11 邪神様はボスと戦うようです(2)
横なぎに一閃、放たれた光刃が背中を掠める。
「輝け妖の源、開けルシェムの泉。」
言いながら身を逸らす。左手に火花が散る。
足を滑るように動かしても、闇の中で光が輪を描きながら凄まじい速さでレヴィアを狙った。
突きがレヴィアの袖を裂く。態勢が右に崩れるのを見計らい、素早く昭毅は腕を引き、手首を返し、斬り払う。
「くっ......。」
すんでのところでレヴィアはしゃがみ、地に手をつき、魔法陣を二重に展開する。
「最奥に眠りしその奔流を今!」
昭毅が裏を取る前にレヴィアは飛び上がった。
「嘆きの泉!!」
水柱とともに、はるか上空に飛び上がったレヴィアには槍撃は当たらない。
昭毅はやれやれと嘆息し、槍の底を地面に突き刺した。
「上から狙うつもりですか。」
彼は背中に-どうみても何もないその空間に-手を突っ込むと、空気に波紋が生まれ、彼の手は手首から先が消える。
そしてしばらくかき回すように手を回すと、そこから大鷲の羽のような装飾の付いた蒼緑の弓と、壺のついた矢の入った矢立てを引っ張り出した。
「それでは魅せるとしましょう。」
そうして、降り注ぐ水の凶器を見ながら、満足気に笑った。
「四滅の炎」
彼は瞬時に矢を引く。つがえてから一瞬で水弾を狙い、こよる指を緩めた。
矢はふるふると鳴きながら、時間を止めたかのように正確に水弾を捉え、爆炎に包まれた。
さらに続けて昭毅は矢を放ち続ける。
自分の近くに飛ぶもの全てを、撃ち落としていく。
昭毅は矢を取り出した。
撃ち落とすつもりだろう。ここで決められなければ勝機はない、レヴィアはそう思った。
水刃を連発した。
掌に展開された簡素だが緻密な魔法陣が何度も青く光った。
落ちるたびに「嘆きの泉を撃ち続けて、左手は痺れてくる。
動きは衰えた。あいつなら狙えるはずだ。
完全に負けている。
それは、結構な気持ち悪さをもって、レヴィアの胸の奥底に触った。
口の奥で、苦味がする。乾いて、それがいっそう強くなる。
「なら、こいつを受けろ。」
レヴィアは両手を重ね合わせて魔法陣を二重に敷いた。落ちながら詠唱する。
「輝け妖の源、開けルシェムの泉。最奥に眠りしその奔流を今、解き放たん。」
飛び上がろうと見せて足を振る。昭毅の爆弾矢がレヴィアを狙い、迫った。レヴィアは身を捩って避ける。衣服が擦れたのみだった。
そして身を翻した彼女の掌から、莫大な水が出る。
「嘆きの泉!!」
それは、まさに爆流であった。
レヴィアが開いた掌をそのまま大きくしたようにな形で、白い飛沫が指を拡げて昭毅を呑み込んでいく。
昭毅は、光の刃を手に取った。
そしてくるりと回し、腰のあたりで構え、踏み込んでから真上に振り上げた。
水の柱が、轟々(ごうごう)と音を立てて彼を包む。
光の刃をもってしても、容易には切り裂けはしない。押しつぶすようにして、砂の大地が窪んだ。
「捻り伏せる。」
レヴィアは水の勢いを強めた。
ガラスが割れるような、高く細い音がした。
水の内側が強く、黄色味を帯びて光った。
輝きが強くなり、轟音の質が変わり、音が浅く、高くなる。
レヴィアは身を翻し、後ろに跳んだ。
水を割いて、昭毅が飛び出した。
「惜しかったです。あと少しで頭を割れたのですけれど。」
昭毅は水の残った槍を振って左手を広げてみせる。長い髪が水に濡れて艶やかに光った。その時であった。
「ほぅ。」
一瞬光が止んだ。槍の先端がくたびれて、薄く点滅し、火花を散らす。
レヴィアが水弾を飛ばし、昭毅がそれを斬ると、光は消えた。刃先が曲がっていた。
「使い物にならなくなってしまいましたね。」
レヴィアは身構えつつ、丁重な語り口を崩さない昭毅に提案する。
「休戦でもいいんじゃねえか?」
昭毅は、武器を腰に収めると、首を捻り、少し考えるふりをしてから「そうですね。」と口にした。
そして、レヴィアに歩み寄る。
「では、ここは握手で。」
「仕方ねえな。」
レヴィアが右手を出す。
それを見て、昭毅も右手を出して応えた。お互いの手が重なる。
「では、これで一旦終わりということに致しましょう。」
昭毅がサイトウのやるような笑顔を見せつける。その時、
後ろから、なにか飛んできた。
レヴィアは反射的に身を引いた。黒い斬動がレヴィアの首元を薙いだ。
握る直前に昭毅は背後に素早く真逆の手を回していた。そしてその刃を抜き放ったのだ。
レヴィアは身を落とし、両手に魔法陣を展開。昭毅の背中から剥いた牙を牽制する。
「私にはまだ負けられない理由があるのです。あなたに遅れを取ったとあれば、帰ることは許されない。」
昭毅は背中からまた新たな武器を取り出して、構える。臓物の肉詰めを中途半端に作ったような形状の紫色の刃物の表面は呼吸をしているように蒸気を吹き上げ、脈動し、「ぬちゃ」と音がして粘性の高い液体が先端から溢れてくる。
「待望のご対面だな。」
馬車の中で不謹慎にも昭毅が女性陣に見せつけた、見た目では噴飯受け合いの布地に包まれて縛ってあった武器である。
「あたしはそれ、まともに触りたくないな。気持ち悪い。」
「さっき死んでいれば、捕食槍に触れずに済んだんですがね。」
昭毅は下からすくいあげるように槍を振るった。
レヴィアが石ころを蹴って後ろに飛ぶと、槍の先端が生きているように「口を開け」、レヴィアの足の先に向かって舌のようなものを伸ばして絡めとった。
「んぐぐ......。」
「嵌まりましたね。」
昭毅はレヴィアを引きずり倒し、左手前に引き寄せた。
「食らうか。」
レヴィアが水刃を飛ばす。しかし、その前に凄まじい力の「舌」に、もう一度足を引きずられ、体勢を崩したレヴィアの弾は外れた。
「その言葉、返させていただきます。」
昭毅は持ち手を返し、右にレヴィアを倒す。凄まじい力で持ち上がる足に引っ張られ、身体が捻れるように浮いて、背中から落とされる。砂煙が上がった。
「ぐふっ......。」
レヴィアは咳込む。背中に負った打撃が、全身を鞭で引っ叩いたように効いてくる。レヴィアはふらつきつつ立ち上がる。
「まだです。」
昭毅はそのまま、捕食槍をかつぎあげ、背負い投げの要領で、レヴィアを地面に再び叩きつけた。
痛みが増幅する。
さらに、染み出してくる謎の液体が、彼女の動きを制限する。
昭毅は愛玩動物にするように、指の先端でくすぐるように槍を撫でる。すると、槍は「鳴き」、レヴィアは、槍の先端に開いた「口」に向かって引きずられていく。
「やっぱり、気持ち悪い!」
レヴィアはこの「舌」を切らんと魔法を飛ばした。水飛沫があがり、ぐねぐねとのたうちまわるように動いた。
そして、レヴィアはそれが拘束が緩んだ隙に足を抜いた。すぐに魔法を撃ってしま......
胸元に鋭い衝撃があった。あらぬ方向に弾が逸れた。
「無駄ですよ。」
昭毅が飾り羽のついた弓を構えている。
レヴィアは身体を震わせた。
胸元がとても熱い。スープのパイ包みみたいに、天井が壊れた胸元は、重さがないはずなのに、とても重たい。
昭毅が、再び矢を放った。
膝が、肩が、全て射抜かれた。
その瞬間から、足も、手も、重たい荷物に変貌した。全く動かなかった。
槍が、再び口を開けた。
もごもごとしていたものが勢いよく開き、レヴィアに牙をむいて襲いかかった。
捕食槍は顎を反り返るほど開き、黒い牙を突き立て、腹に食いついた。貪り食うように何度も「口」を激しく開閉させる。
血飛沫が舞った。昭毅は見下すように、冷たい視線を送った。
何だよ。死ぬのかよ。
別にこの身体が尽きても、他に新しいのを作ればいいはずだ。そのはずなのに、何故か知らないけれども、このまま死んではいけない気がして、レヴィアは拳を握った。
かつては無気力だった。どうでもよかった。
気がつけばぼうっとして砂漠に立っていて、なんとなく自分が邪神で、異世界に蔓延る不正を潰せと言われたことだけは覚えていた。
流れで乗った車。流れで知り合った人。
自分のせいで不運になる人々。
特にそれを見ても何ともなかったが。
でも何かしらの感情が出た。「愛着」だろうか。
らしくない。
レヴィアは笑った。
非合理極まりない。そんなものに捉われてるうちは、世界の「代行者」にはなれない。
「だがここで死にやがったら、お前、仕事しなかったことになるぜ。」
わかっている。だから。
あたしは、今このクソみたいなパズルに取り組んでる最中なんだ。




