お嬢様の影 テオ2
空いた時間は、王国の中をしれっと探索した。
そして、陛下を見た瞬間――胸の奥がざわついた。直感が告げていた。あれは危険だ。お嬢さまにとって、良くない。
お嬢さまも同じものを感じ取っていた。
その事実が、余計に落ち着かなくさせる。
お嬢さまを脅かすものは、近づくだけで気に入らない。
心のどこかで、全部遠ざけたくなる。
そして、お嬢さまは俺に頼んだ。
その一言で、胸の奥の衝動が静かに形を持った。
だったら、俺のやることは決まっている。お嬢さまを守る。
あの人が、最後まで幸せでいられるように。
そのためなら、どんな場所でも、どんな影でも、俺は動く。
お嬢さまが望む未来を邪魔するものは、どれだけ小さくても見逃さない。それが、俺の役目だから。
ひらりと人がいないのを見計らい、廊下を歩いていた人物にそっと声をかけた。
「アリス」
「テオ。……やはり来ていたのですね」
表情を崩さないところは相変わらずだ。
「まあね」
軽く笑ってみせる。
「そっちはどう?」
「怪しい場所はいくつかあります」
「そっか。こっちも似たような感じ」
短く情報を交わす。
言葉は少ないのに、互いに理解できるのはやりやすい。
「……お嬢様が、また危険に突っ込もうとしています」
「そうみたいだねぇ」
「いま、お嬢様を守れるのは私たちだけです」
「わかってるよ。お嬢さまは、傷つけさせない」
アリスが静かに頷く。
「お嬢さまに嫌がらせしている者たちですが」
「うん」
「もし、これ以上ひどくなるようなら……“反省”してもらう必要があるかと」
アリスの声は淡々としているのに、奥に冷たい決意がある。
「……反省ねぇ。どの程度?どこまでやっていい?」
「お嬢さまが困らない範囲で。
せめて……“馬糞まみれ”くらいには」
「……それ、いいね」
2人で小さく頷き合う。
お嬢さまを曇らせるものは、影でそっと処理する。
それが、2人の暗黙の役目だった。
あっ、お嬢様だ。
友達ができたらしく、並んで歩いている。
良かった。前よりずっと表情が柔らかくて可愛い。
……だが、その先に見えるのは——またあの意地悪な連中か。
お嬢様に泥をかけようとしている。
いや、あれは……馬糞か。くだらない。
だけどちょうどいいな、、アリスと話していたところだ。
ここは俺の出番だな。
気配を消し、そっと近づく。令嬢たちがロープを握り、今まさに罠を発動させようとしていた。
俺は小さく息を吸い、囁くように詠唱する。
「紅く、鋭く、縛れ——スピネル」
紅い光が剣先に宿り、バケツを支えるロープの結び目へと走る。光は糸のように絡みつき、結び目の向きを“ほんの少しだけ”変えた。
次の瞬間——。
「今よ!」
令嬢たちが勢いよくロープを引く。
だが、バケツはお嬢様の頭上ではなく、仕掛けた本人たちの真上へと傾いた。
どさっ。
「きゃあああ!?」
「ちょ、なんでこっちに!?」
馬糞の匂いと悲鳴が入り混じり、慌てふためく姿はなんとも滑稽だった。
馬鹿げた罠で彼女の歩みを止めることはできない。
紅い光はすでに消えた。
……これでいい。
お嬢様の笑い声が遠ざかるのを聞きながら、俺は影へと溶けた。
彼女が前を向いて歩ける限り、俺は何度でもこの手を汚す。
それが、俺にできる唯一のことだ。




