106 ドラゴンさん、戻って、戻って、もどる
106
戦いは終わらない。
「はははははははっ! いいぞ、ドラゴン! すばらしい!」
楽しそうな笑い声といっしょにくる。
たくさんの炎。
大きな波みたいにやってきた。
「があっ!」
声で穴を空ける。
ぶわっと炎の波が分かれて、向こう側に『峻厳』さんが見えた。
あと、炎の球も。
波の後ろにかくしていたんだ。
「がぁ?」
三十個もあったけど、ぜんぶ左腕で払い落とした。
けど、ぐらっと体が揺れる。
どうしたのかと思えば、まわりの地面がドロドロになっていた。
熱い泥みたいなのに足が飲まれて動きづらい。
だから、まずは地面をドンってやる。
そうしたら、泥は弾け飛んでいった。
残ったのは大きな穴。
これならジャマにならない。
「溶岩なんかよりオレを見ろよ」
声が聞こえた時には痛いのがきていた。
枯れ枝の翼が背中にささったらしい。
みっつ。
翼と翼の間に。
またパッと後ろに来たみたいだけど、何度もやられているからへいきだ。
翼がささったままだけど、体を治す。
これなら、翼を止められるし、あっちこっちにいく『峻厳』さんを逃がさない。
「無茶を――」
「があっ!」
背中には腕も足も届かない。
だから、使うのはしっぽだ。
ベシンと背中の方にいた『峻厳』さんを叩く。
たたかれた『峻厳』さんは翼を捕まれているから遠くに行けない。
そのまま何度もしっぽを右に左にふりまわす。
「は、はっはあ! 痛い! 響く! ああ、実に、イイ! だが、もっとだ! もっと先があるだろう!?」
翼を使えないからしっかり当たっている。
うれしそうな声だけど、ちゃんと痛いらしい。
「げふっ!」
「が?」
このまま倒してしまおうとしたけど、急にしっぽに当たらなくなってしまった。
振り返ってみると、枯れ枝の翼が折れてしまっていた。
だから、しっぽに叩かれた『峻厳』さんは向こうの方に飛んでいってしまったんだ。
岩にぶつかって、ゴロゴロと転がっている。
あ、ううん。
これ、折れたんじゃない。
はずしたんだ。
背中にささったままの枝の先っちょ。
みっつがいきなり熱くなり始める。
「返礼だ。受け取れ」
転がっていた『峻厳』さんの声。
いっしょに背中が燃え上がる。
体の中にちょっと入っていたせいでとっても熱い。
また、穴が空いてしまいそうだけど……へいきだ!
「があああああああああああああああああっ!!」
背中の炎。
そこだけを圧し潰す。
燃えている先っちょの部分をいっぱい、いっぱい、いっぱい重くして、炎ごと粉々に潰しておいた。
うん。
もう、だいじょうぶだ。
「は、ふふ、くふふふふ、ああ、戻ってきた。戻ってきたじゃないか、ドラゴン。お前に相応しい姿に! 在り方に! 思い出したんじゃないか、その全能感を!?」
そうだね。
思い出してきた。
『峻厳』さんはどんどん強くなっていく。
それに負けないようにしていたら、頭や体がポカポカと熱くなってきて、色んな忘れていたのを思い出せた。
これはドラゴンだった時の感じ。
人間になってからは体が変わって、うまくいかなくなっていたけど。
体がダメになっちゃうからできなくなっていたけど。
重いのとか、揺れるのとか、バラバラになるのとか、くっつのとか。
そんないろんなのが好きにできる気がする。
今ならブレスだって……。
「がぁぁぁぁ―――」
「おっと、それはまずい!」
息を吸う。
翼を広げる。
体中に集める。
角で力に変える。
手足を打ち付ける。
しっぽで体を支える。
喉を、開いて、溜める。
口の先。
そこに、赤い、紅い、丹い、鮮い、緋い、赫い――ヒカリがかたまって、あふれる。
「―――――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」
ドラゴンブレス。
ドラゴン最強の攻撃。
ヒカリが世界を赤く塗りつぶして、またたきよりも速く走り抜けた。
空気も、地面も、壁も。
ふれるすべてを焼き落として、空にとかして、後には何も残さない。
一直線に、ダンジョンを貫く。
部屋とか、扉とか、通路とか。
そんなのは関係ない。
ダンジョンを形づくっている世界をえぐったのだ。
そこには先の見えない深い穴ができあがっていた。
「がぁぁぁぁ」
熱い息を吐く。
頭がひとつだから弱くなっているけど、ひさしぶりのブレスはスッキリする。
「ここがダンジョンでなければ街が滅んでいたな」
『峻厳』さんの声。
ブレスを撃つ前に逃げていたらしい。
でも、その枯れ枝の翼は半分ぐらいになっているから、ちょっとは当たったのかな。
さっきはすぐに治ったけど、今はゆっくりとしか戻らない。
「ふふふ。本当に美しい。完璧だ。まさに、力の化身。オレに痛みを、愛をくれるのは貴様だけだよ」
よくわからない。
でも、この『峻厳』さんは敵だ。
敵は倒さないといけない。
倒さないと……あれ?
どうなるんだっけ?
うまく思い出せない。
何かとっても大切な事があった気がするんだけど、頭がぼうってして考えられない。
きっと熱いせいだ。
熱くてぼんやりしているんだ。
だから、後で思い出せばいいや。
「それだけに、惜しい。どうして、片腕だけは人間のままなんだ?」
『峻厳』さんは何を言っているんだろう?
人間?
僕はドラゴンなのに……。
「がぁ?」
言われて、気づいた。
右腕。
僕の右腕。
そこだけがちがう。
ドラゴンじゃない。
人間の、腕だ。
長い棒をにぎっている。
なんだろう、これ。
こんなのを持たなくても、僕は強い。
ううん。
ない方が強い。
だから、ポイってやろうとして。
「ぐ、がああぁぁぁ」
なんだろう。
腕が動かない。
棒を放さない。
大事ににぎりしめている。
そうだ。
大事に。
大事なんだ。
もらったんだ。
もらえたんだ。
ずっと、ほしくて。
でも、もらえなくて。
たくさん。
くれた。
みんなが――だれが?
ああ。
わからない。
思い出せない。
「どうやら、それが最後の未練らしいな」
冷たい声。
『峻厳』さんが翼を広げていた。
いつのまにか、元に戻っている枯れ枝の翼。
その周りにたくさんのマナが集まっているのがわかる。
「手放せないならオレが手伝ってやろう」
部屋が、揺れる。
今までとはぜんぜんちがう。
本当に、大きな爆発。
火山も。
熱い泥も。
ぜんぶ吹き飛ばしてしまいそうだ。
でも、僕ならへいきだ。
痛いかもしれないけど、痛いだけだ。
ケガをしてもすぐに治して、攻撃した後の『峻厳』さんを倒してしまおう。
そう考えて、でも、体は右腕を――長い棒を守っていた。
体を丸めて、翼でおおって、爆発を受ける。
痛い。
とっても痛い。
鱗が砕けたし、肉も焼かれてしまった。
どうして、こんな事をしているのか自分で自分がわからない。
「守る、か。愚かしい。在り方を誤るなよ、ドラゴン」
よわよわしい『峻厳』さんの声。
つかれているみたいだ。
見ると、すっかり平らになってしまった部屋の中には僕と『峻厳』さんだけ。
もう火山もなくなって平らな箱だけが残っている。
とても広い部屋。
扉もなくなってしまって、僕のドラゴンブレスが空けた穴ぐらいしかない。
そこからうっすらと霧みたいなのが入り込んできている。
『峻厳』さんは肩でぜえぜえと息をしている。
すぐに回復してしまうんだろうけど、今ならかんたんに倒せそうだ。
でも、そんなのはどうでもいいんだ。
頭がガンガンする。
胸がモヤモヤする。
体がグルグルする。
爆発のせいじゃない。
わからない。
わからない。
わからなくて――。
思い出せなくて――。
「さあ、それを捨てろ。それだけで貴様は最強に――」
「『戯言はそれまでにしなさい、SM女!』」
別の声が聞こえた。
わからないのに、わかる声。
頭や胸や体がぐわんぐわんするけど、これはいやな感じじゃない。
声はドラゴンブレスでできた穴の方から聞こえた。
そこには真っ青な顔をした猫っぽい人間――いや、人間と猫に分かれた一人と一匹と、人間っぽい子豚。
「レオン・ディー。しっかりしなさい!」
レオン・ディー。
それは――誰の、名前で。
思い出せないでいると、子豚の女の子が叫んだ。
泣いて、叫ぶ。
「アニキ様! お兄ちゃんを、助けて!!」
――思い、出した。




