第7話 楽しむこと
「なんかごめんね。自分のことをペラペラと語っちゃって」
「……そんな過去があったのに、俺だけ楽観的になり過ぎてたの申し訳なくなったな」
「ううん、いいの。アンタと話してる間は、余計なことを考えないでいられるから」
彼が私に気を遣ってこう言っているのは分かっていた。
「だから周りにバレないように演奏していたんだね」
「そうよ。アンタに見られたのも想定外」
「ごめん」
「……いや。アンタになら、聴いてもらうのも悪くないなって思えてきたのよ」
「良かった。俺も、お前の演奏、凄く好きだから」
好きという言葉に心が小さく揺れる。
「聴いてくれる人がいないんだったら俺が1人目の客になるからさ、また聴かせてよ」
「……ありがと。でもみんなの前でこの話は絶対しないからね」
「もちろん」
彼が優しいことは十分、分かっていた。
けれど、人の優しさの裏には必ず何かがある――そう知っていた私は油断はしなかった。
彼がいつ私を裏切り秘密を漏らすか分からない。
そんな考えが、私の口を重くしていた。
「無理はするなよ」
「そうね。まあ、サックスを吹いてる間は自由の身だから気楽にやってるわ」
「うん。何事も楽しくやるのが良いことだよね。俺も、自転車に乗るっていうちっぽけなことにも楽しさを見つけるようにしてるくらいだからさ」
彼はそう言いながら目を細めて笑った。
どうしてそんなにポジティブでいられるのだろう。
私には些か難しい問いであった。
「やばい。母さんから凄い電話がかかってきてる。もう少し聞いていたかったけど、帰らないと」
「そっか。じゃあ、またね」
「うん、また明日」
彼は大きな手のひらを左右に振って見せてから、さっと自転車に乗って公園を出る。
そんな彼の背中を見ているだけでも、胸の奥まで風が吹き抜けるような、心地よい涼しさを感じた。
彼が「もう少し聞いていたかった」と言っていたのが私の話なのか演奏の話なのかが気になり、帰り道はそれについてぼーっと考えていた。
翌週、祝日の月曜日を挟んだ火曜日の夜。
今日は珍しく、駅前に宮田杏輔の姿はなかった。
三連休を経て演奏への熱が冷めてしまったのかな? と余計な心配をしている自分に気付いてハッとした。
演奏に集中しないと――。
普段、彼が客の中に居るだけで、つい意識がそっちへ向いてしまう。
そのせいで音まで落ち着かなくなるから、今日は肩の力を抜いて演奏したかった。
たびたび通り過ぎる制服姿の学生にビビりながらも演奏を続けた。
結局、心配していたようなことは何も起きず、ライブは無事に終わった。
誰にも気づかれなかったことに、ほっと息をつく。
伸びやかな気持ちでサックスを抱えて帰ろうとした時だった。
見覚えのある自転車と、その後ろ姿が私の前を通過した気がした。
反射的にそちらへ目を向ける。
同時に私に気付きこちらを振り返る杏輔の姿があった。
「よ、偶然だね」
「……はあ」
「なんだよそのため息。俺がそんなに嫌だったか」
「誰にも会いたくないからよ。前にも言ったでしょ」
いくら秘密を知られている相手とはいえ、少しでも接触を減らしたい。
私が夜に駅で演奏していることが噂となってさらに広がってしまう可能性を抑えるためだ。
「先週思ったんだけど、帰り道ほぼ同じだよね。送って行くよ」
能天気すぎて、さっきの話を聞いていなかったんじゃないかと疑うほどだった。
私もこれほど気さくに人付き合いができればどれだけ楽なんだろう、と思ってしまう。
「お前、そういう交友スタイルをずっと続けて良いのか? あんまりクラスと関われなくて辛いとか思わないの?」
「思わないわよ。理由があって、極力姿を消してるんだから」
逆に彼が交友関係を持ちすぎているのは確かだった。
彼みたいに誰とでも自然に話せるような性格が私にもあったら、こんな悲観的にはなっていなかったのに。
「私は私を認めてくれる人しか信用しない。誰でも、裏切る時は裏切るから。私は特定の人とだけ仲良くするタイプなの」
「へえ。まあそういうのもアリか。俺のこともまだ疑ってるでしょ?」
「私は人間不信だから、どうだろうね」
「俺はお前のこと認めてるし信用もしてるよ。こうやって本音も話してくれるしさ」
なんだよ急に。
私が人間不信だと言ったばかりなのに、あえて信用がどうこうを口にする彼の真意が分からなかった。
ただ、それは私自身に対しても疑問であった。
さっきからクラスとの関係はほどほどにすると言っていたのに、この前は自分の境遇を、今は自分の本音を素直に話している。
そうか。
彼は、私が一方的に距離を作ろうとしているだけで、話し始めればこんなにも気兼ねなく話すことができるのだ。
まだちゃんと話すようになってから1週間くらいなのに。
「明日もライブするのか?」
「多分ね」
「行ってもいい?」
「……好きにしなよ。どうせ覗きに来るんだから」
「あたり」
彼は無邪気に笑いながら喜んだ。
その屈託のない笑顔は、疑心暗鬼になっている自分が少し情けなくなるほど潔白で、自然なものだった。




