿下が、とても穏やかで、どこか嬉しそうな笑みを浮かべた。その表情を見て、確信する。

やはり、この人はディランを嫌ってなどいない。

むしろ――誰よりも理解している。


「なるほど」


低く、満足げな声。


「ディランが、君に執着している理由がわかったよ」


その言葉は、評価であり、同時に――兄としての承認だった。


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