↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シティライトセレナーデ 〜きかせて、夜を彩る音と色〜  作者: 透明スケ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/20

第19話 涼風と金木犀

小夜(さよ)……?」


 名前を呼ばれた気がしておそるおそる目を開けたら、目の前には、片膝を着いて心配そうに見つめる杏輔(きょうすけ)の姿だけがあった。


「杏輔……?」

「おい、急に俯き始めたと思ったら震えて、びっくりしたぞ。大丈夫か?」


 涙と冷や汗が止まらない。


「まさか、変なことを思い出してこうなったのか?」

「もう、大丈夫」

「本当か? 凄い震えてるぞ」


 大丈夫。今は、目の前には杏輔しかいない。

 何をされても耐えるんだ。

 自分の音を、自分が好きな音を信じて耐える。

 あいつらはもう、私に何も出来ない。


「ごめん、杏輔。こんな(はなし)した私が悪いから」

「本当に大丈夫なのか?」

「私はひとりで演奏してる身だから、これくらいは我慢しないと勝手に抜け出せないよね」

「おい、無理するなって。……確かに、小夜はサックスをひとりで演奏してるけれど、俺っていう客が居ることも忘れないでくれよ。客が何か出来るかって言われたら怪しいけど、少なくとも客があっての音楽だからさ。頼りないかもだけど、俺も小夜を支えることはできるよ」


 そっと顔を上げて杏輔の表情を見る。

 杏輔の心配の目が、「独りじゃない」と言っているようで心強かった。


「ありがとう……。ほんといつも、杏輔からはパワー貰ってる」

「ううん。俺は逆にいつも、小夜から音のパワーを貰ってるから、おあいこだよ」


 すると杏輔は両手を上げて、伸びをしながらパワーを集めるようなポーズをとった。

 そして、パワーを貯めた両手を私に向けて放つ素振(そぶ)りを見せた。


「小夜が嫌なトラウマも気にせず、好きなように演奏できますように、と。これでもう大丈夫」

「ありがとう。杏輔はほんと優しいね」


 私がそう言うと、杏輔はすぐに自分の膝に目線を落として、照れながら笑った。

 目線を落として顔を少し赤らめるのは彼の癖だ。


「またお母さんからすごい電話がかかってきてる。もうこんな時間だしな」

「うん……」

「まだ話し足りないことがありそう? 俺は全然いいんだけど」


 立ち上がろうとした彼を、私は直視できなかった。


「ん? また気分悪くなったか?」

「あのさ、もし良かったらでいいんだけど」

「う、うん」


 信頼できる彼と一緒なら何も怖くないのは分かっていたが、まだ不安はあった。

 だからこそ、ちゃんとクリアしたかった。

 ちゃんとした自分が、ちゃんと杏輔と話せるようにありたかったからだ。

 私は勇気に身を任せて立ち上がった。


「あ、頭の中がまだスッキリしないからさ、自転車の後ろに乗せてくれない?」

「ふふっ。やっぱり、言われると思ってたよ」

「本当? 良い?」

「言われなくても誘ってた」

「良かった……!」


 杏輔は笑顔で「行こうぜ」と言いながら自転車の鍵を外して跨った。

 私も続いてゆっくり後ろに座る。

 汗で少し湿った彼の肩にそっと手を添えた。


「今日はちょっと暑いから飛ばすよ」


 こうなれば、痛いのも怖いのも気にしない。

 杏輔の背中に掴まっている間は、なんだか自信が着いたように気を大きくしていられる。


 杏輔がペダルを漕ぎ始める。

 あっという間にスピードが乗り、暑くてムシムシしていたこの日にも風が巻き起こる。


 杏輔の肩越しに通り抜ける風は、私の頭の中までも通り抜けて行く。

 ひんやりとした手ですーっと撫でるように。

 爽やかな風が、頭の中でごちゃごちゃしていた黒い塊を取り除いていく。


 涼しい。

 杏輔の言う通りだ。

 ただ風に当たっているだけなのに、あっという間に気持ちがクリアになる。


 そして頭の中に流れ始めたのが、夏の思い出を思い返させる『涼風(すずかぜ)金木犀(きんもくせい)』だった。

 以前流れたあの『パンジー』と同じアーティストだ。

 清涼飲料水のように淀みなく流れるメロディーが、身体全体を芯から冷やしてくれる。

 そのメロディーの裏には、秋の訪れを痛感させる金木犀が待っている。


 吹き抜ける青色の風が、杏輔と私の髪をひらひらと揺らした。

 このまま身体全体が青色に染まってしまいそうな、清々しい気持ちになった。

 



「杏輔」

「どうした?」

「私ね、好きな人がいるの」

「急だな。でも興味あるから聞きたいな」


 言ってしまった。

 もう後戻りができない。あとは彼を信じるのみだ。


「その好きな人って……どんな人?」

「……分からない」

「分からない?」

「うん。でも、その人の前だと、変なこと言ってもいい気がするの」


 すごい気軽に話せて、笑わせてくれて、相談に乗ってくれて、助けに来てくれて。

 人間不信な私が本音を話せて、誰にも理解されない音を肯定してくれて、嬉しい時に一緒に笑ってくれて。


 私いま、ちゃんと喋れているかな? これは彼に届いているかな?


 急に思い出を羅列されたら驚かれるかもしれない。

 ……違う。変なことを喋ってもいいのだ。

 私は彼を信じているから、こんなにも話せているんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。