番外編 幻の魚が恋した味2
「じゃあお昼にしましょうか!」
レオが元気よく言う。
気づけば、もうお昼の時間だった。
「僕も手伝うよ」
「私も」
「じゃあ、トワ坊ちゃんは枝拾ってきて!」
「わかりました」
「お嬢さんは俺と魚の処理、手伝って!」
「はーい」
レオは手際よく魚の内臓を処理していく。
私はその横で、魚を串に刺す。
「ねえ、レオ。魚焼くのにマッチある?」
そう聞くと、
「それは大丈夫!」
トワが拾ってきた枝を集め、魚を焼くスペースを作る。
するとレオが、大剣を取り出した。
……ま、まさか。
「燃え上がれ――ペリドット」
炎が立ち上り、枝が一気に燃え始める。
火力調整は……ばっちりだな。
「ねえ、レオ。
魔宝剣の使用って、規則が厳しいのは知ってるわよね」
元騎士団員だ。知らないはずがない。
「ま、まあ……」
「まさかとは思うけど、
いつもこんなことしてないわよね?」
じろっと睨む。
「ひ、人がいない時だけだよ?」
「それでも、よ」
「……すみません」
しょぼんとするレオ。
「まあ、今日は大目に見るわ」
「さすがお嬢さん!!」
切り替えが早い。
レオが用意してくれたお弁当を広げる。
「はい、お嬢さん。焼き加減ばっちりだよ!」
そう言って渡された魚は、こんがりと焼き目がついていて美味しそうだ。
「トワ坊ちゃんも」
「ありがとうございます」
「んーっ、おいしい!」
「本当に、美味しいですね」
私とトワがそう言うと、レオも嬉しそうに笑った。
「こうやって外で食べるの、楽しいよな!」
穏やかな時間が流れていく。
そして三人でババ抜きをしていたら、
あっさりとトワが勝ち抜けし、
私とレオがラスト一枚で睨み合うことになった。
「んー……どっちだ……どっちだぁ!?」
唸るように言いながら、レオがカードを見比べる。
「こ、こっち!!」
――ぱしっ。
「うわぁ! ババだーー!」
「はい、残念。次は私の番ね」
そう言ってカードを引こうとした、その時。
「レオっ!」
びくっと竿がしなり、
トワが釣り竿を必死に引っ張っている。
「おお!? なんだなんだ!
エンジェルドラゴンか!?」
「まさか……」
そう言いながらも、レオはすぐにトワの後ろに回り、
一緒に竿を掴んだ。
「うおっ、重い!!」
「ほ、本当だ……!」
三人で力を込めるが、びくともしない。
それどころか、じわじわと引きずられる。
だめだ。
三人では引き上げられない。
――それに。
水面が、妙に騒いでいる。
風向きも、さっきまでと明らかに違う。
「……ねえなんか変じゃない?」
「やばい!お嬢さん!落ちるー!!」
レオが慌てて竿を引っ張っている。
このままでは三人で湖に落ちてしまう。
よしっ。
「レオ、トワしっかり踏ん張っててね!」
「え!?」
「は、はい!」
返事を聞く前に私は二人から手を離し、短剣を抜いた。
「蒼き風よ……導け。ラピスラズリ」
一振り。
刃を走った魔力が風を裂き、水面の流れが変わる。
乱れていた風向きが一瞬で整い、釣り竿に“押す力”が生まれた。
「お嬢さん、さすが!!
トワ坊ちゃん、網!!」
「は、はい!!」
三人がかりで一気に引き上げる。
水面が割れ、飛沫と共に姿を現した――それは。
「……なに、これ?」
思わず声が漏れた。
体長は、せいぜ十五センチほど。
想像していた“十メートル級の怪物魚”とは、あまりにも違う。
「魚……ですよね?」
トワが恐る恐る覗き込む。
「うーん……これじゃあ3人で分けるには小さいな!」
レオが首を傾げる。
「……でも、これ」
私が網の中を指さす。
「レオが描いてた絵と、似てない?」
「確かに……特に、髭のあたりが」
トワが目を凝らす。
「うんうん!
俺のはもうちょい格好よかったけど!」
「そこはどうでもいいよ」
「ひど!お嬢さん俺の絵上手いっていったじゃん!」
「……それになんだか、鼓動が他の魚とは違うわね」
そう呟いた瞬間だった。
澄んだ風が、心臓の位置に渦を巻いて見える。
「……まさか、魔宝石?」
「確かに……」
トワも目を凝らす。
「言われてみると、淡く光ってますね」
「すごい!!」
レオが、弾んだ声を上げた。
すると魚――いや、“それ”が、ぴくりと身を震わせる。
風が、ひとひら撫でるように動いた。
「……まさか」
喉が、ひくりと鳴る。
「これが……エンジェルドラゴン?」
沈黙。
「……とりあえず、持ち帰りましょ」
私は網の中の魚を見下ろして言った。
「え、食べないんですか?」
レオが目を丸くする。
「この大きさなら、煮付け……いや、素揚げ?
それとも――」
言いかけて、レオは口を閉じた。
魚が、ぴくりと尾を揺らす。
その瞬間、風が一度だけ逆巻いた。
まるで怒っているようだ。
「……やめとこ」
「ですよね」
3人の意見は、自然と一致した。
「珍しい魚かもしれないし、
下手に手を出すより、誰か詳しい人に見せた方がいいわ」
「そうですね。毒性があったら怖いですし」
私の意見にトワも頷く。
「じゃあ、水槽を用意します?」
レオがこちらを見る。
「……いや、それは違う」
「え?」
トワとレオが目を丸くする。
「これは……水槽に入れると、多分、まずい」
言いながら、自分でも理由をうまく説明できなかった。
ただ、本能的に、そう思った。
「桶で。
風が抜けるように」
「……了解です!」
レオが元気に手を上げる。
その後、魚は驚くほど大人しく、
まるで“連れていかれる”ことを受け入れているようだった。
この時点では、
誰もまだ――その正体を深く考えていなかった。




