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39妹馬鹿と弟馬鹿

 一年後。


「……派手だ」


 一生で最も大切な宴のため、レームブルックの英雄と恐れられる騎士ヘクターは、珍しく自邸の鏡前を陣取り使用人に着付けられた礼装を確認していた。


「いや、これはいくらなんでも派手すぎるだろう」


 そして狼狽えていた。

 襟元のレース襟は控えめなものの、金糸をふんだんに使い刺繍した濃紺の上着とズボン、磨き上げられた上やはり金糸で縫い取りされた飴色の皮ブーツは恐ろしく豪華で、更にその上には白テンの高価な毛皮のマントがかけられ、深緑の宝石をあしらったブローチがそれを留めている。

 髪をきちんと整え表情を作る事には慣れたが、豪華すぎる装いにはどうしてもヘクターは慣れない。


「……毛皮と宝石の留め金だけでも外して……」

「……」

「……」

「……いや、外さん。判っている。これは国王陛下から、今日の祝いにと賜ったものだ。……少なくとも今日一日人目に晒されている所で、脱いではならんだろう」


 判っている、とヘクターは頷いてみせると、ヘクターの着付けを手伝った老使用人は、深々と頭を下げ、そして感極まったように泣きだした。


「御立派です……」

「そ、それは欲目ではないか?」

「いやいやっ、ここ一年でなかなか様になって来たではないか、『団長』っ」

「っ……」


 湿っぽくなりそうな空気は、突然部屋に乱入してきた男によってまた一変した。


「それでこそ、レームブルック王国一歴史浅くも精強な、王都猛熊騎士団の団長だっ。というか、本日の主役が地味だと、部下の我らも気を使って地味にせざるを得ないのだからな。派手に装ってもらわねば困る」

「……お前は私がどんな格好をしようと、我が道で装うだろう。ラザール」

「まぁそうだがなっ」


 ヘクターの自邸に勝手知ったる様子で入り込んできたのは、ヘクターに勝るとも劣らぬ派手な装いのラザール・デムランだった。

とはいえ、ヘクターと何一つ色が被っていないのは、一応の気遣いである事はヘクターにも判る。


「副団長としては、本日主役の団長は立てねばならんからなっ。今回はオーソドックスな礼装で押さえてみたぞ」

「押さえてそれなのか……」

「はははっ、儂が華やかなのは生まれつきなのでな、許せっ」


 ヘクターは、かつての宿敵。今では自分の腹心となったラザールに、いつもと同じ諦めの視線を向けた。


 あの決闘から一年。ヘクターの周囲では様々な事が、大きく速やかに変わっていた。

 レームブルック王国国王はまず、決闘騒動の裏、そしてその以前から様々な不法行為に手を染めていたラスボーン大臣家を大騒ぎにならぬよう静かに、だが容赦無く王城内から立場を失わせ、国王への献上という形で、大臣家の所有していた領地の大半を奪った。

 

―静かに暮らす分は残してやろう。……抵抗するならば、新設騎士団の初陣となるが?―


 最初は抵抗の姿勢を見せていたラスボーン大臣家だったが、大臣家が敵国ウェーデンと内通した疑いが囁かれると、巻き込まれたくない王城の廷臣達は次々離れてしまったため、何もできずに国王に屈するしか無かった。


―くそう!! これもすべてくだらない訴えを起こした愚かな坊主のせいだ!!―

―ああ、これも試練なのですか!! 神よ!!―


 結局大臣家は、ギリギリ体面を保てる僻地の土地屋敷に蟄居という形になった。

 その憂さ晴らしのように、大臣家はモーガン司祭を解任し教会より追放したが、モーガンは何一つ発言を撤回する事無く、身一つで教会から去って行った。

 ある意味、大臣家の誰よりもよほど潔い狂信者だったと、それを聞いたヘクターは思う。


―……畜生……シルヴィア……シルヴィア……ヘクターっ!!―


 一方、大臣家に残された屋敷の片隅で、顔面が潰れたハドリーはシルヴィアとヘクターを呪っているという。

 そんな呪詛を嘲笑うかのように、国王は王都の騎士団再編を行い、王都最大の防衛戦力となる大熊騎士団を立ち上げ、その初代団長にヘクターを就任させた。

 

「しかし……はははっ!! 大熊とはなぁっ!! 似合い過ぎてて笑えるぞ団長っ!!」

「私は何も知らん。……国王陛下……」


 大熊騎士団の人事は騎士の実力重視とされたが、その一番の驚きとなったのはヘクターではなく、外国人であり高名な遍歴の騎士であったラザール・デムランの副団長就任だった。

 ラザールは多くの君主に望まれるも、ラザール自身がそれを拒否し続けた存在だ。

 そのため諸外国の王侯貴族達は現在も、レームブルックで一体何があったのかと、様々な憶測と興味本位の風説をあれこれと囁き合っている。

 ――だがヘクターにとっては、人生の一大事と比べれば宿敵が部下になるくらい、さほどのショックでもない。


「妹殿は、こっちに手伝いに来ないのか?」

「嫁ぎ先に合わせるのは当然だろう」


 決闘から半年後、妹のマリアンが無事ルイス・ヴェルナーに嫁いだのだ。

 判っていた事とはいえ、妹が家を出てしまった大ショックでヘクターはしばらく落ち込み、同じ王城務めであるルイスにしばらく恨めしい視線を向けていた。

 ルイスは全く気にせず、幸せそうな顔で王城の近衛騎士としての職務に励んでいたが。


「と言いつつ、本当は愛する妹に、自分の人生の大事を手伝いに来て欲しい欲しい、というのが、丸わかりだぞ団長」

「そ、そんな事はないっ。……」

「ははは、なんだその沈黙は。……しかしまぁ」


 楽しそうに笑っていたラザールは、ふと目を眇め、ヘクターを睨む。


「少々待たせてしまったのではないか?」

「……それは仕方がない」


 誰を、と今更聞き返すまでもなく、ヘクターは応える。


「彼女の家の都合上、まず弟を結婚させなければならなかった」

「それはそうだが、だったらいっそ、二組結婚でもよかったではないか」

「こちらがそれどころでなかった事は判っていただろう、『副団長殿』?」


 わざわざ私的な場では滅多に口にしないラザールの身分を口にして、ヘクターは返す。


「関係が悪化したウェーデンとの交渉に、ラスボーン大臣家残党派閥の監視、内乱の気配を感じて強気に出た隣国との国境領土問題。国王陛下の盾たる我らがこの一年、これ以上なく多忙だったのは判っていたはずだ」

「時間は在るものではなく、作るものだぞ~団長殿」

「ぐ……」


 正論で返したヘクターを、だがラザールは鼻で嗤う。


「仕事と女を同じ天秤に乗せること自体間違っているのだ。あの小僧っ子、ルイス卿を見ろ。取り立てられて多忙になっても、愛妻ぶりは何も変わらぬ」

「……私はあの青年程、器用ではない」

「そうだな、あの小僧は実に要領が良い。そしてお前は誠実で愚直な上不器用だ。これほど女にとってはつまらん亭主は無いな」

「……そうだな」


 返してヘクターは虚しくなった。

 重要な地位に取り立てられて奮闘しても、結局自分が何も変わってないと思い知ってしまう。


「……知ってるか? あの乙女は、最近さらにもてておるようだぞ」

「――っ」


 そんなヘクターに、意地悪な一言をラザールは加える。


「なにせ王宮の恋愛は、結婚してからだからなぁ。有力者の人妻となる淑女、しかも美人で金持ちとくれば、よからぬ下心を持つ若造共が群がって来るのは当たり前だ」

「……」

「亭主は多忙で留守がち、放っておかれる新妻、気が付けばその隣に寄り添う、若く美しい弟によく似た青年が……って嘘だ嘘だ。そんな落ち込むな。彼女は相手にもしとらんよ」


 気が付けば部屋の片隅で壁を見ていたヘクターに、慌ててラザールは付け加える。


「というか、そういう不安があるんだから、もっと彼女を大事にすべきだろうよ」

「大事……には思っている」

「行動に示さねば、それを証明できんぞ」

「……」


 全くその通りだったので、ヘクターは更に落ち込み壁を向く。


『……大事に……できていなかったかもしれないな。……忙しいと中々会えなかったし、贈り物や手紙もさほど送っていない。思わば、この『宴』の準備も、任せっぱなしで……』


 思い返すほどこの一年、ヘクターは自分が忙しさにかまけて、彼女を大切にしていない気がした。


『これから……結婚式。……そして婚姻の宴だと言うのに……』


 嫌われてしまったらどうしよう。

 それも仕方がないかもしれない。

 そんな情けない不安が今更ながらに胸中を占め、そして圧迫する。

 

「――ご心配なく」


 ――そんなヘクターの耳に、変わらぬ声が響く。


「この方が口下手で、態度を示すのが苦手な不器用男なのはよく判っておりますから。その分わたくしが言いたいことは言わせていただきますからね。なんの問題もございません」


 振り向くとそこには、やはり変わらず美しい、だが少々気の強そうな貴婦人が立っていた。


「……シルヴィア」

「宴席の最終確認に参りました」

「その格好で?」

「大丈夫、汚したりはしませんわ」


 手のかかった刺繍が美しい淡い色のドレスとヴェールは、勿論花嫁衣裳だ。


「流石にもう、直接動くわけにもまいりませんしね。とりあえず何か問題を見つけたら、召使に口出しさせていただきます」

「おいおい、乙女よ。これから花嫁になるというのに、こんな日まで働き者か?」

「失敗するわけにはまいりませんもの。何せ新設騎士団団長初の、私的で大掛かりな主催なのですから。……というわけで、ラザール卿?」

「はいはい、邪魔者は去ろう。それではまた、宴席でな」

「飲み過ぎないでくださいませね。他国の重鎮と、また決闘騒ぎはごめんですわ」

「はっはっは。なんの事かな。ほら、お前達も行くぞ。新婚家庭に仕える召使は空気を読まなくてはな」


 レームブルック王国、ヴェルナー騎士家女主人名代だったシルヴィアは、使用人達を連れて出て行ったラザールの姿が扉の向こうに消えたのを見計らって、ヘクターに振り返り言う。


「ご心配なく」

「え?」

「私の愛しいルイスもマリアンさんも楽しみにしている宴の席です。このわたくしが万事滞りなく、完璧に進行させてみせますとも」

「……はは」


 そう言って得意そうに胸をはるシルヴィアに、ヘクターの表情は自然と和らぐ。

 シルヴィアのいつも通りの生意気な態度は、今やヘクターを何より安心させるものだ。


「……多少失敗してもいいさ」

「え?」

「一緒なら、手助けしあえる。……こんな頼りない私だが、頼ってくれるか我が妻?」


 そう言ってヘクターが差し出した手を取り、シルヴィアは嬉しそうに微笑んだ。


「……勿論ですわ、わたくしの旦那様」

完結です。夏の中編にお付き合いいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 個人的にとっっっっっっても理想的な喧嘩ップルでした。 [一言] 素敵なお話をありがとうございました。
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