パーティーは波乱6
私と殿下だけ部屋から取り残される。
出るタイミングを失った。
「君が助けに来てくれるとは、とても嬉しいね」
穏やかに笑う殿下。その余裕ぶりに、思わずぞくりとする。
毒殺されかけたのにこの笑顔……白々しいにもほどがある。
「余計なお世話でしたけどね」
そう言うと、殿下は静かに目を細める。
「そうでもないさ。おかげで君と二人きりになれた」
「はあぁ……」
思わずため息が漏れる。
「そんな顔をされるとは、ティアナ嬢は興味深いね」
――何を言っているの、この王子……頭、大丈夫ですか?
自然と顔に出てしまったその疑問に、私自身がハッとする。
目の前にいるのは、この国の王子だ。下手をすればこちらが危険にさらされる。
「それより、先程ニーナ嬢が言っていた商人や“毒”について、何かご存知ですか?」
殿下は少し考える素振りを見せ、やがて口を開いた。
「詳しいことはまだだ。まあ、ニーナ嬢は媚薬だと騙されて、ある商人から買ったのだろうね。デホラ男爵もぐるだろう。
大方、ニーナ嬢と私が上手くいけば、男爵から公爵にまで上がれると思ったのだろう」
「つまり、二人は毒だとは知らなかった、と」
「さあ? まだ何とも言えないが……だが、そんなことはどちらでもいい」
その言葉は、冷静に見えて、どこか狡猾さを感じさせた。
私は小さく息をつき、殿下の言葉の裏にあるものを探る。
王子の冷静さと威厳、そして微かに漂う危うさ……目の前で微笑むその顔が、あまりにも手強い。
「媚薬だろうが、毒だろうが。薬物を盛ろうとしたことには変わらない。それ相応の罰は受けさせるさ」
殿下の声には揺るがぬ威厳があった。
「そうですね。でも、媚薬を盛られそうになるとは、随分おモテになりますね」
皮肉を込めて言う。
「おや、嫉妬かい?」
にやりと笑う殿下。
「どうしたらそう聞こえるのでしょう」
皮肉のつもりだが、顔が自然に引き締まる。
「まあ、でも君になら媚薬でも毒でも盛られても許してしまうな」
そう言って、殿下はゆっくりと私に近づき、髪の毛を手に取り、軽くキスをした。
「何するんですか…
そんなことより」
私は素早くその場をかわす。
「そんなことかー」
殿下はははっと笑った。
「ユウリから聞きました。10年程前から私に本を送ってくださっていたこと」
「あー、聞いたのか」
殿下は少しだけ微笑む。
「ありがとうございました。興味深いものばかりで、あの……返した方がよろしいでしょうか?」
ここだ。アリスに教わった“媚を売るポーズ”を披露するチャンス。
右手を軽く握り、小首を傾げる。上目遣いはよくわからないが、とにかく殿下を見上げればオッケーだろう。
私は小さく息を整え、自然に視線を上げた。
「……その、もしご迷惑でなければ、頂いたままで……」
微かに震える声だったが、上目遣いと首の角度がうまく緊張感を和らげているはず。
殿下の目がじっと私を見つめる。
その静かな間に、心臓が速くなるのを感じた――が、これが功を奏すかどうかは、まだわからない。
さあ、どうだ。殿下が少し固まっている。
これは……失敗か。
「すごいなぁ……誰の差し金だろう。褒美をあげたいよ」
ぼそっと呟く殿下。
何を言ってるんだ、この人は。
「あ、あの……」
本を返した方がいいのか、
いや返したくない……!
できることなら手元に置きたい。
「あぁ、ごめんね。返す必要はないよ。それは君にあげたのだから」
「ありがとうございます!」
思わず食い気味にお礼を言う。はあ〜、助かった……。
「少しお礼をもらってもバチは当たらない気がする」
「へっ?」
突然、手首を掴まれ、ソファに座らされる。
「あの……なんでしょう」
思わず問いかけるが
「何だろうね」
殿下はニコッと小首をかしげる。
何を企んでいるのか、まったく読めない。
整った顔とエメラルドの瞳が私をじっと見つめる――圧倒的な美しさと威厳に、心臓が跳ねる。
――このままでは……
けれど、間一髪のタイミングで、扉の向こうから軽やかな声。
「お取り込み中失礼致します」
セナーー!銀髪の私の護衛騎士。
良いタイミングだよ。
セナが静かに現れ、その場の空気を変える。
殿下の手が私に届く前に、私はシュタッと殿下から逃げる。
「おや、君はティアナ嬢の騎士かな?」
「はい、セナと申します」
セナは凛と美しくお辞儀をする。
「では、殿下失礼しますね」
とりあえず本を返さなくてよくなり、少し気分が軽くなる。
「お嬢様。ドレスでベランダを飛び越えるのはどうかと思います」
「しょうがないでしょー!急ぎだったんだから。ユウリには絶対言わないでね!怒られるから」
ビシッと付け加える。ユウリに怒られると、本当に怖いからな……。
「わかりましたよ。それと報告です。デホラ男爵は王国騎士団に引き渡しました。お嬢様が目をつけていたウェイターですが、屋敷から出るところをテオが押さえました。ただ証言を取るのは難しそうです。頑なに口を閉ざしています」
「そう。ありがとう」
ローブの男はどこまで関わっているのだろう。
毒を仕込もうとした人物は誰なのか……。
ディラン殿下は第一王子。敵もそれなりにいるはずだ。
とらえたウェイターも、口を割らないだろうな。
気になることは山ほどあるが、今はとりあえず疲れた。
肩の力を抜き、深呼吸を一つ。
――よし、帰ろう。
波乱のパーティーは幕を閉じた。




