第2話 プレイリスト
「好きな子でも探してるのー? 小夜」
「ひぇっ! ち、違うよ!」
変な声が出たことに焦りながら、背後から腕を回してくる麻衣の手を掴む。
「びっくりするじゃん。いきなりはやめてよぉ」
「ふふん、友達の私なら分かるんだよ。小夜の目は、恋する乙女の目だったからさ」
図星。
どうして麻衣はこんなに察するのが早いのだろうか。
それとも本当に、顔に出ているのだろうか。
「ねえねえ好きな子できたんでしょ。誰なのか教えてよ」
「ちょっと……!」
教室内には隅で固まる2人組の男子や、静かに本を読んだり絵を描いたりしている女子が数人いたから、恋バナなんてできるはずがなかった。
「もしかしてさ、転校生?」
麻衣が耳元で小さく囁く。
周りに聞かれていないかという恥ずかしさと、麻衣にドンピシャで当てられたという恥ずかしさが互いの波を高め合い、シュッとお湯が湧いたみたいに顔が真っ赤になった。
「やめてよ、もうー」
「図星なんだね、やっぱり小夜って分かりやすいね」
麻衣はいつにも増して楽しそうだ。
恋バナなんて今やることでも無いのに。
「なんで分かったの」
「何回も言ってるじゃん。顔見たらすっごく簡単に分かったよ」
「……もう」
「転校生の前でさり気ないことしちゃダメだよ。小夜じゃすぐにバレるから」
麻衣はバカにしているのか本気で応援しているのか分からない口調だった。
「ところで、どんなとこが良いなと思ったの?」
「…………立ち振る舞い」
「ほぇぇ、なかなか面白い着眼点だね」
「何よそれ」
「ああいう堅いのが好きなんだ」
「堅いっていうか、大人びた風格というか……。堅そうに見えるけど優しそうだし」
「へえ〜。小夜のタイプがどんどん捲れていって嬉しいよ」
今更になって、やばい喋りすぎた、とギクッとする。
麻衣の調子に乗せられて、いつ誰に聞かれるか分からないのにトロトロと話してしまっていた。
「麻衣にはもう、これ以上何も言わないです」
「えー、ごめんよ小夜〜」
◆◇◆◇◆◇◆◇
毎週火曜日は英語の授業。
俺にとって辛い科目である英語に限って、集中力が続かない。
するとどこからか、楽しげでありながらしんみりとする、優しい音色が窓の外から聞こえてきた。
塾の先生は気付いていない。
最初は、こんな夜の時間帯にどんなやつが吹いているんだと迷惑に思っていたが、聴いていると段々、そのしっとりしたメロディーに好感を覚え始める。
これは、この前騒音を鳴らしていたサックスと同じ奏者であることに気付いた。
この、耳に残る音色。間違いない。
ただ今日の音は、この前と比べて包み込むような優しさがあった。
「今日はここまで。ホームワークを明後日の木曜までにやって来ること」
2時間に及ぶ塾の授業が終わって伸びをする。
スマホをいじったり、謎のノリで絡もうとしたりしている陽キャ達は置いておいて、俺はかばんを背負ってさっさと塾を出る。
今日も、あの快感を得に行くんだ。
自転車のカギを真上に軽く投げては取ってを繰り返し、上機嫌で自転車置き場へ向かう。
頭の中のプレイリストのスイッチをオンにしながら自転車に跨る。
今日はどのアーティストにしよう、とワクワクしながらペダルに足をかけた。
かと思っていたが、いつものように脳内を流れるはずのJPOPのメロディーは、そっぽを向いたように応答しなかった。
違和感が纏う頭の中に残った音は、あのサックスの音だけだった。
キラキラした響きのある音が耳の中で飛び跳ねていたのだ。
すると、頭の中で鳴り続けていたサックスの音が不意に現実の音へと溶け込み、思わず身体がピタッと止まった。
(……聞こえる。きっと駅前のどこかでまだ演奏してるんだ)
俺は自転車を降りて押し、音のする方へ歩いて行った。
(あれだ!)
数分、歩いて行くと、目的の場所に着いた。
教室内に聞こえるのも納得できるほど、確かに塾のビルから近いところにある広場だった。
そこには、俺と同い年くらいの女の子が黄金色のサックスを吹いている姿があった。
そこは小さなベンチがひとつあるくらいのこじんまりとした場所で、人も少なかった。
足を止めていた客は、高齢者やいかにも趣深そうな中年の大人ばかりだった。
無論、駅前の人通りの多い場所で演奏しているのである。
人によっては、「うるさい」という視線を送ったり、迷惑そうな顔で睨んだりする人もいた。
そんな中でも、女の子は気にせず音を出していた。
しばらく見ていると、目が合った。
俺の存在に気付くと突然、女の子は慌てた。
彼女の頬は一瞬にして紅潮し、お客さんに小さくお辞儀をしてから、焦った手つきで楽器を片付け始めた。
俺に気付いて辞めたということは、と思い、目を凝らして女の子の顔を見た。
よく見たら、彼女はクラスメイトの安良小夜であった。
(なんであいつが……、こんな公共の場で演奏なんて迷惑なことを……?)
彼女は、教室内では物静かで、陽キャな振る舞いを見せたりふざけたりしない、癖のない人だった。
吹奏楽部であることは知っていたが、ここまでアクティブに街中で演奏するタイプだとは思わなかった。
だが、彼女のサックスが放つ光沢のある黄金色は、彼女自身の光のように輝いていた。
俺はその姿に釘付けになっていた。
そんなことを考えていたら、怒ったような悲しんだような表情をした彼女が、ズカズカとこっちにやってきた。
「良いから来て!」
自転車の前カゴを掴まれ、強引に近くの小さな公園へ歩かされる。




