第6話 吹奏楽部
中学一年生の時、私は吹奏楽部が大好きで憧れていたから、他の部活はひとつも体験しないで即入部した。
入部したての時は、サックスの存在すら知らなかった。
初めて体験した時に、三年生の女の子の先輩が私にサックスの凄さを教えてくれた。
その時、サックスは吹奏楽部として皆で合奏するのも、1人で好きなように演奏するのも両方楽しいよ、と教えてくれたのをよく覚えている。
楽器をサックスに決め、入部して数ヶ月経ったあたりから少しずつ異変が現れてきた。
同級生の部員の仲間が、5月初めくらいまではお互い仲良くしようねという雰囲気だったのに、6月に入る直前辺りから急に冷たくなった。
私は毎日放課後、最初に音楽室に入り、譜面台と楽譜さえあれば練習をすぐに始めていた。
先生よりも、先輩よりも、他のクラスのどの子よりも早く来て、少しでもサックスに触っていたかったからだ。
活動中も、周りが休憩して喋ったりふざけたりしている時も、サックスから口を離すことはほとんどなかった。
だから、たまに練習を怠る部員に「ちゃんとやろう?」と言うことがあった。
この時はまだ、それが当たり前だと思っていたから、自分がどういう位置に立っているか気付いていなかった。
今思えば、これが主な原因だったのだろう。
そのうち、同級生の仲間たちは、私のことを邪魔者扱いするようになっていった。
いや、仲間と呼ぶことすら出来ない関係だったのかもしれない。
彼女らは私に対してだけ明らかに対応を変えて冷たく接してきたり、大胆に無視したりと、それは最早いじめにエスカレートしていった。
確実に、自分が孤立していると悟った。
嫌われているんだな、と思った。
信頼できるサックスの先輩にそのことを相談してみたら、「私が皆に事情を聞いてみるね」と快く受け止めてくれた。
けれど、先輩から返ってきた返答が、私の中で何かを壊した。
「小夜ちゃん。皆から色々聞いたこと、ちょっと言いづらいんだけど伝えて良い?」
「どんなことですか……?」
「皆ね、小夜ちゃんの演奏に不満を持ってるんだって。なんかね、音の目立ちというか、調和しない感じというか……」
「……そんな。だったら、皆で合わせればいいと思いませんか? それが練習なんじゃないんですか? 頑張って足並みを揃えようと私は一生懸命練習してるのに」
「サックスって結構、音量調整が難しい所あるしもう少し周りの様子を伺いながら演奏してみてはどうかな? 個人練が全てじゃないんだよ。私も二年間ずっと、部員の皆とひとつのハーモニーを作るのに結構苦労したからさ」
彼女の言葉が信じられなかった。
自分が、周りからそんな風に思われていたなんて、全然気付かなかった。
自分勝手であることに気付けたらそれは自分勝手とは言えない。
何より、それを誰にも指摘されないまま静かに嫌われていたことが悲しかった。
私はしばらく、部活に顔を出すことができなかった。
端的に言えば、逃げたのである。
恐らく、馴染めない自分というものを信じたくなかったからなのかもしれない。
そうしているうちに、練習の成果も思い出も何も残せないまま三年生の引退コンサートの日を迎えた。
結論から言うと、私はコンサートに行けなかった。
自分勝手な奴が来たら距離を置かれるだろうし、周りから冷ややかな目で見られるくらいならこちらから距離を置くのが賢明だと思ったからだ。
その考えに取り憑かれて、コンサートに加えて三送会にも行かなかった。
それも、自分が出席することで雰囲気が悪くなるということを分かっていたからだ。
……でも、周りのことを考えたつもりの配慮が、結局、私自身を苦しめた。
結局私は、お世話になった先輩の引退の日でも、自分のことを考えてコンサートに行かなかった。
あれだけ恩のあった先輩の引退よりも、自分を優先してしまったのだ。
自覚が無かった自分勝手も、ここまで実体化して突き出されると、自分を嫌いになるのも無理はなかった。
あれから一度も先輩と話す事ができないまま、私は部活での居場所を失った。
顧問の先生は私が来れてないことを惜しいとしていたらしい。
だから、完全に退部することもできなかった。
明らかに練習できてない私を、先生は諦めていなかったのが驚きだった。
たまに、部活がオフの日や他の子が来ない日にちょっぴり時間をもらって、先生と2人で練習することがあったくらいだ。
それほど、先生は私のサックスが好きだったみたいだった。
どうにかこの状況を脱したいと思い、ある原因があって部活動には行けない、ということを伝えた。
するとなんと、先生はいじめについて深く追求しなかった。
「合奏に、合う合わないがあるのは当たり前。特にサックスはそういう悩みを持つ人は多いからさ。あなたは自分の思うように演奏すればいい」
その言葉を最後に、私は、吹奏楽部にも先生のところにも行かなくなった。
自分の思うように演奏したら除け者にされるのだ。
ならば、それはもう吹奏楽部として居る意味が無い。
最早、退部しろと言われたようなものだ。
先輩も先生も同じようなことを言っていた。
結局私は誰とも協力できず、恩を仇で返して去るだけの、自分勝手な演奏者なのだと改めて実感した。
何度も自分を嫌いになったけれど、いつの日かは開き直った。
そうとなればもう、私が好きな時に好きな演奏をすれば良いじゃないか。
どんなに醜い目で見られようと責められようと、私は自分の演奏だけを信じ続ければいい。
仮に侵すものがいれば、ここは私のテリトリーだと主張し、跳ね除けるだけだ。
そうして私は駅で演奏をするようになった。




