110 ドラゴンさん、現実を打ち壊す
110
トントロを見る。
体は治っている。
霊薬と僕の生命力。
体中のケガを消してくれた。
何も知らなかったら、本当に寝ているだけでだと思うぐらい。
でも、起きない。
息をしていないし、心臓も止まっている。
どうして?
「魂魄」
そう。
魂魄がこわれているから。
だから、マナから生命力を作れない。
どんなに生命力と魔力を送っても、すっとどこかに消えてしまう。
トントロの魂魄はどうなっているの?
じっと見つめていると、ノクトが僕の手に前足をのせてくる。
『ダメよ。トントロの魂魄はほとんど消えかけているわ。こうなってしまったら、もう手の施しようがないの』
ノクトが教えてくれる。
いま、とっても大切な事を教えてくれた。
「ほとんど? じゃあ、ちょっと残っているんだよね?」
『それは、そうでしょうけど……魂魄を癒すなんて不可能よ。それに一度ここまで肉体から乖離したら再定着しないわ。動く死体になるだけ』
むずかしい言葉だ。
でも、考える。
がんばって考える。
「ノクト。それは魂魄を治して、トントロに戻せるなら生き返る、という事ですか?」
『理屈はそうよ。でも、どうやってそれをするの? 肉体と魂魄の繋がりは一度だけ。他に代わる物なんて……この世にはないわ』
シアンがわかりやすく話してくれた。
ノクトもそうだって言っている。
うん。
やる事はわかった。
魂魄を治して、トントロの体にしっかりくっつける。
わかりやすい。
「トントロの魂魄……」
ノクトはほとんど消えかけているって言っていた。
でも、それならまだトントロの中にあるんだ。
それを探す。
しっかりとよく見て、見つめて、見つけ出す。
ああ、見えた。
きれいな赤色の球。
ヒビだらけで、深い割れ目があって、今にも消えてしまいそうなぐらいにうすくなっているけど、たしかにまだここにある。
それだけわかれば十分だ。
マナを集める。
その全てを魔力に転換する。
そして、ドラゴンシャフトに注ぎ込んで、トントロの胸に当てる。
魔力の――ううん。魔法の使い方はもう知っている。
魔導はむずかしくて僕にはうまく使えなかったけど、『峻厳』さんの使っていた魔法なら僕にだってできそうだった。
魔力を集めて、いっぱいお願いするんだ。
しっかりと、どうなってほしいかを思い浮かべて、お願いする。
魔闘法――竜人撃:始光竜『光宿る魂の揺り籠』
魂魄を治す。
想像するのはむずかしくない。
しっかり見えているから、トントロの魂魄の傷ついた部分が治るように考えればいい。
きれいな、まんまるの球。
そうなるように魔力を送り込んだ。
「?」
なんだろう。
僕とトントロの魂魄。
その間にピンと糸みたいなのがつながった感じがする。
『アニキのお役に立つっす』
『ドラゴンシャフト、よろこんでもらえたっす』
『つぎは服を作るっすよ』
『アネゴたちにもおれいするっす』
『ピートロはオイラがいないとダメっすね』
『オイラはアニキの一番のしゃてーっす』
『もっと、もっと、いっぱいアニキと冒険するっす』
『きっとたのしいっす』
『守るっす』
『アニキの大切を、オイラが守るっす』
『アニキがぽかぽかした気持ちになれるように、オイラが』
『オイラが、がんばるっす』
そんな、声が聞こえた。
これはトントロの声だ。
トントロの魂魄に、今もまだ残っている。
きっと、最後の最後に思った心の声だ。
ああ。
うん。
そうだね。
やっぱり、僕はまちがえてなんかない。
トントロが死ぬなんてダメだ。
ドラゴンシャフト。
トントロが僕のために作ってくれた魔導装備。
そこに魔力を流して、魂魄を治していく。
ヒビが消えて、深い割れ目がくっついて、色もまっかに輝き出した。
治す力を止めてしまうとすぐにダメになってしまいそうだけど、さっきよりもたしかにトントロを感じられる。
『嘘、でしょう。物質世界の存在が魂魄に干渉するなんて……。でも、魂魄が修復できるなら、後はどうにかして体に繋ぎ止めれば!』
ノクトが興奮してしっぽを立てている。
僕はうまくできているみたいだ。
魂魄の事ならノクトの方がしっかりわかるから安心する。
「レオン、頑張ってください!」
「アニキ様。お兄ちゃんを、お兄ちゃんをどうかお願いします!」
シアンとピートロにうなずく。
元気がなかったノクトも前のめりになって考えている。
『問題は繋ぎ止める媒体よ。ただ肉体に入れるだけでは動く死体になってしまうわ』
媒体?
つなぎとめる?
よくわからない。
でも、体に魂魄をくっつけるのはわかる。
ただ、くっつけるだけじゃダメみたいだから……どうしよう?
『……ダメね。魂の領域は精霊の領域。それと同格のモノなんて……いえ、考えなさい。レオンが作ってくれた奇跡を無駄になんか――』
いっぱい考えていたノクトがふと僕を見上げてきた。
いっぱいに目を開いて、しっぽの毛がぼわってなっている。
見ているのは僕というか、背中の方?
後ろには……何もないし、誰もいないよ?
『あなた、それ……セフィラ!? それも六個も!? しかも、え? 物質化!?』
「うん。『峻厳』さんのマネをしてみたらできた」
なんだか、ぐったりとうなだれてしまったけど、すぐに頭を振るノクト。
『本当に出鱈目ね。でも、その出鱈目の正体が少しわかったわね。セフィラを六個も所持しているなら、生命力や魔力にも説明がつくわ。それにあのイカレ女が元『峻厳』の英雄? 確かにそんな妄言を言っていたけど……なら、あの翼はクリフォトの……いえ、そんなの今はどうでもいいわ。それよりも!』
ノクトはいろいろと知っているみたいだ。
あの『峻厳』さんの事とか、この六本の剣の事とか、枯れ枝の翼とか。
けど、いきおいよく別の事を聞いてくる。
『セフィラなら最上の媒体になりえるわ! あなたの持っているセフィラはなに!? そこに【王国】はあるの!?』
ええっと、僕の中にある力の――剣の名前だよね?
「【知恵】・【慈悲】・【勝利】・【理解】・【峻厳】・【栄光】だったかな?」
『さすがに【王国】までは持っていないのね。三英雄が分け合ったはずだけど……肉体の消失と一緒に失われたのかしら。あれが一番物質界と繋ぎやすかったのだけど、仕方ないわ。それなら【勝利】か【栄光】で代用を……』
うーん。
【王国】かあ。
僕の力の部分を剣にしたんだけど……他にもあったかな?
「あ、あった」
『は?』
体の奥の方にかくれていた。
使ってない力だから気づかなかったな。
それに他のとちがって、ちょっとしか形にならないみたいだし。
とりあえず、それを形にしてみる。
「【王国】」
呼びかけると、手の中にでてきたのはぽっかりと欠けた部分のある球だった。
『……本物ね。本当に、あなたはもう。いえ、いいわ。レオン、それを半分にできるかしら?』
「うん。たぶん」
六本の剣からてきとうに一本を取って、そのまま【王国】の球を半分に切る。
【王国】は最初から分かれていたみたいにかんたんにふたつになった。
『いいわ。それをトントロの胸に当てて、魂魄と一体化させるのよ。シアンとピートロはレオンから魔法を引き継ぎなさい。原理は魔導と一緒よ。力はレオンが流し込むから、制御だけに集中なさい』
「は、はい!」
「やります! やってみせます!」
シアンとピートロが僕の手に手を重ねた。
トントロの魂魄を治す力が僕から遠くなる。
だから、僕は半分になった【王国】の事だけを考えられる。
魂魄と一体化。
よくわからないけど、さっきから体と魂魄をくっつけようとしていたんだから、そうすればいいんだと思う。
トントロの胸に【王国】を当てて、僕の中から取り出したのとは逆を考える。
形をなくして、ぼんやりとさせて、体の内側に入れていくイメージ。
それはすうっとトントロを満たしていって、ふわふわしていた魂魄も包み込んで、ゆっくりとひとつになっていく。
だんだんと体と魂魄が混ざって、もうふたつの区別がつかなくなった。
いつも見ているとはぜんぜん別の世界。
これが魂魄のある場所なのかな?
そこはとてもきれいで、汚くて、でも、とっても大きな流れがあって、見ているだけで心が引きつけられていって……。
『……オン、レオン! 聞きなさい! どこまで深く潜っているの!? 帰ってこれなくなるわよ!』
ふと、ノクトの声が聞こえてきた。
顔を上げるとシアンがとても近くから僕を見ていた。
心配そうな顔をしているけど、どうしたんだろう?
「あ。トントロ……トントロは!?」
あれだけ見えていたモノが見えなくなっている。
気がつけば、背中の翼と剣も消えていた。
僕はあわてて抱き上げていたトントロを見る。
トントロは眠っていた。
ゆっくりと、おだやかに……息をして。
ふれた手から、たしかに心臓の音が聞こえてくる。
『安心なさい。成功よ。反魂の術なんて何が起きるかわかったものじゃないけど……よくやったわね。偉かったわよ、レオン』
「レオンの反応がなくなったのは焦りましたが……無茶しすぎですよ?」
「アニキ様、ありがとうございます! お兄ちゃんをありがとうございます! ありがとうございます!」
みんなが話しているけど、ちゃんと聞こえているけど、頭の中には入ってこない。
ただ、僕はトントロの温かさを感じていた。
トントロが生きている。
ああ。
よかった。
本当に、よかった。
僕は何度もかみしめて、それからプツリと意識を失うのだった。




