10 邪神様はボスと戦うようです。
さあ、ついに邪神レヴィアちゃん2回目の戦闘です。
相手はまさかの......?
今回は少し長めのシーンです。こだわって書いているのでちょっと時間がかかります。
「よう。」
レヴィアは怯える兵士に声をかけた。当然、彼は腰の引けた様子で口を何度も開閉しながら、ひいひい言っている。
「お前、何があったのか知らねえか?」
兵士は、裏返った声で叫ぶ。
「知らねえよぉ!」
そうして前のめりになりながら立ち上がり、砂に顔を擦り付けそうになりながら走っていく。
「だから来るな、近寄るんじゃねえ!!」
レヴィアは、後ろで布が燃え盛る中で首を傾げた。
(何だってこんなに怯えてるんだ?)
レヴィアは自分の手足を見て、納得した。
妖魔と見紛うのも無理はない。人形に化ける人魔と呼ばれるものもいるらしい。疑心暗鬼になって当然だろう。
しかし、兵士がこんな体たらくでは砂漠越えがどうしてできたのかわからない。
流石に無能すぎるだろう。
それとも運が悪いのか、なんなのか。
レヴィアがそう思っていたとき、兵士は顔面を蒼白にして走りながら角を戻ってきて、レヴィアに近づいて膝を折った。
「助けてくれっ!」
「何だってんだ、今度はよ。幼女に泣きつくとはみっともねえなあ。」
「奴が来る!」
天幕の陰に、筋肉質の身体を持つ獣が映った。
頭をもたげて、その青白い目がレヴィアを捉えた。
「おおお。」
獣は特に何も吠える事なく、脚に力を込めると天高く飛び上がり、大顎を開けて、突然レヴィアの目の前に爪を降らせた。
砂が巻き上がる。
ザン、と音が鳴った。
「仕方ねえ。」
続けざまに、左の前脚がレヴィアの顔を狙う。
「ここで死なれたら寝覚めが悪いからよっ。」
レヴィアは兵士を跳ね飛ばし、右手の鱗で爪を思いっきり弾いた。予想外の重量感に、獣の息が乱れた。
「ボサッとすんな!」
レヴィアは左手で反対方向を指すと、魔獣と相対する。兵士はまた一目散に駆け出していった。
獣が吠える。すぐさま方向を転じて砂に飛び込んだ。その背後に両の爪が一閃、抱き抱えるようにレヴィアのいた空間を裂いた。
レヴィアは飛び退って、歩幅を整えながら右手に魔力を練る。
それを見るや、獣は忌々しそうに身体を震わせ、後ろ脚を蹴り出し、瞬間に飛び出した。
爪を剥き、巨大な口を開けて突進する獣を前に、レヴィアは口角を上げて、手を大地につけた。
「残念でした。ウォーターボルト!」
投石機に乗せたようにレヴィアの身体は宙に浮き、呆気にとられて虚空を見上げるその獣の眉間を、レヴィアは撃ち抜いた。
着地すると同時に、魔獣は息絶えた。後ろを振り返っても、ぐるるとも言わなくなった。
「あいつ、一体何やってんだ。」
レヴィアは例の白服のにやけ面をした男の顔を思い浮かべて拳を握った。
燃え上がる天幕に、被せるように水を撃ち込んだ。湯気が上がってまたたくまに火は消滅する。水は黒く澱んで使えなくなった。水をまた無駄に使ってしまった。
なんだか、無性に腹が立った。
レヴィアは歩き回りながら、夜空に向かって愚痴をこぼす。
召喚されたのに街の中とかじゃなく砂漠の中に放り出されて何も指示を与えられず、わけのわからない展開に引っ張り回されて、挙句今混乱だらけのここにいる。
神様方は何も説明をよこさない。どうなっているのだろうか。
とか。
唸り声を上げて魔獣が襲いかかってきた。
右足に力を込めると、身体を捻って殴り返し、水弾を撃って砂塵に沈めた。
魔獣は静かになった。
パラメータは見えないし、増えない。そんな都合のいいことあるかよ。もとからこんなもんだ。
焦げた匂いがうるさく鼻にまとわりついてくる。片方の袖で鼻と口を押さえて、吸わないようにしていてもそれを貫通して匂いが入ってくる。
レヴィアは小走りで煙を払い退けつつ、サイトウの天幕に急いだ。
道中、目の前を塞ぐ者が兵士ならはね退け、魔物なら押し通り、その罵詈雑言や断末魔の一片たりとも聞くことはなく、一度も立ち止まらずに水をかけ続け、炎に包まれる陣中からついにレヴィアはサイトウの天幕を見つけ出した。
レヴィアは全身についた燃えさしを払い、煤をはたき落とし、巻き上げて咳き込む。
「くせえ。」
袖口に肉のこげる匂いが染み付いていた。レヴィアは、鼻の空気を抜いてから、天幕に踏み入る。
「サイトウ。お前本当に何してんだ。」
レヴィアは垂らしを苛立ち紛れに破り捨てる。
しかし、中には何も残っていなかった。
「おい。」
返事はない。
黒い砂塵が残っている。
レヴィアはそれを手に取り、吹いてみる。
案の定、吹けば飛ぶ。背後から差し込む月光に照らされて、それは綺麗に光った。
「灰か。」
レヴィアはうなづいた。そして、拳を握って背中に力を込め、背後を振り返る。
月光が陰った。
「ご明察。」
砂煙の中に、あの男が立っていた。
「お前、遅いんだよ。燃えちまったじゃねえか。」
「そうですか。それはなによりです。」
聞き覚えのある声が、聞き慣れない言葉を紡ぐ。
レヴィアは理解できないまま、そこに立ち尽くした。
「はあ?」
光輝の刃が、哭いた。
一瞬で詰まったレヴィアは、投地して攻撃をいなしたものの、地を這うように繰り出された蹴りに叩きのめされる。
「ぐっ。」
「我々の敵は、早めに駆除しておかなくては。」
男は、獲物を構え直し、瞬時に左右から打ち込む。その刃から身体を引き、逃げながらレヴィアは魔力を練った。
「遅いですよ。」
槍の裏側が首元に飛び、レヴィアは息を殺された。
「くそ。」
上段から脳天に向かって光る刃が振り下ろされる。レヴィアは咄嗟に身体を捻った。
何かが、ほどけるように切れた。
転がり、壁に手をかけて起き上がろうと背を触った。床まで届く髪が、肩の下のところでなくなっていた。
レヴィアは身体を起こし、前を向く。
焦る少女を嬉々として見つめる男の顔がそこにあった。
「あなたは、死ななければいけません。」
美青年は刃を片手に詰め寄りながらカメラ映えしそうなほどに透き通った笑顔で言った。
「何故だ。あたしは特に何もしてないだろうが。」
「好奇心の強いあなたのことだ。隠し立てしたところで、勘付いてじきに真実に辿り着いてしまうでしょう。それなら私はあなたを早急に排除する必要がある。今が好機だと思いまして。」
「そうか。そりゃあ、お互いにな。」
レヴィアは含み笑いを浮かべる。
「あんたがここに来てくれたおかげで、あたしは遠慮なくあんたをぶちのめせるってわけだ。」
昭毅も、その様子を見て口元に手をもっていくと、うなづいた。
「そうですね。確かにその通りです。」
昭毅は光の槍を左手に持ち替える。
レヴィアが身構えるのを見て、ひと呼吸おくと、
「しかし、それを実現する力があなたにはありますか。」
そう言って光の槍を地面にぐりぐりと押し当てた。
砂の塊が、一瞬ですり鉢状になったと思えば、四角錐の穴が空き、地面を掘り下げた。
天幕が、ぐらりと揺れる。
「このように、これに当たったものは全て無に帰すのですよ。ここにある灰は全て、私がやったものです。」
レヴィアはその様子を見て鼻を鳴らした。
「やけに親切に教えてくれるんだな。舐めプで瞬殺してやるぜってか?随分思い上がられたもんだな。」
「いえ。そういったつもりはありません。」
昭毅は、メイン武器の光刃をくるくると指で回してみせる。
「ただし、あなたを倒せるという、十分な確証がございますので。」
そう言ってじりじりと彼女との距離を詰める。
レヴィアは指を開き、胸の前で構えて警戒した。目線をずらせばきっと確実に仕留めにくる。一瞬たりとも無駄な時間を産むわけにはいかない。その時こそ閃刃の好機。瞬きすらも堪えた静寂と緊張が走った。
こういう場合は、早い者が勝つ。純粋に力量が互角であるとはいえないが、身体能力と合わせて考えれば、だいたい同じくらいにはなるだろう。
ならば、決めてしまうべきだ。
レヴィアが魔法陣を展開する。そこから溢れる光を合図に左手から刃が迫る。
突きがレヴィアの右手をかすめ、火花が舞った。しかし、彼女の身体は槍を弾くようにして間合いの中に潜り込み、裏を使った攻撃をもかい潜り、昭毅に向かって水弾を放つ。
「無駄です。」
昭毅は胸を右腕で覆い、身体を逸らす。。すると水しぶきが飛び、水弾の軌道があらぬ方向にそれた。そしてそのままの勢いを保ったレヴィアは昭毅の左足にすくわれた。
「まずい。」
左手から右手に、槍が持ち変わる。
そのまま首筋に、刃が落ちてくる。
「疾れ水刃」
レヴィアは瞬間的に詠唱をした。そして、水は落ちる光を受け止め、競り合うほどに迸った。
「なっ......?」
これに驚いたのは昭毅である。
「万物を断つ刃が、どうして。」
「さあな。」
レヴィアは抜け出したのち、詠唱を続ける。
「迸れ。流水鞭」
波打つ水流が鞭のようにしなり、青年を押し出し続ける。
激流が流れている影響で、天幕は完全に破れ、骨組みのみとなった。黒く濁った水が昭毅の足を奪いつつ、襲い続けた。
「......っ。」
しかし。
微妙に、レヴィアの力が弱まった。
ここは砂漠である。新しい水を得るのが困難なこの土地で水を撒きすぎた。長期戦に持ち込むことはやはりできない。
レヴィアは額を拭う。
攻撃の手が少し緩まったことを察した昭毅は攻めに転じた。その刃を振り、水を切り裂き、潜り抜けながらレヴィアに近づいていく。
「こんなものでは遊びにしかなりませんよ。」
しっかり煽り文句も添えて。
レヴィアは放出した水を再び取り込んだ。
大爆流がレヴィアに集中する。
「それはどうかな、っと。」
レヴィアは掌の魔法陣で水を吸い取りながら、光刃を避ける。空を裂く音がして、縦に光の糸が紡がれる。身体を動かせば目にも止まらぬ勢いで追撃が来る。二撃目は太腿、その次は横腹に。
ひとつひとつ下がりながら避ける。
「逃げていては何も解決しませんよ?」
レヴィアは奥歯を噛みしめた。
「わかってんだよ。」
レヴィアはその言葉を反芻した。わかっている。この間合いに迫られては自分にとって不利であることも、このままでは確実に仕留められることも。
相手は確殺の武器を持っている。それを破壊できればいいが、全くもって隙がない。
せめて短剣なんかを持っていればよいのだが、ここにないものを探しても仕方ない。
レヴィアは地面に手をついた。




