第14話 新たな「好き」
翌日。
「おはよう」
「あっおはよ」
実は昨日の夜に僕と会っていたということを小夜さんは知らない。
特別なものを感じているのは僕だけなのだろう。
彼女は挨拶を交わした時点で反応が鈍く、元気が無さそうだった。
「眠そうだね。元気?」
「あ、ううん。全然大丈夫。今日は体育があるもんね」
「そっか、なら良かった」
本当に、別人になるんだな。
相変わらず学校にいる時は、普通に学校生活を送る女の子だ。
けれど夜になると雰囲気がガラッと変わり、1人の奏者として独特な音を奏でる。
そんなギャップを抱えた生き方に、少し憧れるところがあった。
昨日の駅での演奏の話でもしてみたいところだが、急に知らない人が何の脈絡もなく演奏の話をし始めたら引かれるに違いない。
タイミングを考えて話しかけないと。
いつの間にか、彼女とどうやって接点を持とうか考え込んでいる自分がいることに気付く。
僕は思った以上に、彼女の演奏の虜になってしまっているのかもしれない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
昨日杏輔の自転車の後ろに乗った時は、本当にすっきりした。
頭の中、体の中を涼しい風が通り抜けて撫でていく。
昨日頭がクリアになったからこそ、今日はその反動か少しぼんやりしていた。
チラッと桐也君の方を見ると、透き通るような白い肌の綺麗な横顔がそこにある。
彼は相変わらず深い考え事をしているようだ。
彼が何かを考えている時は、いつも顎に指を当ててじっと何かを見つめているような目をする。
そんな癖に気付いてしまうくらい、私は桐也君のことを見てばっかりだったのかと1人で恥ずかしくなった。
私みたいにノーテンキなクラスメイトが話しかけては、彼の考え事を邪魔してしまうよなと思うと、上手く行動に移せなかった。
まじまじと見過ぎていると、彼は顔を動かさずに左目だけをこちらに向けて「どうかした?」という顔をした。
「ううん、なんでもない」
「そっか」
このやり取りのどこかに既視感があった。
逆に言えば、それしかなかった。
やはり私では、彼の凛々しさに見合わないのだろうと勝手に考えてしまう。
彼が思慮深い時間を過ごしている裏で、私は夜に無心でサックスを吹いているだけ。
仮に彼に演奏している姿を見られたらドン引かれるに決まってる。
すると、突然頭の中に杏輔の声が響いた。
――――そういうギャップなんかに囚われずに、好きなことを好きなままで居られるって凄いことだからさ――――
好きなことを好きなままで、か。
ふと、疑問が湧いた。
私は本当に、桐也君を好きなのだろうか――と。
私が本当に好きな物ってなんだろう――――と。
振り返ればずっと拗らせてばっかりだし、バタバタした行動ばっかり取るし。
だから、本当に好きかどうかを自信を持って言えるかなんて、無理な話だと思った。
――――でもそれは、サックスを除いた話で。
サックスと一緒にいる時間は、自分に自信がつくし、「サックスが好きな自分」を許せる。
サックスは相変わらず大好きだし、「好きなことを好きなままで」いれる。
私にとってサックスは、いつの間にか生きがいのようになっていたんだ。
桐也君と話す時は、いつも一言目を考えてから声を掛けていた。
変なことを言って嫌われたくない。少しでも子供っぽく見られたくない。
そんなことばかり考えているから、結局いつも大した話ができない。
でも、杏輔と居る時は、そんな感情を持ったことは一度もなかった。
杏輔と話している間は思っていることがそのまま口から出る。
彼には、「嫌われるかもしれない」という怖さを感じないのだ。
問題は、私がこの2つの関係のどちらを好むかだった。
私にとっての「好き」が何なのか――――。
――――好きなことを好きって言うのは難しいって言うしさ。自分の好きなことにまっすぐで居られるのって凄いことだよ――――
またしてもあのミドルボイスが反響した。
彼はこんなことを言いながら、喜んでいた気がする。
そっか。
本当に、心の底から私の演奏に興味を持ってくれていたんだ。
私の「音楽」への「好き」を彼と共有していたんだ。
それくらい、私はサックスが好きなんだ。
それくらい、私は彼に救われていたんだ。
私がそう結論付けるのは、当然なことだった。
私はもう、とっくに好きだったんだ。
真っ直ぐでありたいこの「好き」に、気付いてしまったんだ。




