番外編 幻の魚が恋した味4
「……ですが」
専門家が、ふと視線を上げる。
「では、どうやって捕まえたのですか?」
静かな声だった。
「説明した通り、
この魚は大人数を集めても非常に捕獲が難しい。
それを、3人で、しかも無傷で――」
私たちは、揃って視線を逸らした。
「た、たまたまです」
「そうそう!
ほんとに運が良かっただけで!」
「……運が、ですか」
専門家の眉が、わずかに動く。
「ええ、その……」
それ以上は、誰も続けられない。
その横で、トワだけが黙ったまま、
桶の中の白ひげちゃんをじっと見つめていた。
白ひげちゃんは、まるで何も知らないと言うように、
小さく尾を揺らす。
しばしの沈黙。
やがて、専門家は小さく息を吐いた。
「……まあ」
「そこは、いいでしょう」
全員の肩から、目に見えない力が抜けた。
「いずれにせよ、
非常に希少な個体であることに変わりはありません」
「このまま一般の手に渡るのは危険ですし、
食用などもってのほか」
専門家は、はっきりと言い切った。
「こちらで保護という形を取らせていただきたいのですが、
よろしいでしょうか?」
私は一瞬、桶を見る。
白ひげちゃんは静かに、
風の輪の中で漂っていた。
「……お願いします」
「賢明な判断です」
専門家は頷く。
「正式な記録はこちらで作成します。
発見者として、皆さんのお名前は残りますが――」
一拍置いて、
「捕獲経緯の詳細については、
特に触れないでおきましょう」
……助かった。
「ありがとうございます」
私がお礼をいうとレオが、ほっとしたように笑う。
「白ひげちゃん、元気でな」
その言葉に反応するように、
桶の中で、白ひげちゃんが小さく鳴いた。
ふわり。
その場に、優しい風が吹いた。
数日後。
研究施設の奥、
自然環境を再現した広い水槽の前に立っていた。
透明な水の中で、
白ひげちゃん――エンジェルドラゴンは、ゆったりと泳いでいる。
「……元気そうですね」
トワが、小さく安堵の声を漏らす。
「食事も問題なし。
環境にも、すぐ慣れたそうよ」
そう言いながらも、
私は視線を水面から離せなかった。
その時。
白ひげちゃんが、ふっと動きを止める。
こちらに気づいたように、
ゆっくりと泳いできて――水面近くで、尾を揺らした。
ふわり。
甘い香りを探すみたいに、
小さく鼻先を動かす。
「……?」
次の瞬間、
水面に、くるりと小さな渦が生まれた。
ほんの一瞬、
食卓に運ばれる湯気を追うような風。
「……あ」
レオが、目を丸くする。
「もしかしてさ……」
白ひげちゃんは、もう一度だけこちらを見て、
ひげをふわりと揺らした。
――まるで、
“また、あれを作ってくれ”
と言っているみたいに。
「……図々しい魚だな」
そう言いながら、レオは笑った。
白ひげちゃんは尾を揺らし、
ゆっくりと水槽の奥へと泳いでいく。
最後に、もう一度。
振り返る。
風が、くすっと笑うみたいに通り抜けた。
――きっと、あの魚は覚えている。
レオの料理のあの味を。
「……私の料理人を引き抜こうとしてるのかしら、白ひげちゃん」
「だめですよ!」
即座に返ってきた。
「俺はお嬢さんの専属料理人ですから」
そう言ってから、少しだけ声を落とす。
「……でも、また作ってあげるからな」
レオがひらりと手を振ると、
白ひげちゃんは嬉しそうに、ひげを揺らした。
番外編 幻の魚が恋した味 完




