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ドラゴンさんのセカンドライフ  作者: いくさや
第三章 衣食住を整えるドラゴン
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挿話 トントロの誓い

 挿話


 トントロの戦いはとてもシンプルだ。

 常人を遥かに上回る生命力で体を強化し、負傷を治し、愚直に戦い続ける。


 頭を使うのは得意ではない。

 魔導装備の制作においても理論よりも本能と経験。

 感じるまま、思うままに動く。

 だからこそ、絶望的な状況でも諦める事なく戦い続けていられる。


「くらうっす!」


 蹄を振るう。

 目の前にいた動く死体リビングデッドの剣を砕き、そのまま持ち主の胸を打ち砕き、吹き飛ばした。


 その間に左右と後ろから刃が迫る。

 死者の刃に技はない。

 僅かな生命力と魔力だけが乗っているだけ。

 強化されたトントロの守りを貫ける程ではない。


 しかし、それがただの武器であれば、だ。


「あ――くぅっ!」


 トントロの背中に、わき腹に、刃が走って、血が飛び散った。


 魔導装備。

 迷宮都市エルグラドから集めた武器。

 それは死者の魔力を受けても効果を発揮していた。


「――っぅ、いたくなんて、ないっす!」


 それでもトントロは意地を張った。

 蹄を振り回して、次に近い相手を殴りつける。

 足を重くする雪を蹴り飛ばして、飛び掛かる。


 本来、魔導装備の攻撃をいくつも受ければ意地なんて張れるわけもない。

 強化されたトントロの体は確かに傷ついてはいるものの、軽傷の範囲内で留まっているからこそ戦えるのだ。

 痛みを我慢し、反撃できている。

 実際、仲間たちを逃がしてから、彼は二十体もの動く死体リビングデッドを活動不能にしていた。


「あ、ぐ、うぅ……」


 そんな彼の反撃に、反撃がくる。

 左右と背後。

 血が流れ、辺りの雪を染めていく。


 反撃。

 反撃の反撃。

 反撃の反撃の反撃。

 反撃の反撃の反撃の反撃の……。


 この繰り返しだ。


 繰り返すたびに傷は増え、血は流れ、なによりも生命力を消耗していく。

 敵は疲れを知らず、恐怖もない死者。

 勝敗は既に決まり切っていた。


 あるいは、敵の数がもっと少なければ彼一人で戦い抜けただろうか。

 あるいは、ここが雪の部屋でなければ戦い方を変えられただろうか。


 だが、現実は過酷で揺るがない。

 ゆっくりと戦局はトントロを追い込んでいった。


 反撃の回数が減る。

 負傷の頻度が上がる。

 血が流れて体力が削られる。

 動きが遅くなる。

 反撃が更に減る。

 攻撃が苛烈になる。

 傷が段々と深くなる。

 そして、反撃がなくなる。


 倒した動く死体リビングデッドの数が五十体を超えた頃。

 気がつけば、トントロはもう一方的に攻撃されるだけだった。

 体を丸め、腕で頭を庇い、残った生命力を防御と回復に回して、攻撃が終わるのを待つだけになってしまう。


 それでも、トントロは諦めてなんかいなかった。


(ガマンするっす! そうしたら、アニキが来てくれるっす!)


 耐えれば、生き延びれば、彼の主たる兄貴分が来てくれる。

 そうなれば、相手がどんなに強くても関係ない。

 絶対に勝ってくれるのだ。

 その信頼は微塵も揺るがない。

 だからこそ、どれだけ追い込まれても彼の生命力は強かった。


 妹と姉御たちはもうこの部屋にはいない。

 ここで敵を引き付けておけば、自分の役目は――守るという約束は果たせる。

 難しい事を考えるのが苦手な彼だが、なんとなくそれはわかっていた。


「負けないっす。オイラは、負けないっす!」


 だが、そんな彼の思惑はあっさりと崩れた。


 段々と彼への攻撃が弱くなったのだ。

 最初は呑気に自分の生命力が強くなったのかもとか、敵も弱っているとか考えた彼だったが、すぐに違うと気づく。

 何せ見れば誰でもわかる状況だったのだから。


 自分を囲んでいたはずの動く死体リビングデッドが少なくなっていた。


 残る数は約半数の五十体程。

 半減ともなれば当初よりは囲みの密度も減っているだろう。

 それでも尚、体の小さなトントロでは最早、周囲の状況を確認する事もできない人垣だったのだ。

 それがどうした事か、明らかに数が減っている。


 見渡せばトントロを囲んでいるのは五体だけ。

 攻撃が弱くなったのではない。

 守りを固めて動かないトントロから、敵の狙いが別に移ったのだ。


「あ……」


 残りの四十体の動く死体リビングデッドはどこに行ったのか。

 顔を上げるだけですぐに見つかった。

 どこかに向けて進軍する死者の軍団の姿。


 その向かう先。

 それはトントロも覚えのある靴跡の続く場所。

 先程、彼の大切な人たちが走り去った、扉のある方角だった。


 レオン・ディーはいない。

 仲間たちはもうほとんど魔力を残していない。

 それどころか、歩く事さえ難しい程に消耗していた。

 もしも、もしも、動く死体リビングデッドが彼女たちに追いついてしまったら……。


 トントロの体を熱が走り抜けた。

 それは生命力のうねりであり、強い意志だ。


「行かせないっす!」


 トントロは迷わない。

 このまま五体を相手に防御に専念すれば生き残れるとわかっていても。

 それよりも大切なものが、守りたいものが彼にはあった。


 防御も考えずに飛び起き、前に立つ動く死体リビングデッドの一体を殴り飛ばす。

 攻撃を受けた一体はそれだけで砕け散った。


 攻撃力が上がった理由は単純。

 トントロは防御を捨てて、攻撃に生命力を回しただけだ。


 当然、それだけ反撃による負傷は増える。

 事実、囲んでいた残りの四体からの剣を受けて、浅くない傷が刻まれた。

 本当に少しずつだが、治りかけていた傷までも開く。


「オイラが!」


 それでも、彼は止まらなかった。


 追いかけてくる動く死体リビングデッドを無視して走る。

 扉に向かう動く死体リビングデッドの群れに飛び込む。

 目の前にいる敵を打ち据えて、倍以上の反撃を受けて、それでも進み続ける。

 一直線に、自分がいるべき場所を目指して。


 四十体の敵が減る。

 三十体に。

 二十体に。

 十体に。


「オイラが!」


 だが、代償もまた大きい。


 防御を捨てたトントロ。

 その負傷は既に命に届く程に深く、多かった。

 戦うどころか、体が動く事さえ不思議な程。

 雪の中に残る鮮血が何よりも雄弁に語っている。

 今すぐにでも回復しなければ助からない、と。


「オイラが――っ!」


 けれど、ほんの僅かな時間も止まらなかった。


 群れを突き抜け、先頭を超えて、鮮血を雪に刻みながら進み、そして、扉の前に両手を広げて立ちふさがる。


「オイラが守るっす!」


 胸にあるのは言葉だ。


 守るという勝手な誓いにくれた、安心だという言葉。


 それだけで彼には十分だった。


 二匹の子豚の兄妹。

 どうあってもダンジョンの中で死んでいく運命にあった命。

 それを怖いとも、悲しいとも、悔しいとも思う事もなかったはずの自分たち。


 助けてくれた。

 優しくしてくれた。

 そんな温かい気持ちがあるから。


「ここから先には行かせないっす!」


 決意を吼えるトントロ。

 そんな彼に返ってきたのは無数の刃だった。

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