第三十三話:少女と炎
朝の庭は静かで、平和だった。
露はまた花びらの上に残っていた。日の光はまたやさしく、芝生を照らしていた。
いつもなら、セラフィナは芝生の上に寝転んでいるのだが、
まるで何かの儀式の前の準備のようだった。
アスイェは手に本を持っていた。
「準備はいいか?目標は一直線だ」
「でも、ここはアスイェの庭でしょう?」
「お前の庭でもある」
「燃やしちゃだめだよ!」
「昨日の夜、一度燃えただろう。気にしていない」
「あ、あれは!」
「燃やしたくないなら、石だけに火をつければいい」
アスイェは石を一直線に並べていて、それが今回のセラフィナの目標だった。
セラフィナは手を挙げて、しばらくそのままだった。
「……今回こそ一直線に燃やしてみせる」
そう言って、彼女の指先から小さな炎が灯った。
「できた!」
興奮した瞬間、その炎はセラフィナの指先から逃げ出すように広がり、芝生の上に焼け跡の線を残した。
それは「直線」と言いがたいものだった。
――それは蛇のように、セラフィナの側からアスイェの前まで燃え広がった。
その「蛇」はもちろん、アスイェの靴に触れる前に消えた。
アスイェはその痕を見て、しばらく何も言えなかったが、セラフィナは彼に聞いた。
「風が吹かなかった?」
「お前の頭の中では吹いていたんだろう」
「どういう意味?」
「かわいいバカって意味だ」
「セラ、真剣にやった!」
「なら、自分のドレスまで燃やさないはずだ」
「燃やしてないもん!」
アスイェはゆっくりと少女の側にしゃがみ、彼女の肩を軽く叩いた。
「よく見ろ」
アスイェが手を軽く上げると、炎は本当に、金色の直線を描いた。
その炎は静かで、柔らかそうに見えるが、熱さも、危うさも纏っていた。
――アスイェが望めば、すべてを美しく燃やせるのだろう。
「アスイェ、火を安定させる魔法も使ったでしょう?」
「……使っていない。お前もやってみろ」
「こう?」
「肩の力を抜け。手を震わせるな。火を灯すんだ。爆発させるんじゃない」
「爆発なんてしてないもん!真剣にやってるだけ!」
アスイェは、この子が一日で上手くなるとは思っていない。
セラフィナが「やりたくない」と言い出す前に、次へ移った。
次は炎を投げることだ。
「会いたくない者の顔を想像して、黙らせるつもりで投げればいい」
「黙らせる?」
「そうだ」
「アスイェを想像していい?」
「……試していい」
火の球は勢いよく飛び出し、低く飛んでいった。草の先っぽは黒くなった。
アスイェはセラフィナを一瞥した。
「違うの!アスイェを想像してない!」
「まだ何も言ってない……」
「手をもう少し高く。肩の力を抜け。お前は炎だ、爆弾じゃない」
「セラは爆弾ならアスイェは?」
「……俺はセラの消火器だ」
セラフィナは耐えきれなくなって、笑った。
「笑い終わったら、もう一度だ」
やがて、セラフィナの火の球は思った通りに飛ぶようになった。
最後に、その火の球は空へ上がり、花火になった。
「やはり爆発したか」
「才能あるでしょう?」
「はいはい。ご褒美をやろう」
「やった!何くれるの?」
「今夜、食事のときに腕を噛んでいい」
体の不調はなく、モヤモヤもない、彼女は久しぶりに、楽しく笑った。




