夢の始まり・3
不思議な夢を見てから数日、すっかり「夢幻喫茶」に通うことが夢月にとっての毎日の日課になっていた。終礼後に皆が自由に行動し始める頃、夢月は周囲の目を盗んで学校を抜け出す。そうして通学路である商店街に入ると、あの喫茶店が現れるのだ。
今日もきっと、小気味いい鐘の音が聞こえることだろう。店に入ればマスターの優しい声に迎え入れられて、騒がしい面々と楽しく語り合うのだ。
まだ二限目だというのに、窓の外を眺めてそんなことを考えているのは、もはや気が早いどころではない。だが、この教室にいる者の中で、夢月がそんなことを考えていると知る者などいない。だから自由に妄想に浸らせてもらうことにする。
教科担当が授業の終わりを告げ、チャイムと同時に教室を出て行った。
一気に教室の中は休み時間の空気に満たされ、騒がしくなった室内では、もはや誰が何を言っているのかも分からない。
「夢ちゃーん。今日も窓の外を見て黄昏てたね」
「黄昏てたって……。そう言う華夏だって寝てたくせに」
「うっ……。だってぇ、数学って何を言ってるのかさっぱり分からないんだもん。数字ばっかり見てると疲れるのー」
「仕方ないよ。数を学ぶから数学でしょ」
「でも、分からんないものは分かんないのー。なんで点Pは動くの? なんで兄弟は一緒に池の周りを走らないのって!」
夢月の前の席に座った華夏は、すっかり愚痴を零すことに夢中になっている。普段こうして夢月の前に座った時は、必ずオカルト関係の話を持ってくるのだが。
夢月の静かな視線にようやく本題を思い出したらしい華夏は、崩していた姿勢を正し、夢月を真っ直ぐと見つめた。
「夢ちゃん、最近この学校変だと思わない?」
さあ、始まった。華夏の恒例のオカルト話だ。何処で仕入れてきたのか分からない話には、毎度のことながら驚かされる。
最近では学校の裏にある神社での怪談や、正夢の話を聞かせてくれたが、今回は夢月達が通うこの学校での話らしい。
「変? んー、そう言われると変かもしれないし、変じゃないかもしれないけど」
「あーあ、予想通りの答え。まあ、初めから夢ちゃんの答えには期待してないからいいんだけどさ」
今、しれっと馬鹿にされた。夢月がオカルト話に興味を示していないことに気づいていた華夏にとって、夢月の適当な返答は想定通りのようだ。
それでも、最近になって妖と関わるようになった夢月にとって、華夏の語るオカルト話には多少なりとも興味を持ち始めていた。
「それで、この学校の何処が変なの?」
「よくぞ聞いてくれました! それがさ、どうも変なんだよねー。最近になってやけに増えたと思わない? カップルが」
「は?」
頭の中で華夏の言葉を反芻する。『カップル』という四文字が頭の中をぐるぐると駆け巡り、たっぷり時間を使ってその意味を理解した。
華夏から目を逸らし、教室の中を見渡してみると、確かに男女で楽しげに笑い合う生徒が多い気がする。
だがカップルが増えたからと言って、それが直接「学校が変」という理由にはならないだろう。高校生ならばそういう色恋沙汰に目覚める時期だし、楽しそうなのだからそれでいいのではないかとも思う。
わざわざ休み時間になって話しかけてくる辺り、華夏にとってこの光景は異常に見えているらしい。
「カップルが増えたって、これくらい当たり前じゃないの? むしろこれまでが少なかったようにも思うけど」
「ただ告白して付き合ったのなら私だって何とも思わないよ。私が気になってるのは、この学校で流れてる“ある噂”なんだよね」
「ある噂?」
「そう。この学校には曰く付きの場所があるの」
小声で周りには聞こえないように囁く。大好きなオカルト話ができて楽しそうだが、何処か不安げなのは、様子のおかしい学校に対して少なからず恐怖しているからなのだろうか。
何処にでもあるありふれた公立高校に、そんな曰く付きの怪しい場所があるのだろうか。
大した歴史もなく、定員割れしていたから滑り込むように入学したこの学校に対して、さほど思い入れはない。華夏と友人になっていなかったら、そんなオカルト話を耳にすることもなかっただろう。
正直に言えば、カップルというものに縁はないし興味もない。またいつものように聞き流そう。そろそろ次の授業が始まりそうだし、ここいらで華夏には諦めてもらうしかない。
「噂なんでしょ。本当にあるのかも分からないのに、みんなの幸せをオカルト扱いしたら酷だよ」
「やっぱり夢ちゃんも信じてくれないんだ」
「“も”? 私以外にも誰かに話したの?」
華夏の含みを持った言葉に意識を引き戻される。夢月“も”と言うのなら、以前にも誰かにこの話をしたのだろうか。
夢月と違って友達が多い華夏は、夢月の知らないところで他の友達にも語って聞かせているのだろう。カップルと曰く付きの場所――華夏が気にするように、他の生徒も食いつきそうな話題だ。中には実際に試した生徒もいるのかもしれない。
そして、この異常なほどに増えたカップルの中に、その噂が関係している者達がいるのだろうか。
「他クラスの友達が次々に彼氏を作るものだからさー。気になって聞いてみたら、これが予想通り当たったんだよ。彼氏ができた友達のみんながそこに行ったみたいで」
「その曰く付きの場所って何なの? この学校にそんな場所があるなんて初めて聞いたけど」
「この学校って創立されてから新しいけど、新しいのって私達がいるこの第二教室棟でしょ? 私はほとんど行かないけど、夢ちゃんは選択授業で行ったことあるんじゃない?」
「もしかして本館のこと?」
「そうそう。前から思ってたけど、あそこって結構不気味だよねー。噂が流れ始めたのはつい最近のことだけど、あそこはもっと他にも何かありそうでさ」
「それはいいんだけど。それで、肝心なその噂って何なの?」
少しずつ話が脱線してしまっている。夢月が軌道修正をしなかったら、このまま華夏の一方的なマシンガントークに発展していただろう。
夢月が話の続きを促すと、華夏の目つきが微かに変わった。自分の話に夢月が興味を示したと、喜びに目を輝かせている。
「本館には一階、二階、三階を繋ぐ階段があるでしょ。その中で、二階に続く階段の踊り場にだけ、何故か姿見が設置されているの。夢ちゃんは見たことないかな」
「私が選択授業で使う教室は本館の一階だから、階段は使ったことないな。でも確かに階段はあるね。もしかして、その鏡が噂に関係しているの?」
「ご明察。放課後の十七時、窓から差し込む夕焼けに照らされた自分を踊り場の鏡に映して、あることを願うんだ」
「願う……」
『願う』という単語に過剰な反応を見せる者など、この場では夢月ただ一人だろう。幸いにも華夏は気づいていない様子で話を続ける。
「――好きな人と結ばれますように、って」
授業の始まりを告げるチャイムが教室中に響き渡る。他クラスに行っていた生徒達がぞろぞろと戻ってきて、次の授業のために席に着き始めた。
教科担当の教師が教室に入ってきて、華夏は慌てて席を立つ。
話が中途半端なところで終わってしまった。今日は移動教室が多いから、続きを聞くのは難しいだろう。
気になるが、わざわざ自分が首を突っ込む話でもない。この話は聞かなかったことにしようと、夢月は再び窓の外に目をやった。
❁
気にしないようにしていたのに。人間というのは一つの物事を忘れようとすると、かえって記憶に深く刻んでしまうらしい。
結局華夏の話が忘れられず、放課後になってからみんなの目を盗んで本館へと足を運んだ。三限目に選択授業があったため、本館に来るのは今日だけで二回目である。
「本館の、二階に続く踊り場の姿見……」
本館は職員棟に直接繋がっていた。正しくは、古い本館をそのまま残し、そこに新しい職員棟を併設した形だ。
放課後に本館に用がある生徒など、噂に乗せられてやってきた物好きの夢月くらいである。
本館に入ると、例の階段はすぐ目の前にあった。造りは古く、かなり年季が入っているが、何の変哲もないただの階段だ。その一段目に足をかける。特に変わった様子はない。
(本当に噂なんてあるの? 華夏が嘘をついているようには思えないけど、これじゃあね……)
静かな校舎内に、夢月が一段一段踏みしめる足音が響いた。誰もいないのに、誰かに見られているような恐怖感が身体を蝕む。
信じているわけではないはずなのに、こうも恐ろしく感じるのは何故なのだろうか。
恐怖心を誤魔化すように、一歩強く踏み込んでみた。
「きゃあ!」
「な、何!?」
一際大きな足音が鳴り響いたかと思うと、夢月の頭上から小さな悲鳴が聞こえた。思わず足を踏み外しそうになり、手すりにしがみついて難を逃れる。
誰かがいる。自分以外にも誰かがあの噂を聞きつけてやってきたのだ。
未だ悲鳴の主は壁に隠れて見えない。一段、また一段と登るにつれ、少しずつ踊り場の姿見が目に入ってくる。
そこにいたのは、眼鏡を掛けた大人しそうな小柄の少女だった。
「え? あ、えっと……」
「う、うわああ! すみません! すみません! 一年がここに来たらいけないって分かっていたんですけど、どうしても来たくて。あ、やましいことは何も無いんです! ただ噂が本当なのか気になっただけで!」
「ちょ、ちょっと、落ち着いて! 何も叱りに来たわけじゃないから」
まだ何も言っていないというのに、踊り場にいた少女は夢月を見るなり血相を変えて言い訳を繰り返す。
一見少女の方が恐怖しているように見えるが、実際は彼女の勢いに気圧された夢月の方が怯えていた。こうも勢いに任せて捲し立てられてしまえば、どれだけ頑丈な精神を持っていても圧倒されてしまう。
「ご、ごめなさい!」
少女は今にも泣き出しそうな涙目を俯いて隠すと、夢月を跳ね飛ばさんばかりの勢いで階段を駆け下りて行った。壁際に追いやられた夢月は、ぽかんと口を開けて走り去る後ろ姿を見送るだけだった。
あの少女は今年入学してきた一年生だろう。一年生であることを表す緑色のリボンを身につけていたし、本人の口からもそう語られていた。
あまりの勢いと動揺に圧倒されていたせいで、彼女が後輩であることに気づいたのは独りになってからだった。
(あの子、噂がどうこう言っていたな。やっぱり新入生の間でも、華夏が話していた噂が流行っているのかも)
学校中で話題だからといって、あの噂を信じるつもりはない。それでも実際に噂を真に受けて願おうとする現場に居合わせたのだから、少なからず興味は湧いてくる。
ほんの少し確認するだけ。どうせ嘘なのだから、何もなかったらそのまま帰ればいいだけの話だ。
決して噂を信じたからでも、好きな人と結ばれたいと思っているからでもない。ただ気になっただけ。あんな話を聞かされて気にするなと言われる方が無理というものだ。
(何の変哲もない姿見……。こんな場所にあるなんて不思議だけれど、特におかしいところもないし)
あの少女がこの姿見に向かって必死に願う理由も、学校中の生徒がこの場所にやって来る理由も、夢月には理解できない。ただの鏡に向かって願ったところで何が叶うというのだろう。自分の姿がそっくりそのまま映し出されるだけで、願いなど叶えてくれるはずもない。
願いを叶えるのはあくまでも願った本人――そう「夢幻喫茶」のマスターが語っていた。自分たちは願いを叶えるのではなく、叶える手助けをするだけだと。
「いや、無理があるでしょ……」
人は誰しも秘密や願いを抱いている。それは分かっているのだが、この鏡に向かって願うだけで好きな人と結ばれるなど信じられるわけがなかった。噂など馬鹿馬鹿しいとしか思えない。
好きな人などこれまでにできたことがないし、そういった関係に発展した異性もいない。そんな良く言えば純粋で、悪く言えば鈍感で無頓着な夢月だからこそ、他人事のように考えられるのかもしれない。
自分の願いに気づくという初期段階で躓いている夢月にとって、こんな鏡に祈るだけで願いが叶うなど、もはや妬ましくすらあった。
ふつふつと怒りにも似た不快感が腹の底から湧き上がる。この鏡を見ていると気がおかしくなりそうだった。
早くこの場を離れて、いつもの通り「夢幻喫茶」に行こう。あの店に行けば、こんな不快感も先ほどの少女との出来事も忘れられるはずだ。今日はいつもより長めに珠吉のふわふわとした身体を撫で回そう。
適当なことを考えて鏡から意識を逸らし、階段下へと視線を向ける。
その時、一瞬だけ視界が歪んだ気がした。めまいのような、身体が不調を訴えているときの感触に似ている。
(な、なに……これ)
しかしそれは一瞬のことで、瞬きをした次の瞬間には何ともない。窓から差し込む夕焼けで橙色に染まる廊下が広がっているだけだった。
「気持ち悪い。早くこんな所から離れよう」
階段を駆け下り、残り二段のところで飛び降りると、職員棟へ続く廊下を早足で進む。すぐにグラウンドから部活動に励む生徒達の騒がしい声が響いてきて、先ほどの静寂が嘘だったかのように周りは賑やかになった。
大した時間をあの場で過ごしていたわけではないはずなのに、何時間も立ち尽くしていたかのような疲労感がどっと押し寄せる。肩からずれ落ちていた鞄を担ぎ直し、昇降口へ向かう頃には、踊り場で感じた重苦しさも恐怖も忘れかけていた。
❁
いつの日からか、この学校には不思議な噂が流れ始めた。
――『十七時、縁結びの姿見』。
本館の二階へと続く階段の踊り場に設置された古い姿見。学校が設立された当初からあるもので、誰が何のために置いたのかは誰も知らない。
この噂が学校中で囁かれ始めたのは、つい最近のことだった。
とある男女が結ばれた背景にこの姿見が関係していると誰かが聞きつけ、瞬く間に噂は拡散。踊り場の姿見は、生徒達にとって格好の「縁結びスポット」と化したのだ。
放課後十七時。窓から差し込む夕焼けに染まった踊り場へ向かう。
夕焼けを映し出す姿見の前に立ち、目を閉じて強く念じる。
思いを馳せる相手の名前と、その人とどうなりたいかを心の中で唱えるのだ。
姿見にその想いが届いたとき、恋願う想いは実を結ぶという――。
❁
時に、恋愛小説の世界のように、色鮮やかな表紙が目を引く少女漫画の世界のように。誰だって胸が高鳴る体験を一度は夢見るものだ。フィクションに限らず、人は身近な友達との関わりを通じても、友人関係の一歩先にある恋愛を学んでいく。
「恋する乙女」という可愛らしい言葉があるように、少女はみな少なからず恋愛に夢を見るのだ。
ただ一人、この少女を除いては。
「はい、そこまで。前半の人はしっかり休憩を取ってください。次は後半の人が走りますからね。準備を整えて位置に着くように」
上がる息を整えながら、グラウンドと校舎を隔てるスタンド席へ腰を下ろす。雲に隠れているというのに太陽の光が肌に痛い。
顎先から滴り落ちる汗を拭い、立ち上がるとグラウンドの端にある手洗い場へ向かう。
蛇口を捻って水を出し、砂と汗で汚れた手を差し出す。冷たい水の感触が心地よく、火照った身体がすーっと静まっていった。
「お疲れ様でーす。如月さんも今終わったところ?」
流れる水にぼんやりと手を当てていると、不意に背後から声がした。華夏や他の女子生徒とは違う、低い男子の声。
体育の授業の合間を縫って自分に声をかけてくる生徒など思い当たらない。女子の友達すら少ないというのに、男子の知り合いなどいるはずもなかった。
それでも話しかけられた以上、返事をしないわけにはいかない。蛇口を止めて水を取り払うと、できるだけ明るい雰囲気を作り作って振り返る。
「お疲れ様、八雲君。そうなの、前半組が終わって後半の人達がこれから走るみたい」
クラスで唯一関わったことのあるこの男子生徒――八雲拓は、時折こうして夢月に話しかけてくる。選択授業が同じで席が隣になってから、よく喋るようになったのだ。
それでも教室にいる間はほとんど会話を交わさないし、お互いわざわざ話しかけに行くような間柄でもない。夢月の性格上、八雲から話しかけなければ会話すら始まらない関係だった。
クラスのムードメーカー的存在である八雲は、夢月と違って友達が多い。教室で一人本を読んでいるときも、彼が女子生徒達と楽しそうに話している姿をよく目にした。
チャームポイントとも言える八雲の笑顔は爽やかで心地いい。今浮かべている晴れやかな笑みも、崩れているところを見たことがなかった。
「走るだけでいいとはいえ、足の速さで成績をつけられるのは解せないなぁ」
「何言ってるの。八雲君だって速いじゃん」
「部活で毎日のように走らされてますからね。速くないと困るんすけど……だからって個人の力量差があるじゃないっすか」
「まあ、確かに。一理あるね」
夢月が頷くと、八雲は「そう思いますよね!」と元気よく同意した。グラウンドにいた数人の生徒がこちらを見た気がしたが、八雲はまったく気にした様子がない。
「別に体育が嫌いってわけじゃないんすけど、元の運動神経で点をつけられるのはなぁ」
「八雲君って考え方が優しいよね。私だったらそんな風に考えないよ」
「え、そうっすか? うっわ、なんか恥ず……」
首筋を指先で掻きながらニヘラと笑う。ぎこちないが何処か愛嬌のある笑顔で、こんな顔で頼まれたらついつい許してしまいそうだ。
男女問わず対等に接している様子の八雲だが、これまでに彼自身の恋愛話を聞いたことはなかった。他クラスの女子とも仲良くしているのだから、少しくらい噂があってもおかしくないのだが。
「なーに見てんすか」
「え? 私、そんなに見てた?」
「それはもう。俺の顔に何か付いてます?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
夢月の曖昧な返事に、八雲は頭の上にハテナマークを浮かべ、不思議そうに首を傾げる。
そんなつもりはなかったのだが、無意識の内に彼をじっと見つめてしまっていたらしい。
驚きに目を見開いて固まっていた八雲は、ふっと小さく笑みを零すと、夢月の目を見つめ返した。
「なんか、最近の如月さんって不思議なんすよね」
「……え? どういう意味?」
「なんて言うか、楽しそう? なんすかね。授業中は窓の外を見て何か考え込んでるし、終礼が終わったら一目散に教室出ていくし。あっ、もしかして」
顎に手を当てて考え込んでいた八雲が、突然ハッと顔を上げた。その表情には確信と期待の色が滲んでいる。
ニヤリと口角を上げて笑う八雲は、何か良からぬことを企んでいる子供のようだ。
その顔を見た瞬間、夢月の中で嫌な予感が跳ね上がった。
「彼氏に会いに行ってる系!?」
「は、はあ!? い、いきなり何言ってるの!」
「その反応は図星か? 図星だな!?」
「違う! 図星じゃない! と言うか、どうしてそういう発想になるの!」
何を言い出すかと思えば、八雲の的外れな発言にすっかりペースを乱されてしまった。
下手に動揺を見せれば勘違いを加速させると分かってはいても、面と向かって言われて冷静でいられるはずがない。
さっきは「考え方が優しい」と褒めたばかりだが、今すぐ撤回したい。彼の思考回路は飛び跳ねすぎだ。それとも、周囲の恋愛熱から置いていかれている夢月の方がズレているのだろうか。
「いや、だって……最近カレカノ増えてるから、如月さんもそうなのかなって思って。……俺、今失礼なこと言いましたね」
「八雲君もそう思う? 実はそれについて気になってることが――」
夢月の言葉を遮るように、グラウンドへ激しいホイッスルの音が響き渡った。
音のする方を見ると、男子の指導を担当している体育教師が集合の合図を出している。
話の途中で遮られ、八雲の意識はすぐさま教師の方へ向いた。
「やっば。すみません! 集合かかったんで行ってきます!」
「え、あ、うん……」
引き止める暇もなく、八雲は夢月の前から駆け出していった。教師の周りに集まる男子生徒の群れに紛れ込み、あっという間にその姿が見えなくなる。
手洗い場に一人取り残された夢月は、胸を突く何とも言えない寂しさから逃げるように、その場を離れた。
皆が集まっている場所へ戻る途中、後ろのグラウンドでは再び激しい笛の音が鳴り響いていた。




