控え室の一幕
俺は今テレビ局にいる。学校での取材は福島が若干余計な事を言いかけたが無事終わり、とうとう本戦出場者が顔合わせする収録の日だからである。ちなみに今日の予定は俺達、出場者の紹介と本戦の内容説明が主となるらしい。
本戦が行われる日は夏休み前となるらしい。何はともあれ今日は他の出場者と初めて会うのだ。何故だか俺は男性に対して悪印象を持たれる事が多いので今日は静かにしていようと思う。スタッフの人に案内され、テレビ局の中を進んでいくと、警備員が二人の立っているのが見えてきた。
「秦野さん、この先角を曲がった所に男子王決定戦に出場される方達の控え室があります。各部屋の前に名前が貼ってあるのでご自分の名前がある部屋を使って下さい。盗聴機、盗撮等の関しては前もって調べていますのでご安心して下さい」
「はぁ」
「じゃあ時間が来たら呼びに来ますので……部屋にあるお弁当とかは自由に食べて貰っても大丈夫ですので」
「わかりました」
俺は警備員の間を抜け角を曲がる。すると言われた通りに控え室が並んでいる。しかし、その前に一人の男子が壁に寄りかかっている。その人物は雰囲気イケメン、俺が予選を見てそう名付けたライバルの一人である。
雰囲気イケメンはこちらをニヤニヤと品定めをする様に見て来るが、話し掛けて来る事は無い様だ。俺も特に話す事も無いので無言で前を通ろうとしたら、彼の足がスッと出された。
どうやら、彼の思惑は本選が始まる前に嫌がらせ、若しくは彼に対する苦手意識を植え付けようとしているらしい。俺は彼の思惑は通り転倒してあげようと考えた。
「あっ!」
足を掛けられ転倒する、雰囲気イケメンの思惑通りである。ただ一つ違うのは転倒した俺が思いの外、派手に転んだと言うことだろう。具体的にいえば三回転ぐらい転げ、回る度に派手な音をさせた挙げ句、大声を挙げた程度ではあるが……。
しかしと言うか、やはりと言うか、その大きな音を聞きつけ駆け付けた警備員、そして既に部屋にいた出場者が部屋から出てきた。駆け付けた警備員は倒れている俺を見て慌てて近寄ってくる。
「大丈夫ですか!? 何が有ったんですか!?」
「立てますか? 救急車呼びましょうか?」
俺は心配してくれる警備員さんに、大丈夫だと儚げに伝えてみる。派手に転んだのも、大きな音を出したのもほぼ自分でやった様な物だし。大丈夫と聞かれれば大丈夫としか言い様がない。実際、足を掛けた雰囲気イケメンは何が起こったかわからないと言う呆然とした表情でこちらを見ているほどだ。
「本当に大丈夫ですか? お辛そうですが?」
「は、はい。ちょっとそこの彼に強引に転倒させられただけですから……」
えっ!? と声を挙げたのはだろだろうか? 色々な声が聞こえたので恐らくこの場に居る全員だろう。だって当事者である彼も声を出したみたいだし。
「彼の言う事は本当ですか?」
警備員さんの一人が雰囲気イケメンに問いかける。
「えっ、いや……その……」
雰囲気イケメンはオロオロとし明確な答えを返さない。……まったく雰囲気イケメンの名前が泣く光景だ。雰囲気イケメンから雰囲気を取ってしまったら、ただのイケメンである。……いや違う、これでは昇格しているだけだ。
「僕も足を掛けられたぞ!」
「俺もだな……まぁ無様に転がっているそいつと違って華麗に避けたが……」
「余はされていないな」
「俺もだな。何もされていない。例えされていたとしても逆に地に這いつくばらせるがな」
おっと援護射撃が来た。なるほど、されていない奴がいるのはしっぺ返しを恐れたからか。賢いと言うのか小物と言うのか。
「すいません。違うお部屋でお話を伺わせて頂けますか?」
「ち、違う! そいつが勝手に転んだんだ!」
「そうですか。詳しくは別のお部屋で……」
もしかしたら彼はここで敗退か……あんだけ予選を勝って目立ったのに本戦を出ないとか周りになんて言うのだろうか? 多分、周囲の人からは色々声援を貰っているだろうに。とても可哀想だ。
……いや、ちょっと待て、これ番組的にも不味いな。これだけ盛り上がっている番組に水を差す様な物だ。江藤さんが涙目になって酒に走ってしまう。それは駄目だ。そう気づいた俺は雰囲気イケメンを連れて行こうとする警備員さんを止める。
「あの……幸い大きな怪我とかは無いので、彼を咎めることはするつもりはありません。……これから男子王決定戦がありますし。彼はとても卑怯な事をして、王を名乗るには相応しく無いと思います。僕は正々堂々と本戦でその事を彼に伝えます!」
「し、しかし私達も仕事ですから」
「お願いします」
俺は眼を潤ませながら警備員さんを見つめる。
「うっ……わ、わかりました。本当に怪我は大丈夫なんですね?」
「はい、問題ありません」
警備員さん達はお互いに顔を見合わせ、
「わかりました。この件はここだけの話にしておきます」
「ありがとうございます」
「あ、当たり前だ! 大袈裟に転けやがって! どうせわざとだろう!」
お咎め無しとなった事に気を強くしたのか雰囲気イケメンは言い放ち、足早に自分の控え室に戻って行った。……野郎、良い所つきやがる。
そんな彼を見て警備員さん達は大きく溜め息をつくと。仕事に戻ります、と去って行った。先程まで様子を見ていた男子達も興味が無くなったのか既に控え室に戻っている。さて、俺も控え室に入るかと思いながら伸びをしていると後ろから声を掛けられた。
「道を塞ぐな」
聞き覚えのある声である。
「あっどうもお久しぶりです」
「何か有った様だな」
日比谷副会長はそう言うが興味なさそうに自分の控え室に向って行った。
「え~と何が有ったか教えましょうか?」
「いらん。どうせ腐れ下種外道の貴様が何かやったに決まっているからな」
日比谷副会長はそう言うと俺を一瞥もせずに控え室に入っていった。……俺の評価が悪すぎやしないだろうか?




