お嬢様の影 テオ1
テオside
お嬢さまが王妃教育に行くことになった。
しかも1カ月もだ。だから、俺も1カ月の有給休暇を取ることにした。
お嬢さまがいない屋敷にいても意味がない。セナに申請を出したら絶対に文句を言われるから、ルーク団長に直接持っていった。
団長は第2・第3騎士団の統合で忙しいけど、あっさり承諾してくれた。
お嬢さまの長年の夢を形にできたことも、一緒に行った花畑でのデートも、どれも宝物みたいな時間だった。
……どうしてあんなに可愛いんだろう。
王妃教育。婚約なんて、破棄になればいいのに。そんなことを思ってしまう自分がいる。
それでも、お嬢さまは嫌がりながらも逃げずに向かった。
だから俺も、そっと気配を消して後を追った。
少し離れた場所から、お嬢さまの様子を見守るために。
お嬢さまは完璧だった。挨拶も、礼儀作法も、立ち居振る舞いも。本当にかっこいい、俺の誇りだ。
なのに――あの女たちは、なんだ。陰でお嬢さまを笑い、
「魔女」なんて言葉まで使って。
その口を二度と開けなくしてやりたいほど腹が立った。
不味いお茶をわざと出し、教科書を破り、くだらない嫌がらせを積み重ねて。
でも、一番許せなかったのはそこじゃない。
花びらにガラス片を混ぜて、お嬢さまの指先を傷つけたことだ。
その瞬間、視界が赤く染まった気がした。
出て行って止めなかったのは、お嬢さまが必死に耐えてきた時間を俺の衝動で壊したくなかったからだ。
俺が動けば、全部終わる。だから動かない。
お嬢さまのために…。
でも、本音を言えば。ああ、邪魔だ。お嬢さまを曇らせるもの全部。
目に入るだけで苛立つ。いっそ、この世界にお嬢さまと俺だけいればいいのに。
木の上から、ダンスの授業を見下ろしていた。
あいつがいる。
……お嬢さまをこんな場所に連れてきた張本人。
あいつがいなければ、お嬢さまは苦しまなかった。
そう思うだけで胸の奥がざわつく。
無駄にきらきらして、周りに人を集めて。そういうところが気に入らない。
その横にレイもいた。あの鋭い眼鏡越しに、こっちを一瞬だけ見た。気づかれてる。
でも何も言わないのは、俺が“まだ”動く気がないと分かっているからだろう。…今のところは。
あいつがお嬢さまの手を取るのかと思った瞬間、別の女が割り込んだ。余計なことを。お嬢さまはレイの方へ歩いていく。
その瞬間の王子の顔。あれは、妬いてる。
そりゃそうだ。あんたがさっさと手を取らないから。
「バカだなぁ」
思わず声がでる。
◇
お嬢さまが弱っている。胸の奥がざわついて落ち着かない。そろそろ、直接声をかけないと俺も限界だった。だから月が綺麗な夜、お嬢さまのもとへ向かった。
まるで偶然来たような顔をして。
本当は、ずっと話したくて仕方なかったのに。
『愛の逃避行、する?』
そう言ったら、お嬢さまは本気で悩んでいた。その表情がたまらなく愛しい。
お嬢さまが望むなら、どこへだって連れていく。
世界の端でも、誰も知らない場所でも。
でも、お嬢さまは“逃げたいけど逃げたくない”顔をしていた。その葛藤すら、可愛い。
話しているうちに、お嬢さまの表情が少しずつ緩んでいく。
甘やかして、褒めて、肯定して。
俺の言葉は、お嬢さまのためならいくらでも出てくる。
触れるつもりはなかった。でも気づけば、抱きしめていた。
お嬢さまは優しいから、そのまま受け止めてくれた。…
…ああ、可愛い。好きだ。本当に、全部捨てて愛の逃避行をしてしまいたい。
でも、それはできない。
お嬢さまが“最後まで頑張る”と決めたから。
だから俺も、衝動を押し殺す。
どうか、悪意に飲まれないで。
どうか、俺がそばにいることを忘れないで。




