第三十五話:少女への料理
料理をするのはアスイェの数少ない趣味の一つだった。
セラフィナは今、アスイェが料理する姿を見ていた。
キッチンは灯りをつけていない。
あるのは、暖炉のまだ消えていない火の光だけだった。
吸血鬼は寒さを恐れない。セラフィナはまだ成長中だが、人類と比べて寒さを耐えられるほうだった。
セラフィナは以前、なぜ暖炉の火がずっと消えないのかと聞いたことがあった。
「そのうち消える」とアスイェは言った。
暖炉の前でアスイェと並んで立ったことを覚えていた。時々アスイェに抱き上げられたこともあった。
その頃から、暖炉の火はいつも燃えていた。
アスイェはマントを脱ぎ、袖をまくり上げ、すでに起こされていた火の前に立った。
狩りはもう終わって落ち着いた少女は、目を輝かせながら蒼い炎を見つめた。
「……ちゃんと座ってろ。お前は食べ物を待っているんだ。狩りに出るわけじゃない。」
「だって、蒼い炎が綺麗だもん!」
少女は少し身を乗り出し、両手で椅子の端をぎゅっと掴んでいた。楽しそうに見た。
アスイェの包丁捌きはきれいで無駄がなかった。肉をきれいに切り、鍋に入れて、音と共に肉の香りが鼻をくすぐる。
その香りは吸血鬼の本能を煽られるものではなかったが、セラフィナは確かに空腹の感覚の感覚を覚えた。
「……何を焼いてるの?」
「セラが好きな肉だ。ちゃんと座ってないと野菜しかあげない」
セラフィナは唇を一回舐めて、やっとしっかりと座った。
「……わかった。待ってる」
それからしばらく、焼ける肉の香りと火の音だけが響いていた。
時々、油が弾けて火が大きくなるたびに、セラフィナは頑張って本能を抑えていた。
アスイェは背をセラフィナに向けたまま、セラフィナが我慢しているのを知っているかのように言った。
「足りなければ、後で血もあげる」
「ううん、大丈夫」
「そうか」
彼女はそのまま座っていて、ただでさえ機嫌のいい少女は、肉の焼ける音を聞きながらずっとにやけていた。
「アスイェ、真剣に肉を焼いているね」
「うん。毎回ではない」
「セラのため、、でしょう?」
「……そうじゃないと、誰かさんがキッチンを燃やしかねないからな」
***
カトラリーが並べられていた。
皿の中は焼きたての肉と、彼女があまり好きではないサラダ。
ワインはもちろんアスイェのためだけに用意されたものだったが、微かな果物の香りはセラフィナの鼻をくすぐった。
彼女は早くも肉を平らげていた。アスイェは興味なさそうにワインを口にしていた。
「食べないの?」
「もう食べた。お前が食べていい」
「そうなの?」と小さく呟き、頷いた。
そして綺麗に残りのものを食べ終わって、野菜すら残っていなかった。
食べ終わったら彼女は満足そうに目を細めた。
「ご馳走さまでした!」
「うん」
アスイェは彼女の顔を見て、ワイングラスを軽く揺らし、しばらくして聞いた。
「美味しいか?」
「うん!」
「次は焼き方も教えてやる」
その時だった。
部屋の中に風はないはずなのに、ろうそくの火が揺れた。
セラフィナには、一つの影が見えた。
それはアスイェの影のはずだったが、影がひとりでに動いたように見えた。
「……アスイェ……」
「うん?」
「本当に食べないの?」
「腹が減ってない」
影は一瞬で元に戻って、床へと沈み、アスイェの背後へ戻った。
ろうそくの火も揺れなくなり、まるで、今見たものがただの勘違いだったかのように
「……今夜眠れないかも……」
「もう朝だ」
セラフィナは足を揺らし、何も言えなかった。
ただ、その影から感じたものは、恐怖だけではなく――何か別のものだった。




