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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第四部

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侍女ティアナ 2

陛下と二人きりで行われた、あの試験。あのときのディランの慌てた顔が脳裏に浮かぶ。……きっと、心配をかけてしまったのだろう。だけど、今はまだ言うべきじゃない。

ディランにとって、陛下は“家族”だ。証拠もないまま疑念を口にすれば、余計な不安を背負わせるだけになる。

――だから、黙っている。

それでも。陛下が何かを企んでいる。その確信だけは、胸の奥で静かに、しかし確かに膨らんでいた。


ディランの部屋の場所を教わり、私は廊下を進む。

そして、角を曲がる直前――ふいに足が止まった。

視界の先にいたのは、ローゼだった。

なぜ。どうして、ディランの部屋から……?

一瞬、噂話が脳裏をよぎる。本当、だったの?心臓が、嫌な音を立てる。

ディランの姿は見えない。けれど、見間違えるはずがない。

紛れもなく、彼の部屋から出てきたのは――ローゼだった。

胸の奥が、ちくりと痛んだ。

……気のせい。そう言い聞かせて、私は背筋を伸ばす。

というか、紅茶……いらなくない?私が飲んじゃう?


そんな現実逃避をしながらも、別の不安が頭をもたげる。

――声、バレないよね。

ウィッグは完璧。服装も問題なし。まあ、低めの声でいけば……いける、はず。

そう思った、そのとき。


「何してるのかな」


低く、よく通る声。


「――私の部屋の前で」


「……っ!」


反射的に振り向こうとした瞬間、


「振り向かなくていいよ」


背後から、すっと手が伸びてきた。


肩が一瞬、強張る。


その手が私の持つポットに触れ、カチャリ、と蓋が開く。

ふわりと、レモンの爽やかさな香りが広がった。


「あれ。レモンバームだ」


……やっぱり、分かるんだ。


「これは、私に?」


その声は、さっきより少しだけ優しい。

私はゆっくりと頷いた。こくん、と。よし。今のところ、バレてない……よね?

胸の鼓動を必死で抑えながら、“侍女”の顔を崩さないようにした。


「じゃあ、中に運んでくれるかい?」


その穏やかな声に、私はもう一度、静かに頷いた。

ディランが扉に手をかける。その瞬間から、胸の鼓動がひとつ速くなる。

扉が開き――部屋の中には、レイさんがいた。

まずい!反射的に視線を落とし、顔を見られないように深く俯く。


「殿下。先程、ローゼ嬢がいらっしゃいました」


「そうか。それで?」


「内容を確認いたしましたところ、ただの筆記テストのようでした」


「……そうか。分かった。もう下がれ」


「はい」


レイさんが一礼し、静かに部屋を出ていく。

そのすれ違いざま――鋭い視線が、頬をかすめた気がした。

心臓がぎゅっと縮む。喉がひりつくほど緊張しているのに、息を吸うことすら忘れそうになる。

それでも私は、視線を伏せたまま、“ただの侍女”を必死に演じ続けた。

お願い……お願い……!

扉が閉まる音がしても、まだ身体が固まったまま動かない。

――どうか、バレていませんように。胸の奥で、祈るように願った。

ディランが、ふうっと息を吐きながら襟元を緩めた。


「紅茶、置いてくれるかな」


そう言われて、私は一瞬だけ迷う。


どこだ……?

部屋を見回す。ソファの前の、大きめのテーブル。

ここで、いいよね……?

そう判断して、私はそっと紅茶を置いた。

――よし。役目は果たした。あとは、何事もなかった顔で出ていくだけ。

そう思って踵を返した、その瞬間。背後から、両手が伸びてきた。逃げ道を塞ぐように。


「……さて」


低い声が、すぐ後ろで落ちる。


「君は、侍女じゃないね」


心臓が、凍りつく。


「何をしに来た?」


――ぞわっ。背筋を冷たいものが走った。


え、なんで!?

ウィッグは完璧だったはずなのに!?

声も出してない!

混乱する私をよそに、ディランは淡々と続ける。


「私の侍女はね」


一拍。


「紅茶を置くとき、

必ず――そこの小さなテーブルに置くんだ」


視線の先。

ソファの脇にある、目立たない小さなテーブル。


(そんなの、知らん!!)

ディランは、責めるでもなく、ただ静かに続けた。


「婚約者候補の侍女かもしれないが……侍女というものはね」


淡々とした口調なのに、妙に胸に刺さる。むしろ、怒られているより怖い。


「主人が飲みやすい紅茶の温度を計算して、持ってくるものなんだよ」


その一言で、息が止まった。

ディランは、置かれたカップに視線を落とす前に、ポットの蓋にそっと指を添えた。


「……湯気が薄いね。」


淡々とした声なのに、逃げ場がない。


「入れてきた場所から、ここまでは少し距離がある。

だから本来なら、もう少し熱いお湯で淹れるんだよ。」


視線が、私の置いたカップに落ちる。


「今そこにある紅茶は――私の好みの温度じゃない」


……た、確かに。脳裏に浮かぶのは、ユウリやアリスが淹れてくれた紅茶。いつも、少しだけ熱めで、時間が経っても美味しい、あの温度。

―それを、完全に忘れていた。致命的なミスだ。

まずい…。胸の奥が、きゅっと縮む。

完全に……詰んだ。逃げ道なんて、どこにもなかった。

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