12 邪神様はボスと戦うようです(3)
風が砂塵を巻き上げる。砂は青星の下で渦を巻いて、光を隠す。巨岩の上から礫が転がり、地面に大きく穴を開けて落ちた。入り口を塞いだその岩を、熱線が粉砕した。
轟音を持って挨拶と捉えたか、奥で佇んでいた男は一言、
「来たか。」といった。
「わざわざ、この場所に呼ぶなんてね。趣味が悪いなあ。僕にとってはトラウマなのにさ。ねえ。ビアジュレイ。」
サイトウに呼ばれて、黒いローブの男は振り向いた。襟元についた玉飾りがじゃらじゃらと鳴った。
「いや、君にとっては良いだろう。過去との決別になる。」
「それは、僕がいつまでも大人気なく愚図ってるって言いたいのかい?」
男は石に腰掛け、ずれていたフードの端を押し上げ、被り直した。
「そのような悪意のある言い方はしない。お前じゃないからな。ただ......」
フードの下から目を覗かせて、男は
「いつまでも過去に執着するべきではない、と言ったんだ。」
サイトウは、帽子を脱いで、息を吐く。
「確かに、君の言う通りかもしれないね。僕は、未だにあのことを忘れられない。思い出したくもないが、貴重な記憶だ。忘れたくない。」
サイトウは、巨岩の一つに手を当てる。砂に覆われた赤みがかっている岩の傍らに、黒い影を落とす染みが残っていた。そこには、まだ新しいフロルの花が添えられていた。
「君にとっても、そうなんじゃないか?妹だっただろう。」
「確かにな。」
ビアジュレイは夜空を仰いだ。
「まだ、忘れられてはいない。」
振り返り、彼はサイトウに問う。
「お前は、『帝国』に入る気はないのか?」
サイトウは、腕を組み、ビアジュレイを見つめて強い口調で言った。
「ないね。」
「そうか。正直『帝国』の評判は散々だ。君が入ろうと思えないのも無理はない。しかも君には事情があるのだろう。」
「そうだ。詳しくは言えないのが残念だけど。」
「だが、これからは『転世者』が『転世者』自身のために生きる時代だ。原生人に搾取される時代は終わりを告げる。『帝国』によってな。」
「だから、僕の力が必要になる、と?」
ビアジュレイは頷いた。
「君には人望がある。偉大な功績もある。今の『帝国』が持っていないものだ。そのような人物が、帝国を支持したと言う事実は、大きい。」
「だが、危険もある。僕に対する信用が失われる。僕は今の暮らしで十分だ。もう無理に動くことも、家族を危険に晒すこともしたくない。」
「ならば頼む。これは俺のできるたった一つの君を救う道なんだ。『帝国』は、原生人の王になびく君のような人間を生かしてはおかないだろう。だから。」
フードを脱ぎ、ビアジュレイはサイトウの手を握る。
「頼む。俺と共に帝国に来てくれないか。もうこれ以上、親友を失うのは耐えがたい。」
サイトウは、羽飾りの付いた白いとんがり帽子を深く被り直した。
「断る。」
ビアジュレイの手が震えた。
「何故だッ!!」
「君が、『帝国五将』のうちに数えられていることは知っている。十分立派な仕事をしているんじゃないか。僕の立場は真逆だし、君の理想には僕は不要だ。殺すなり、なんなりすれば良い。だけど、僕は死ぬわけにはいかないからね。抵抗させてもらうよ。」
ビアジュレイは口の端から笑いを漏らす。
「そうか。そうだよな。」
「あの夜、君と俺が互いに何を思っていたかは、分からなかったが、俺は今になって気づいた。そもそも、見方が違ったんだな。」
歯がみする思いで、彼は髪を掻いた。
「まあいい。君を本陣から誘い出すことには成功した。今はもう、帝国軍が工作を成功させているだろう。」
「君は、いつからそんなに冷淡になったんだ。」
「あの一件から、かもしれないな。」
両者は、無言で剣を抜いた。
「外に出ようか。彼女を起こしてしまう。」
ビアジュレイが洞穴の外に向かい、手招きをした。それはかつて、冒険者であった頃の風景と重なって輝かしい、延寿色の懐かしさを帯びて見えた。サイトウは、翡翠のお守りを握りしめた。
砂塵が舞う。お互いが、お互いを向き合った。
合図をするまでもなく、息を吸う間に剣は激突する-
-凄まじい戦いが始まった。
雷霆が、地上を駆けた。颶風がうねり、衝突する。あたりの空気が歪み、衝撃であたりの砂が竜巻のように吹き飛んだ。
サイトウは左からの斬撃を受け流し、弾くようにして手首を切り替え、踏み込んだ。ビアジュレイは半身に切り替えて、力を逃がし、押し上げるようにそれを打ち返す。
風がサイトウの身体を空に煽った。
「吹き荒れよ暴風。必滅の一撃をここに下さん、旋風裂!」
納刀してからの横方向への高速の一太刀が、サイトウの胴を凪いだ。サイトウが切り結ぶと、続けざまに烈風が吹き、彼の態勢を崩す。
「でやぁっ!」
切り上げ、そしてサイトウが押さえ込むのを見越して身体を引き、風のように鋭く剣を落とす。
この剣を一度でもまともに受ければ、傷口が紙切れのように裂けていく。
サイトウは打ち合いの中、汗を握った。
上段を打ち返し、ビアジュレイを跳ね飛ばした時に彼は思い出した。
(まずい)
自分の周囲の風を操る魔法剣の使い手である彼は、普通の剣士とは違う。剣の周りだけという条件はあるが、足場のないところでも事実上足場を作ることができるのである。
ビアジュレイはサイトウの頭上を飛んで瞬時に背後に回り、中段で後ろに振りかぶる。
服が押し付けられるようにして暴風が吹く。真空波が、振り向きざまに片手で受けたサイトウを襲う。
空を切った刃の先で、衣服がすぱりと切れた。
そして、切り傷ができたところにすかさず追い風で加速した剣が迫る。
負傷で体幹を崩したサイトウは両手からの全力の一撃をまともに耐えられるはずもなく、吹き飛ばされ、受け身を取って構えたところに二太刀目が彼の眼前に迫った。
甲高い衝突音がして、鍔越しに腕を破るほどの衝撃が走る。サイトウが力を逃がし、右半身に切り替え、刃に電撃を纏わせる。詠唱をする間もなく、右から烈風の刃が襲う。
上段に弾き飛ばす。
剣が抜けて左半身に隙が生まれる。
サイトウはそこに切りつけようと、手首を回す。
しかし、
ビアジュレイの剣は、サイトウの剣の刃をすり抜けて、サイトウの帽子に立派な切り込みを入れ、身体を裂いた。
『影抜き』である。
「ぐっ......。」
痛みに苦悶し、サイトウの動きが鈍る。
できた傷口はさらに深く、風の力によって裂けていく。
さらに続けざまに、横からの一太刀が加わる。
「俺は君を殺したくはなかった!」
刃が、腹を抉った。
サイトウは、跳び退いて距離を取る。
回復しようと術式を組んだ。
ビアジュレイは右足を踏み込み、跳んだ。そしてサイトウの頭上に迫った。
サイトウは上段で構え、受けた。ビアジュレイは弾いたのち横に振り抜いたサイトウの剣を身体を落として避け、そして逆から斬りつける。
その後4度の剣戟ののち、
サイトウは苦悶の声を出して、血を吐いた。
裏から、ビアジュレイが刺したのである。
ビアジュレイは手首を回し、切り抜きながら刃を抜いた。
「甘い。鈍ってるな。覚悟が違ったんだ。お前は逃げただけだ。俺はあの後さらに研鑽を積んだ。何もせず、向きあわなかったことはなかった。」
背を向けて語るビアジュレイの後ろに、何かがゆっくりと立ち上がった。そして、肩を叩き、手を振った。ビアジュレイは驚いて飛び退いた。
「語る暇があったら、回復しちゃうよ?」
目を見開いて、ビアジュレイは呆然としていた。
「お前......。」
「回復魔法、使えなかったろう?」
サイトウは自慢げに鼻を擦った。
「あの後、僕もいろいろあってね。結構頑張ったんだよ?おかげで自分だけなら、自由に治癒できる。」
あれほどしっかり斬りつけた傷痕が、全く残っていない。詠唱をした形跡もない。
真っ二つにした服には血痕のみが残っていて、少し黄色みがかった肌がのぞいている。
ビアジュレイは目の前の光景を信じられなかった。『帝国』えり抜きの回復術師でもこんなことができる者はそういない。
なおのこと、惜しい。
彼だけは引き抜かなければならない。
ビアジュレイは決意した。身体の底から、背中を伝って何かが這い上がってくるような高揚感を抱いた。
彼は手首を震わせた。握る柄に力がこもる。
ビアジュレイのローブの端を引っ張って、風が強く吹き抜けた。
「じゃあ、始めようか。」
どこまで君ができるのか、見極めなければ。
再び、剣士は刃を抜いた。
「吹き荒れよ、暴風。」




