109 ドラゴンさん、現実を受け止める
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トントロを抱き上げる。
「トントロ! ねえ、トントロ!」
「お兄ちゃん! お兄ちゃん、返事してよ! お兄ちゃんっ!」
僕とピートロが呼んでもだまったままだ。
ピクリとも動かない。
持ち上げた体はびっくりするぐらい冷たい。
つかれて寝ている。
きっとそうだ。
それか……そう。
この刺さった剣と槍。
これが痛くてしゃべれないのかもしれない。
「今、抜いてあげるからね」
「レオン、待って下さい。そのまま抜いては出血が増えてしまいます。ピートロ、霊薬を下さい。一番いいやつを」
シアンが止めてくれた。
血。
そうだ。
生き物は血が減りすぎると死んでしまう。
トントロはもうたくさんの血を流している。
気を付けないと。
「こ、これ! これを、どうしよう? どうすれば?」
ピートロがポーチからビンを出した。
手がふるえていて、霊薬をどうすればいいのかもわからなくなってしまっている。
そんなピートロの手をシアンはにぎって、それからビンを受け取った。
「レオン、ゆっくり剣を抜いてください。わたしが傷口に霊薬をかけます」
僕はシアンに言われるまま動く。
おなかに刺さっていた剣。
右足に刺さっていた槍。
左足にうまっていた大剣。
ひとつずつ、これ以上トントロの傷口を広げてしまわないように気を付けて。
七本。
それがトントロの小さな体に刺さっていたなんて信じられない。
まわりの動く死体。
こいつらがトントロを傷つけたと思うと頭の中がぐつぐつしてくる。
でも、もうこいつらは終わっていて、そんな事よりもトントロの方が大事だ。
「シアン。トントロは?」
体に刺さっていた武器が抜かれてトントロは目を覚まさなかった。
傷口からはあまり血が出なかった。
血が出ないのはいい事、のはずなのに。
どうしてだろう、いやな感じしかしない。
なんだろう?
僕は、これを知っているような気がする。
でも、これは思い出しちゃいけない。
「――っ、傷は、霊薬で塞がります。ノクト、ノクト! 包帯を、包帯を下さい。ピートロはこの包帯を使って下さい」
シアンは何度もつまりながらやる事を教えてくれる。
ちょっと離れた所でうつむいていたノクトを呼んで、ふるえたままのピートロに包帯を渡して、自分は傷口に霊薬をかけていく。
でも、その顔はとても悲しそうで、つらそうで、苦しそうだ。
「シアン?」
「レオンはっ、レオンは生命力を、分けてあげてください。加減なんていりませんからっ。もう、全力で、いいですから。そうしたら、レオンなら、レオンなら!」
最後はさけんで。
霊薬をかけるのもやめてしまって、僕の胸にしがみついてくる。
シアンはどうしたんだろう?
ノクトは包帯を出した後はトントロの頭の近くに座ったままだし。
ピートロも包帯をまく手が止まってしまっている。
そうか。
もう霊薬は必要がなくて、僕の生命力がいるんだね。
それなら任せてほしい。
今の僕ならどんなに生命力を分けてあげてもへいきだ。
きっとトントロだってすぐ元気になる。
「トントロ、ほら、受け取って」
息と翼でマナを集めて、ありったけの生命力をトントロに送る。
抱き上げたトントロの体。
その中をたくさんの生命力が流れて、流れて、流れて……どこかに消えてしまった。
トントロは目を覚まさない。
「あれ?」
足りなかったのかな。
今度は六本の剣も広げて、生命力と魔力を集めて、ぎゅっと固めて、痛いのがなくなるようにお願いして、それから送る。
トントロの体が光って、霊薬で消えきらなかった傷が治って、血とか泥の汚れもきれいになった。
でも、トントロは目を覚まさない。
生命力も魔力も。
スッとすりぬけていく。
送ったそれを受け取るものがないみたいに。
ずっと、ずっと、生命力を送っているけど、トントロは目を覚まさない。
「ねえ、シアン。変だよ。トントロが起きない」
いつも僕にいろんな事を教えてくれるシアン。
そんな彼女が震えだした。
寒いのかなって肩を抱きしめたら、もっと震えて、ぽたぽたと雪に水のしずくが落ち始めて、うなっている。
「おにいちゃん、おにいちゃああああん、ぁぁあ、ああああああああぁぁん!」
ピートロが眠ったままのトントロに抱きつく。
泣いて、泣いて、泣いて。
聞いているだけで胸が痛くなってくる。
「ピートロ。どうして泣いてるの? トントロは寝ているだけだよ。今はちょっと疲れているみたいだけど……」
僕が生命力をあげているんだから。
すぐに良くなって、元気になって、いつもみたいに僕の事を『アニキ』って呼んでくれるに決まっている。
なのに、生命力は少しもトントロの中にいてくれない。
どうして、こんないじわるな事になるんだろう。
ちょっと腹が立ってきた。
生命力が足りないの?
それならもっと、もっと、もっと。
このダンジョンのマナをすべて吸い上げてでも――。
『レオン、やめなさい。そんな事をしてもトントロの体を傷つけるだけよ』
ノクトに止められた。
静かで、でも、冷たくはない、おだやかな目。
それが今は僕をきびしく見つめている。
「ノクト?」
『もうあなたもわかっているのでしょ?』
何が?
何がわかっているって?
そうだね。
うん。
知っている。
僕は知っている。
こんな感じを昔にもしていたのを思い出した。
思い出したくないけど、思い出してしまった。
『あの人』がいなくなった時。
あの時もこんな感じがしていた。
何を、どうしても、もう戻らない。
だから、僕が知っているそれにそっくりだったとしても、トントロは、トントロだけはちがうって信じたいのに!
でも、ノクトははっきり言った。
『トントロはもう死んでいるわ』
しんと音がどこかにいってしまった。
まるで世界が閉じてしまったみたいだ。
自分が自分じゃないみたいで、なにもかもが遠くの事みたいで、僕がからっぽになってしまったみたいで。
いやなのに、見たくも聞きたくもないのに、僕ははっきりと感じてしまう。
冷たくなったトントロ。
その心臓が動いていない、と。
そんな現実がそろりと僕の中に入り込んできた。
『あたしたちが逃げた扉を守っていたのね。大人しく自分を守っていれば生き残れたかもしれないのに。そうよ。そもそもアルトなんて見捨てておけばよかったのよ。いいじゃない。義理なんてないんだから。罪悪感なんてあたしがいくらでも理屈をこねて誤魔化してあげたのにおバカ。本当に、おバカ、なんだから……』
てしんと、ノクトが雪をしっぽで叩いた。
『いいえ、違うわ。本当に愚かなのはあたしよ。あたしがちゃんと止めておけばよかったのよね……』
ごめんなさい、トントロ。
ありがとう。あたしたちを守ってくれて。
本当に小さな声でノクトがつぶやいた。
今まで聞いた事がないぐらい弱々しい声だった。
「そっか……」
ノクトはいつも正解を教えてくれる。
だから、トントロがもう死んでしまったというのは本当なんだろう。
うん。
わかった。
それは、わかった。
いやだけど、わかった。
「でも」
僕は翼を広げる。
六本の剣を並べる。
それから、ちゃんと見る。
今まで見なかったもっともっと奥の奥まで。
「レオン……?」
『あなた』
「アニキ、様?」
呼ばれても、今は知らない。
絶対に認めない。
絶対に許さない。
現実?
そんなのどうでもいい。
僕のジャマをするなら倒すだけだ。
だから、僕は。
「トントロを助けるんだ!」




