第12話 気持ち
「ありがとう、本当に」
「え? 俺は思ったことを言っただけだけど……」
「それが嬉しいの。正直って、文字通りまっすぐじゃん。私にとってはそれが、本当に嬉しいの」
この時やっと、涙が一筋零れていたことに気付く。
初めて彼とここで話した時と違って、柔らかく滑り落ちる涙だった。
きっと、嬉しいから涙が出るのではない。涙が出るから嬉しいんだと思う。
今まで人間不信を貫き感情を表に出さなかった私が、こうやって同級生と笑ったり泣いたりできるようになった。
まっすぐに気持ちを伝えられるようになったのだと思う。
だから、彼には感謝してもしきれない事がたくさんあるのだ。
「しかもさっき、私のことを初めて『小夜』って呼んでくれたね」
「き、気にするなよ。……やっぱりお前って呼んだ方が良いか?」
「私は『お前』じゃないです。小夜って名前があるからね。じゃ、私もこれから下の名前で呼ぼうかしら?」
「…………好きにしろ」
ぶっきらぼうに言い放った彼の表情は、熟した桃ののように赤く染まっていた。
ふふ、と小さく笑った。
こんなにも自然と笑みが浮かぶのは、相変わらず彼のおかげなのだろう。
杏輔と話しているだけで、心を覆っていた暗い灰色の悩みがすーっと消えていく。
「なんか、思い悩んでたことがすっきりした」
「悩みあったんだ」
彼はなんでもない事のように言った。
確かに杏輔のポジティブ思考には、悩みなんて入り込む余地もなさそうだが。
誰とでも気さくに話しかけられる彼だからこそ抱えている悩みがあるのかもしれないけれど。
「やっぱり、バンドを誘われた件もあったしさ、いつかは皆にバレると思うんだ。そうしたら、昼の私と夜の私のギャップを見て、周りからドン引きされちゃうんじゃないかとか心配しちゃうの」
「……なるほどね。確かに、俺も初めて小夜の演奏聴いた時は驚きが強かったよ。普段は静かなお前がこんなに生き生きしてるとは、ってさ」
「や、やめてよ、恥ずかしい」
「褒めてるんだよ。周りの反応はマチマチかもしれないけどさ、小夜はしたいことをし続ければ良いと思うよ。そういうギャップなんかに囚われずに、好きなことを好きなままで居られるって凄いことだからさ」
杏輔はベンチに座ったまま星でも見るかのように空を見上げた。
街の灯りが明るすぎて星は見えないけれど、薄く雲がかった空は、白色の絵の具が水に溶けたみたいにモヤが漂っていて綺麗だった。
一時期、いつまで経っても吹奏楽部と足並みを揃えられない自分を嫌いになった。
誰も自分の音を認めてくれず、時には攻撃された。
本当に自分がしたいことを見失っていたのだと思う。
そんなきっかけで始めた夜のライブも、周りに知られたら嫌だと他人の目を気にしてばかりであった。
今になっては違う。杏輔の言葉を聞いていたら、そんな考え方が馬鹿らしく思えてくるのだ。
周りの目なんて気にする必要がない。
そんなの、私だけの音に混ざるノイズのようなものだ。
「小夜は音楽に対する思いが強いしさ、色んな人に『きかせる』演奏になればもっと魅力的だと思うけどな」
「独りよがりに思いが強くても良い訳じゃないと思うのよ」
「いやいや。第一、ミュージシャンは気持ちが強ければ強いほどかっこいいじゃん。俺がよく聴くアーティストもさ、歌詞に気持ちが乗ってる曲ほど好きなんだよね。これは素人目線なんだけど、サックスって『奏者の思いを伝える』のに最適な楽器だと俺は思う」
「そう……。確かにそんな気もしてきた」
――サックスは吹奏楽部として皆で合奏するのも、1人で好きなように演奏するのも両方楽しいよ――
あの時の先輩の言葉が頭の中で復唱される。
独りになった私に、「まだ演奏しても良いんだよ」と教えてくれているのがサックスなのだ。
そして、そんな私の気持ちを音にして発散するのを手伝ってくれているのもサックスなのだ。
杏輔は「特に小夜の演奏は心を惹き込むからさ……」と、目線を逸らして言った。
こんなにも私の演奏に影響を受けてくれている聞き手が居ると思うと、なんだか嬉しいような、気恥ずかしいような気持ちになる。
「小夜」
「なに?」
「ちょっと、来て」
「え……?」
彼は私を手招き、自分の自転車の前へ連れて行く。




