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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第四部

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お嬢様の影 テオ2

空いた時間は、王国の中をしれっと探索した。


そして、陛下を見た瞬間――胸の奥がざわついた。直感が告げていた。あれは危険だ。お嬢さまにとって、良くない。

お嬢さまも同じものを感じ取っていた。

その事実が、余計に落ち着かなくさせる。

お嬢さまを脅かすものは、近づくだけで気に入らない。

心のどこかで、全部遠ざけたくなる。


そして、お嬢さまは俺に頼んだ。

その一言で、胸の奥の衝動が静かに形を持った。

だったら、俺のやることは決まっている。お嬢さまを守る。

あの人が、最後まで幸せでいられるように。

そのためなら、どんな場所でも、どんな影でも、俺は動く。

お嬢さまが望む未来を邪魔するものは、どれだけ小さくても見逃さない。それが、俺の役目だから。


ひらりと人がいないのを見計らい、廊下を歩いていた人物にそっと声をかけた。


「アリス」


「テオ。……やはり来ていたのですね」


表情を崩さないところは相変わらずだ。


「まあね」


軽く笑ってみせる。


「そっちはどう?」


「怪しい場所はいくつかあります」


「そっか。こっちも似たような感じ」


短く情報を交わす。

言葉は少ないのに、互いに理解できるのはやりやすい。


「……お嬢様が、また危険に突っ込もうとしています」


「そうみたいだねぇ」


「いま、お嬢様を守れるのは私たちだけです」


「わかってるよ。お嬢さまは、傷つけさせない」


アリスが静かに頷く。


「お嬢さまに嫌がらせしている者たちですが」


「うん」


「もし、これ以上ひどくなるようなら……“反省”してもらう必要があるかと」


アリスの声は淡々としているのに、奥に冷たい決意がある。


「……反省ねぇ。どの程度?どこまでやっていい?」


「お嬢さまが困らない範囲で。

せめて……“馬糞まみれ”くらいには」


「……それ、いいね」


2人で小さく頷き合う。

お嬢さまを曇らせるものは、影でそっと処理する。

それが、2人の暗黙の役目だった。


あっ、お嬢様だ。

友達ができたらしく、並んで歩いている。

良かった。前よりずっと表情が柔らかくて可愛い。


……だが、その先に見えるのは——またあの意地悪な連中か。

お嬢様に泥をかけようとしている。

いや、あれは……馬糞か。くだらない。


だけどちょうどいいな、、アリスと話していたところだ。

ここは俺の出番だな。


気配を消し、そっと近づく。令嬢たちがロープを握り、今まさに罠を発動させようとしていた。

俺は小さく息を吸い、囁くように詠唱する。


「紅く、鋭く、縛れ——スピネル」


紅い光が剣先に宿り、バケツを支えるロープの結び目へと走る。光は糸のように絡みつき、結び目の向きを“ほんの少しだけ”変えた。


次の瞬間——。


「今よ!」

令嬢たちが勢いよくロープを引く。


だが、バケツはお嬢様の頭上ではなく、仕掛けた本人たちの真上へと傾いた。

どさっ。


「きゃあああ!?」

「ちょ、なんでこっちに!?」


馬糞の匂いと悲鳴が入り混じり、慌てふためく姿はなんとも滑稽だった。


馬鹿げた罠で彼女の歩みを止めることはできない。

紅い光はすでに消えた。


……これでいい。

お嬢様の笑い声が遠ざかるのを聞きながら、俺は影へと溶けた。

彼女が前を向いて歩ける限り、俺は何度でもこの手を汚す。

それが、俺にできる唯一のことだ。

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