第11話 まっすぐ
夜の街に音を響かせていく。
いつものように演奏したつもりだったが、わずかに音に違和感があるような気がしていた。
恐らく気分が上がり切っていなかったからだろう。
「アンタ、今日も来たのね」
「毎日塾行ってるんだよね。その度聞こえてくるから気になっちゃって」
杏輔は私が夜に駅でライブをするたびにちょこっと覗き見をしてくる。
最早この調子だと、私が居ない日にも覗きに来ていそうだ。
そのままこの前と同じように、近くの小さな公園へ移動する。
「あのさ。今朝、教室で見てたかもしれないんだけど、吹奏楽部の男子からライブの話された」
「ライブって、駅前で今さっきまでやってたやつのこと?」
「多分そう。それで、急に吹奏楽部に戻らないかって言われたの。アンタまさか、夜の私のことを言いふらしてないわよね?」
「そんな! さすがに言ってないよ」
彼が優しいことは知っていたけれど、彼を疑うのも無理はなかった。
今まで誰にもバレず、声もかけられずに普通にライブが出来ていたのに、彼に知られてからたった数日で急に例の男子からライブの話をされたからだ。
彼は基本どんな人とも話すし、クラスの男子なんて誰と関わりがあろうと不思議ではないくらい交友関係が広い。
例のアイツと一緒に裏でコソコソ笑っているなんてことも可能性はゼロではない。
「疑わしいこと、なにかしちゃってた? そうだったらごめん、ちゃんと謝る」
……でも、彼の切実そうな顔を見て、彼の仕業と断定して問い詰めることはできなかった。
これじゃ、ただの八つ当たりじゃないか。
自分でも嫌になるくらい、猜疑心ばかりが先走って、ありもしない疑いを膨らませている。
そんな自分のほうが、よほど信用できなかった。
彼がそんな腹黒なことをしているなんて、想像する方が難しかった。
彼は私の演奏に興味を持ってくれた、数少ないお客さんなのだから。
「本当に言ってないわよね?」
「うん、信じてよ。俺は心から、小夜の演奏に興味があるんだから」
「……そっか」
疑ってばかりじゃ何も始まらない。
観客を信用出来ないアーティストは、アーティストじゃない。
私の方から信用してサックスを吹かないと、演奏まで自信の無い音になってしまう。
「やっぱり、私の考えすぎだった。こっちこそ変に疑っちゃってごめんね。普通に考えて、あの時間に駅を歩いてたらたまたま見た、っていう可能性の方が高いよね」
「……そうだね。うん、大丈夫。俺、これからもちゃんと秘密守るから心配しなくていいよ。疑わせちゃったことはきちんと謝る」
どうして彼は、こんなにも自分の責任にしようとするのだろう。
こちらが悪いのに、まるで当たり前かのように自分のせいにしてしまう。
気まずくなるくらいに謙虚に接してくるから、ぶっきらぼうな彼にしては意外で驚きを隠せなかった。
まあ、強情で威張り散らすような人よりは、彼みたいな態度の方が何倍もマシだけれど。
「今朝のその時俺いなかったからよく知らないんだけど、その誘いはちゃんと断ったんだよね?」
「もちろんよ。二度と関わりたくないような相手だもの」
「そうか……、もう関わってこないと良いのにね」
例の男子の、ニヤけた顔が頭に浮かぶだけで胸の奥がざらつく。
それに対して、杏輔の呑気な笑顔は不思議な安心感があった。
「ごめんね。すぐ人を疑ったりするような、こんな性格の悪い女子の相手させちゃって」
「いやいや全然。そんなに卑下しなくても」
「何でも言っていいわよ。こんな捻くれてる女子、嫌でしょ?」
「……ううん、捻くれてなんかないよ。むしろ凄くまっすぐでカッコイイじゃん。ライブの件、誘われてキッパリ断ったんでしょ? それは、まっすぐで固い志を持った小夜にしかできないよ」
彼の声や顔には、不自然なものがどこにもなかった。
いつの間にか、杏輔と話している間だけは「誰かに嫌われるかもしれない」という考えが頭から消えていた。
さっきまで卑下していた自分が恥ずかしくなるくらい、彼の紡いだ言葉には心を動かす何かがあった。
この胸の奥から込み上げてくる感情をなんと呼べばいいのだろう。
恐らく、嬉しいんだと思う。
音楽に込めていたものが、言葉になって伝わったみたいな、しっくりきた感情。
「なんかアンタと話してると、今まで上手く言葉に出来なかった感情とか思いとかが、気持ちいいくらいにスルスル出るわね」
「抱え込むのは心身に良くないって言うからね。俺じゃ頼りないかもだけど、何でも相談してくれて良いんだよ」
「本当に、いいの」
「辛い思いを心に秘めたままの人と話す方こそ、こっちまで辛くなるからさ」
頬の上を何かが通ったような気がして、涙かと思い手を当てる。
「私今、泣いてる……?」
「いや? 泣いてなさそうに見えるけど」
「良かった。さすがにクラスメイトの男子の前で泣けないわよね」
「俺が初めてライブを見た時、凄い泣いてたような気がしたけどあれは夢だったか……」
「そういうの思い出さなくて良いから! 忘れて!!」
私は笑いながら彼の肩をそっとはらう。
相当嬉しかったのだ。
まっすぐに生きようと決めた自分に、気付いてくれる人がいたから。




