第20話 光り輝く音と色
いつの間にか私の家の周辺まで帰って来ていて、『涼風と金木犀』も最後の伴奏を迎える。
静かに止まりゆく自転車が、静謐な夜の空気の中に混ざり込む。
曲の余韻もまた、晩夏の涼しい空気に溶け込んでいた。
私は自転車を降りながら心の中で呟いた。
もう私に迷いはない。
私を惑わすものは何もない。
風通しが良くなりスッキリした頭の中に浮かんだ答えは、たったひとつだけだった。
「私の好きな人はね……。実はね、杏輔だよ。気付かせてくれてありがとう」
「……俺!? そっか」
「ふふっ。なんか急でごめん。私、変なこと言ったよね」
「……いや、実は俺も、駅で小夜を初めて見た時からずっと好きだった」
杏輔は相変わらず目線を落とした。
私が彼の顔を見る頃には、とっくに顔が真っ赤になっていた。
私の鼓動は、これまでで聞いた事がないほど高鳴っていた。
「正直、私はサックスが好きだから、これが同じ好きなのかは分からない。だから今は、杏輔に対しては『ありがとう』っていう気持ちが強いの」
「俺は、何も。むしろ客として小夜に『ありがとう』を伝えたいくらいで」
「いいの。今、嬉しくて胸がいっぱいだから。それに、これ以上優しくされるとまた泣いちゃう」
私の中で、恋愛的な「好き」が何なのかはきっと分かっていない。
だから、中途半端な恋をして、不完全燃焼のまますれ違ったんだと思う。
私は気付くべきだった。
きっと、私が好きだったのは、桐也君という"理想"じゃない。
杏輔と一緒にいる時の"自分"だった。
杏輔が突然、私の身体をぎゅっと抱きしめてくる。
途端に心臓が破裂しそうなほど激しく鼓動する。
自転車に乗っている時の杏輔の背中よりもなおさら、ずっと優しくてずっと頼りがいのある身体をしていた。
前から続いていた人間不信がこんな結末を招くなんて予想はしていなかったけれど。
私の中では、私らしいことが出来たんじゃないか。
杏輔が言っていたように私のしたいことを貫き通した結果なのだから、良いに決まっている。
「小夜」
「なに……?」
「一応、俺は今『好き』って伝えたんだけど、どう?」
彼のぎこちない誘いに対する答えも、ひとつしかなかった。
「うん! 私も大好き……! よろしくね」
「本当……? やった! よろしくね!」
両手でガッツポーズをしながら地面に向かって喜びを放つ彼の姿は、無邪気で微笑ましかった。
するとちょうどその瞬間、後ろから一台の自転車が杏輔の名前を呼びながら猛スピードで近付いてきた。
「こんな時間にこんなところに居たの! あと少しで警察に通報するところだったのよ!」
「電話来てたから連絡は入れたんだけど」
「連絡あっても心配するに決まってるじゃない!」
多分この感じ、杏輔のお母さんだ。初めて見た。
すごい速度で自転車を飛ばして来る辺りがちょっと似ている気がして面白かった。
「って、女の子と一緒にいたのね。塾の友達?」
「あー、うん。そう」
私は「いや……」って言おうとしたけど、杏輔がそう言ったから、素直に頷くことにした。
背中にごっつい楽器を背負って塾に通う中学生がどこにいるんだ、とツッコみたくなったがなんとか堪える。
「とりあえず帰るわよ。もう22時半よ。そっちの子はお母さんと連絡取れてるの?」
「私は、はい大丈夫です」
杏輔は「じゃあまた、月曜日」と言ってお母さんの後ろについて漕いで行った。
私も、帰ろう。
本当はもっと一緒に居たかったけれど、さすがに中学生が22時半に歩いていると色々問題がある。
家までは短い距離だったけど、この時間帯の夜道をひとりで歩くのはやはり恐怖が伴った。
何事もなく家に着いたけれど、家に着いた後はお母さんに叱られた。
けれどサックスの話をしてしまえば、最終的に「楽しくできたの?」という話になるから苦ではなかった。
「小夜、なんだか今日は特に楽しそうだね。何かいい事あったの?」
「ええ、そんな? 深夜テンションだよ、多分」
杏輔とお付き合いするということは、おそらくこれからずっと秘密にするつもりだ。
でもこの調子だとあっという間に、顔から読まれてバレてしまいそうだけれど。
バレるまでは自分の口から言うことはない。
これからも私は駅でのサックスの演奏を続ける。
外からどんな印象を持たれたっていい。
彼だけは、雨の日でも風の日でも楽しみに待っていてくれるはずだから。
――――周りの反応はマチマチかもしれないけどさ、小夜はしたいことをし続ければ良いと思うよ――――
杏輔の言葉は今も、私の演奏に寄り添ってパワーになってくれる。
私はもう、自分の音に自信を持って、好きなように演奏していいんだ。
トラウマだとか、誰かのことだとか考えなくていい。
大事なのは、自分が好きな音を鳴らすことなんだ。
そうしていればいつか、私の音が誰かの人生に寄り添うことになるんだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
夜の街を駆けていく――――けれど、頭の中にJPOPは流れなくなった。
代わりに流れているのは、小夜のサックスの演奏だ。
勢いのある旋律に身体を乗せてペダルを漕いでいき、駅前を通過する。
金木犀の樹が一列に並ぶ、行き慣れたこの道。
この明るい街道を走っていると、自分が光そのものになったかのような速さを感じる。
相変わらずそこには、黄金色の光を放ちながら演奏する彼女の姿があった。
けれど、俺はそれを見ても止まらない。
止まる必要がない。
なぜなら彼女の演奏はもう、俺の身体の中でずっと響き続けているから――。
夜の街を駆け抜けていく自転車を、色を持った音が追いかけていく。
今日も、俺たちの夜は繋がっている。
その音は今日も、誰かの心を、誰かの身体を、動かしている――――。
――完――
最後までお読みいただきありがとうございます!
2作目にあたる連載小説(中編)、書くのに中々時間がかかりました(汗) けれどまだまだ、10万字小説の案がたくさん控えております(4万字弱でこれなら私は倒れてしまう……笑)。
☆やブクマ、感想レビューなどはめちゃくちゃモチベになるのでぜひぜひよろしくお願いします!
次回作も張り切って書きます✨
改めて、ありがとうございました!




