アリスとお嬢様 1
アリスside
お嬢様の勘は、よく当たる。
これまで何度も見てきた。嫌な予感が、ただの思い過ごしで終わったことは一度もない。
——今回も、きっとそうだ。
ジョルジュ陛下が何かを企んでいる。それは、もはや疑いではない。お嬢様に危険が及ぶことなど、決して許されない。
ならば、私がすべきことは一つ。
侍女として。影として。この城の中を、探る。
陛下が、何を“集めてきたのか”。——何を、どれほどの年月、隠してきたのか。それを暴く。
お嬢様が檻に閉じ込められる前に。私は、静かに息を整えた。
今は執事のユウリもいない。お嬢様を守れるのは…私だ。
◇
アリス、15歳。
ティアナ、12歳。
あの頃の私は、すでに「選ばれる」ということの重さを知っていた。私には兄が2人いる。父は王国騎士団の人間で、兄たちも当然のように試験を受けた。
魔宝石適正判定。——だが、2人とも通らなかった。
透明なまま、何の色も宿らず、何の力も与えられなかった。
父は、露骨に落胆していた。
「仕方ない」と口では言いながら、その背中は、明らかに失望していた。
母は、柔らかく笑って言った。「そんなこともあるわ」その言葉に、兄たちは、どこか救われたような顔をしていた。
そして私は。王国の侍女になるための試験を、半ば当然のように受けさせられた。
——ついでに。
「試しに」と、魔宝石適正判定も受けさせられた。
まさか、とは思った。だが。その宝石は、ゆっくりと光を帯びた。ムーンストーン。淡く、静かな月の色。
父は、はっきりと喜んだ。誇らしげに。まるで、待ち望んでいたかのように。
けれど。母は、笑わなかった。兄たちも、目を伏せたままだった。その時、私は初めて知った。
——選ばれることは、必ずしも祝福ではないのだと。
誰かの期待であり、
誰かの失望であり、
誰かの居場所を奪うことでもあるのだと。
父は、私を侍女ではなく、騎士に仕立てあげようとしていた。ムーンストーンの適性を得たのだから、当然だと言わんばかりに。——けれど。私は、嫌だった。剣を振ることはできる。訓練にも、ついていけた。
けれど、それを「望んだ」ことは、一度もない。私の手は、
誰かを傷つけるためのものではない。
そう思いながらも、逆らう術はなかった。そんな頃だ。
「こんにちは」
不意にかけられた、幼い声。振り向くと、そこにいたのは小さな少女だった。柔らかなスミレ色と桃色の髪、澄んだ蒼い瞳。
まだ子どもなのに、不思議とこちらを“見ている”目。
「ねぇ、私の侍女にならない?」
あまりにも自然に、そう言われて、言葉を失った。
「……なぜ、侍女、なのですか?」
戸惑いながら、そう返す。
「私は今、剣を持っていますし……」
すると少女は、少しだけ首を傾げた。
「え?」
次の瞬間、何気ない調子で言う。
「だって、服のしわが綺麗に伸びてるでしょ」
視線が、私の袖口に落ちる。
「髪も、ちゃんと手入れされてる」
「それに……」
私の手を、じっと見つめて。
「手荒れ、してるね」
——心臓が、跳ねた。
「剣を持つ手って感じじゃない」
静かな断定。
「誰かの世話をする人の手」
一瞬、言葉が詰まる。
「……失礼、だったかな?」
そう言って、少女は少しだけ困ったように笑った。
その笑顔を見た瞬間。胸の奥で、何かが、はっきりとほどけた。




