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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第四部

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アリスとお嬢様 2

そして私は、気づけばティアナ様の侍女になっていた。

特別な契約があったわけでもない。劇的な出来事があったわけでもない。ただ、自然にそこに立っていた。


——後から聞いた話だ。

ある日のこと。何気ない雑談の中で、ふと思い出したようにお嬢様が言った。


「研修でさ、伯爵家に侍女として来てた時期、あったでしょ?」


「はい」


「あの頃からね」


一拍置いて、こちらを見る。


「目、つけてたの」


「……え?」


思わず聞き返すと、お嬢様はニヤリと笑った。年相応とは言いがたい、妙に大人びた笑み。


「良い仕事するなぁーって」


軽い調子なのに、背中に、ぞくりとしたものが走る。

——あの頃から?まだ幼い少女なのに、そんな“選別”を。


「それにね」


お嬢様は、少し声を落とした。


「アリスはさ、剣っていうより……」


一瞬、言葉を探すように間を置いてから。


「銃の方がいいよ」


「……銃、ですか?」


思わず目を見開く。


「うん」


当然のことのように、頷く。


「小型魔導拳銃」


さらりと告げられる単語に、言葉を失う。


「魔力だけを断ち切る、封魔弾」


——封魔弾。人の肉体ではなく、魔力そのものを封じる弾。


「だからさ」


少しだけ、声が柔らぐ。


「人を、傷つけないでしょ?」


その言葉を聞いた瞬間。胸の奥が、ひどく静かになった。

父が望んだ“騎士”でもなく、宝石が与えた“力”でもなく。

——この方は、私の「望まなかった未来」まで見えていた。

ぞっとするほど、優しくて。同時に、底知れなく恐ろしい。

この人は、最初から——私の行き先を決めていたのだ。


それから私は、お嬢様の侍女として、ずっとそばにいた。

お嬢様はいつも前を向いていた。頑張り屋で、人のために傷つくことを厭わない人だった。

昔、どうしてそんなに頑張れるのですか、と尋ねたことがある。

そう聞くと、お嬢様は首を振って笑った。


「違うよ。全部、自分のため。

 私、計算高くて、けっこう悪役っぽいよ?」


そう言って笑うお嬢様は、悪役というにはあまりにも可愛らしかった。



「ねぇ、アリス」


その声に、私はふと回想から引き戻される。


「はい。お嬢様」


いつも通りに姿勢を正す。


「何か考え事してた?」


「お嬢様との出会いを思い出していました」


お嬢様はきょとんと目を丸くした。


「懐かしいね。……もしかして、私の侍女になったこと、後悔してる?」


少しだけ不安そうに、こちらをうかがう。


「まさか。……まあ、でも穏やかとは、ほど遠い場所に来てしまいましたね」


「はは、それはごめんって」


「いえ」


「でも、いつもありがとう。私が立っていられるのもさ、アリスのおかげなんだから」


少し照れたように言うその声に、胸が温かくなる。


「お嬢様はお強いですよ。私がいなくても、きっと立って歩いていってしまいます」


「そう?」


「ええ。だけど――そうはさせません」


お嬢様が瞬きをする。


「貴女が立つなら、私も立ちます」


「……ふふ、頼もしい」


お嬢様は嬉しそうに笑った。その笑顔を見るだけで、私はまた強くなれる気がした。

お嬢様がグッと伸びをして、こちらをみつめる。


「アリス、あの件はどんな感じ?」


軽い調子で聞かれ、私は一瞬だけ言葉を選ぶ。


「……怪しい場所は、いくつかございました」


「え、ほんと?」


お嬢様は椅子ごと前のめりになった。倒れそうで怖い。


「はい。明らかに使われていないのに掃除が行き届いている部屋と、なぜかいつも閉まっている部屋です」


「よし」


秒で決断した。


「アリス」


「はい」


「脱いで」


「――はい???」


脳が処理を放棄した。


「え、えっと……ど、どこを……?」


「全部」


「全部!? なんでですか!?」


思わず三歩下がる私を、お嬢様は三歩で詰めてくる。速い。


「早くしないと見回り来るよ?」


「それを先に言ってください!」


心臓が忙しい。色んな意味で。


「だって、私が行くと目立つでしょ? だから入れ替わるの」


「あ……潜入、ですか」


「そ。変装。アリスの服、借りるね」


「最初からそう言ってください……!」


ぶつぶつ言いながらも、私は観念して服に手をかける。そこからは戦場だった。


「ちょ、そこ逆! 袖が前に来てる!」


「お嬢様こそ動かないでください! ボタン外れます!」


「えー、きつい〜」


「文句言わない!」


ばたばたと結び目を解き、着せ、直し、また直し。

ようやく鏡の前に立つと、そこには――


「……まさかまたこんな事をすることになるとは……」


「えー、前回ノリノリだったじゃん!」


「あの時と今では状況が全然違いますから!」


楽しそうに笑うお嬢様に、私は深いため息をついた。あの時はルイと三人で出かけた日のことだ。


「よし!」


満足げに頷いたお嬢様は、一歩下がって私を見上げた。


「完璧」


「ありがとうございます……?」

素直に喜んでいいのか判断に困る。


「でも、さすがに私の髪色は目立つよね」


スミレ色と桃色が混ざった、存在感のある綺麗な髪を指先でつまみながら、お嬢様は腕を組む。


「うーん……ウィッグ、あったかなぁ」


言うが早いか、荷物をガサガサと漁り始めた。


「お、お嬢様!?

そんな乱暴に扱って大丈夫なんですか!?」


「だいじょーぶだいじょーぶ」


――全然大丈夫そうじゃない音がしている。


「……あった!」


ぱっと掲げられたのは、落ち着いた色のウィッグ。


「よかったぁ〜。こんなこともあろうかと、前に用意してたんだよね」


「“こんなこと”の想定範囲が広すぎませんか?」


「備えは大事」


きっぱり言い切るその姿勢だけは、妙に説得力がある。


「よしできた! 私が侍女です!」


びしっと自分を指差し、


「アリスは――お嬢様!」


「逆です!!」


反射的にツッコミが出た。


「まさか……お一人で行かれるつもりですか?」


「そうだよ?」


即答だった。


「だって、魔宝石絡みならさ。不穏な空気とか黒いモヤとか、私なら感じ取れるかもしれないでしょ?」


「それは……確かに」


反論しかけて、言葉が詰まる。


「ねっ!」


勝ち誇った笑み。完全に“してやったり”の顔だ。


「……はぁ」


私は深くため息をついた。


「分かりました。ですが、その代わり――」


「その代わり?」


「絶対に無茶はしないでください。お嬢様」


「善処する!」


……一番信用できない返事だった。

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