5.ピーコの正体
飛躍しすぎている想像も、時々的を射ていることがある。
ピーコの正体は小鳥だった。
ユンが13歳の頃、学院の休暇中に実家の庭先で、巣から落ちた小鳥の雛を見つけたことがあった。
「小鳥?あー……親鳥に落とされたか?放置されたか?自分で落ちたか……?しばらく様子を見てみるか」
ユンはそう考えてしばらく離れて様子を伺っていたが、親鳥は一向に迎えに来る様子がない。それに、小鳥の雛はどんどん衰弱していくように見えた。
「こういう時は手助けしない方がいいって言うけど、少しだけなら……」
自然界でそこから弾き出されたものは、死を待つしかないことが多い。それに、そういったモノたちが何かの餌となることで、それを糧に他の生物が生存し、自然は循環していくのだ。
厳しいが、それが自然の摂理である。
(それに、領民が鳥に穀物を食べられて困っていることもあるようだから、この機会に鳥についても調べてみるか)
その日から、ユンは色々と調べながら小鳥の雛の世話をした。最初は溶かした鳥の餌しか食べられなかった雛であるが、正直なところ、ユンの給餌に嘴を開けてくれただけでも成功であった。
親に放置されたり巣から落ちて衰弱してしまった鳥の雛は、人間から与えられた水や餌を食べることを拒否したり、嘴を開ける元気すらなく、そのまま死ぬことも多いのである。
最初は雛を布でくるむだけにしていたユンだったが、雛が少し元気になり、動きがやや大きくなりだすと、慌てて鳥籠を作ることになった。それに、布は取り替えないと不衛生なほど、酷い有様になってきていたのだ。
「元気になったのは良かったけど、鳥籠の作り方まで調べることになるとはな……」
生き物の世話には、案外いろんな知識が必要である。
「ほうら、作ってやったぞ。おまえ、俺に感謝すべきだからな?」
鳥籠に入れられた小鳥の雛は、全く何も分かっていないようであったが。
それから数日もすると、さらに元気になった小鳥の雛は、ユンに向かってしきりに餌を要求するようになった。食べる頻度や量が増えたのである。
「おまえよく食べるなあ。まあ、せっかく部屋に持ち込んだ餌が無駄になるよりはいいけどな」
毎日鳥籠の掃除をし、餌をやり、休暇が遊びや勉強以外で潰されているにも関わらず、ユンはなんだか楽しかった。
(糞とかの掃除は面倒だけど、家で何かを飼うのもいいかもな)
男爵家は屋敷の人数も限られていたため、敷地内に畜舎などもなかったから、ユンはそれまで何かを飼ったことがなかったのだ。
そうしてユンは何日もその雛に給餌し、飛べるまで育てて山へ帰した。
飛べるようになっていた小鳥の雛は、鳥籠から出されるともうしっかりとした翼があるのに、すぐには飛ばなかった。何回か羽をバタつかせ、少しユンを振り返り、そしてようやく空へ飛び立ったのだ。
飛び立った後も、もう雛とは言えないその小鳥は近くの木に止まり、ピチッ、ピチチチッと鳴いたのだ。それは鳥籠の中でユンに向かって鳴く、いつもの光景でもあった。
そして、何分も経ってからようやく、その小鳥はユンからは見えなくなったのだ。
それがピーコであった。
……でも、ピーコは山へ戻ってからも、時折ユンの様子を見に戻ってきていた。
ユンが学院に行ってしまった後も、ユンが戻って来るかもしれないと、何度も何度も男爵家の屋敷の窓を覗いたのだ。
それなのにそれからしばらく、ユンは屋敷へ戻ってはこなかった。
そんなユンがようやく実家に戻ってきたと思えば、何やら苦しんでいるではないか。
ピーコは一生懸命に近くの木で美しい声で囀ってみたり、ユンの部屋の窓際に美味しい木の実を置いてみたのに、彼の様子は変わらない。
そんなユンが何故かある日、ピーコの住んでいる山の中にある山小屋に住み始めた。ユンはいつも何やら変わった作業をしていたが、火を使っている時だけはピーコは近づかなかった。煙は目に染みるし、そうでなくても怖いのである。
それでもピーコは、なるべくすぐそばでユンを見ていた。もうユンは苦しそうではなかったが、何日か経つにつれて時折遠い目をして、寂しそうな表情を浮かべた。
「パパ!ピーコはここよ!」
そう何度もユンに呼びかけても、ユンは何故かいつも全く気付かない。
「パパ!」
まあ、普通に考えて、人間に鳥の呼びかけが聞こえるはずもないのである。
毎日それを続けている不思議なピーコに、ある日、鳥の中でも長生きで頭に冠羽をつけた賢い鳥が、
「そんなに気になるのなら、山の魔鳥のところ行って人間になったらいいじゃないか。見てたって何も変わらないさ」
と言ったのだ。
その鳥は、ピーコから離れた後、
「ま、その魔鳥と取引すると大空を飛ぶ翼はむしられちまうらしいがね」
と呟いた。その発言はもう、ピーコには届いていなかったが、その賢い鳥もそれを重々承知していたのである。
「人間なんぞみんな居なくなっちまえばいいのに。あいつら、美味しそうな木の実を食べてる仲間を網で捕まえたり撃ち殺したりしやがる」
賢い鳥は人間が嫌いだった。
「それどころか、俺らの羽をまるで見せ物みたいに頭に飾りつけたり、羽も生えないくせに身体に飾ってみたり。食べもしないで殺すだけのやつらもいやがる。ほんとタチの悪いクソ害獣だ」
その賢い鳥は目の前で兄を殺されたことがあった。
網に捕まった兄はそれでも、
「おまえら!逃げろ!」
と必死で仲間に呼びかけ、少し離れていた木で木の実を食べていた賢い鳥は、そのおかげで生き永らえているのである。
「俺は兄貴を見殺しにして生き延びたようなもんだから、クソ鳥なのかもな」
冠羽を少し揺らしながら、その賢い鳥はひとりごちた。涙なんて出ない。いや、正確には目を守るための涙は出るのだが、感情的になって涙が出るなんてことはなかった。
それでも、あの記憶はいつまでも消えずに残っている。
そんなこととは知らないピーコは、
「魔鳥は怖いと聞いてたけど、ほんとはいい魔鳥なのね!」
と、喜び勇んで魔鳥のところへ飛んでいった。
山小屋に来たユンが、最近1人でこっそり泣くようになったのを、ピーコは何度か見て知っていたものだから、どうしても心配でたまらなかったのだ。
魔鳥はピーコの何十倍も大きく、まるで苔が生えている岩のようでもあった。ピーコが来ると、魔鳥はニヤニヤと不気味に笑いながら細長い趾足でピーコを鷲掴みにし、
「おやおや、おまえさんが来るのは分かってたが、存外早かったね。おまえさん、誰かに唆されたんだねえ」
と、しゃがれ声で言った。ピーコは頭を横に振った。
「私、騙されてないわ。人間になりたいの」
「人間にねえ……?本当に鳥にはバカが多くて困るね。そんなのになったところで、生き物の行き先などみんな決まっているというのに」
「ピーコはね、パパに助けてもらったの!だから助けてあげるのよ!お願い!なんだってするわ!」
ピーコはユンのことを、父親のように思っていたのだ。
魔鳥はますますニヤニヤした。
「それじゃあ、おまえさんのその大空を翔るための翼、冬でも身体を温められる羽毛、それから……おやおや、おまえさんの寿命は元々短いから、貰ってもねえ……。そうだ、子を成せる機能でも貰おうかね」
「うん!それでいいわ!」
ピーコは即答した。
魔鳥は嘴を少し開き、喉をクックッと鳴らした。
「……こういうやつが1番タチが悪い。覚悟だけは大したバカだねえ、おまえさん」
魔鳥は掴んでいたピーコを離すと、空中に魔法陣を描き始めた。美しく仄かに光る魔法陣は完成すると、くるくるとピーコの周りを囲み始めた。
それは魔鳥の姿からは想像ができないほど、優しくて暖かい、輝く綺麗な魔法であった。そうしてピーコの身体が光に包まれたかと思うと、ピーコはもう二本足で山の中に立っていたのである。
魔鳥は満足そうにバサバサと羽を動かした。
「おまけだよ。あの人間の男が好きそうな身体にしといてやった」
「……!魔鳥様!ありがとう!」
「わしゃおまえさんみたいなのが嫌いだ。もうおまえさんは、わし以外の鳥ともろくに会話できなくなったんだからね。安易な選択は身を滅ぼすのさ。分かったらさっさと行っとくれ」
魔鳥はそう言ってまた空中に魔法陣を描くと、ピーコを強引に弾き飛ばした。
ピーコは空に飛ばされ、ふんわりと山の中に落下した。ゆっくり落下したのは、魔鳥なりの配慮だろうか。
落ちたところは山小屋の近くであった。
「パパを元気にしてあげなくっちゃ!」
そうしてピーコは、山小屋の扉を叩いたのである。
ユンの薬は、人間の心が読めるようになる薬である。それだから、小鳥のピーコの心の声は読めないのであった。




