第15話 近付いてくる恐怖
私はもう、とっくに好きだったんだ。
真っ直ぐでありたいこの「好き」に、気付いてしまったんだ。
「今日も来てね」
「えっ。まあもちろん、今日も塾あるから顔は出すよ。小夜から言ってくるなんて珍しいね」
「なんか、誰かに聴いてほしくなったの」
なぜこんな誘い方をしたのか、確かな理由は分からないけれど、今は思いのままに行動したかった。
杏輔もきっと、こんな私を許してくれるだろう。
昼休みに入ってすぐ、人が沢山いて聞かれるかもしれないにも関わらず、私は杏輔の席まで行って囁いてしまった。
私があまりに気まずそうにするから、杏輔は驚いた顔でコクコクと何度も頷いていた。
相変わらず数分ほどでほぼ空の状態になった教室は、自然の中に居るかのような落ち着いた空気を漂わせていた。
今日はいい具合に日差しが弱まって、過ごしやすい日だった。
相変わらず窓側で絵を描いたり読書をしたりする女子と、隅でヒソヒソ話している男子だけが教室に残っていた。
ということは前みたいに麻衣がやって来るのかな、なんて思っていたら、突然の空気の変化に身体がビクッとした。
複数人の足音。
どこかで嫌悪感を覚えた声。
これが嫌な予感というやつだろうか。普通の人なら感じないほどの恐怖が近付いてきていることを背中で察したのだ。
さっきまでの教室の悠々たる空気は一瞬にしてどこかへ行った。
私は怖くなり机に突っ伏して顔を隠した。
今だけは麻衣といえども誰にも話しかけてきて欲しくない。
「あ、安良さんいたよ〜」
「お、いたいた。昨日はどうも断ってくれてありがとね。皆で安良さんのことを誘おうと思って来たよ」
吹奏楽部の皆だ―――――。
先頭に立っていたのは昨日バンドを誘ってきた男子。
トーンからして、昨日の誘いを断ったことを責めに来たのだろうか。
そこには、5人の吹奏楽部のメンバーが立っていた。
その目は既視感のある目だった。
攻撃の目だ。敵意を宿した目だ。
あの時と同じ――――あの時私を苦しめた視線と同じだ。
「なに……?」
「俺らまた安良さんと演奏がしたくて、部活に戻ってくるようお願いしに来たんだけど」
「行かないです」
「どうして? 今度こそちゃんと練習すれば合わせられるよ。俺らなら団結できるはずだよ」
……は?
嫌だ。
ちゃんと練習すれば? こっちのセリフだよ。
なんでこいつらは偽善者な発言ができるんだ。
本当に気持ち悪い。
「私はもう戻る気は無いので、関わらないでほしいです」
「そんな事言うなよ」
この前バンドに誘ってきたこの男子は私が夜に駅でサックスを吹いていることを知っている。
できるだけ怒らせないようにしないとまた何をされるか分からない。
変に噛みつきすぎるとライブの件をバラされ揶揄われてしまうことなど分かっていたから、彼の怒りを買う言葉は言えなかった。
ライブの話はさせずに、穏やかに話を終わらせたかった。
だが、そんな望みなど叶うわけがなかった。
「待って。もう我慢できないから私からちゃんと言わせてもらう。小夜。あんたね、駅前で1人でサックスやるとか何考えてるの? 私たちのことを裏切ったってこと? 私たちのこと何にも考えないで勝手に退部したってことなの?」
リーダー格の女が私の机に手をついて声を荒らげる。
やはり、そうか。
あの男子がこのことを話さない訳がないもんな。
私が隠れてライブをしていた事なんて、なんの意味も無かったんだ。
心臓がバクバクと鳴って息がしづらくなる。
苦しい。またあの時と同じだ。目の前がどんどん暗くなっていく。
「う、裏切ってなんかないよ。私は一緒に演奏するのが無理だって分かって退部したんだから」
「……へえ。ひどいね。先生がすごく悲しんでてさ、私たちに呼び戻すよう言ってきたのよ?」
「ひどいって、私のことを集団でいじめたあなた達に言われたくないわよ!」
言ってしまった。
できればいじめの話はしたくなかったのに。
教室には普通にクラスメイトが居るし、こんなところを見られたくなかったのに。
もう、これで話は終わりだろうと思った。
いじめの話をしてしまえばさすがにビビってどこかへ行くと思ったからだ。
……けれど、私はこいつらを舐めていたのかもしれない。
彼らがそんなことで引き下がる訳がなかった。




