3.現れた美少女
コンコンッ
朝方、急に響いたその音に、ユンが剣を持って恐る恐る山小屋の扉を開けると、そこにいたのはユンの肩ほどまでの身長しかない、小柄な美少女であった。
ユンは慌てて後手に剣を隠した。茶色の髪に栗色の眼をしたその子は、ピーコと名乗った。
「あのね、ピーコね、山の中でちょっと迷子になっちゃったの」
簡素な灰色の服を身につけている美少女だが、服はところどころ穴が空いていたりほつれていたりする。
「誰か探しに来るまで、ここに置いてくれない?かな?」
(こんな朝早くに、こんなところに美少女……!?)
あまりにも急で不思議な来訪者に、ユンが動揺してしまったのも仕方がない。それに、何故かピーコからは全く思考が流れてこないのだ。
(この子が何を考えてるかは、聞きたいんだけどなあ……トイレ以外は)
これは、ユンにとってはかなり喜ばしいことでもあり、非常に残念なことでもあった。
「え。別にいいけど……」
ユンは内心、(俺にもとうとう運が向いてきたか!?!?)と思ってもいたのだが、顔には出さずにぶっきらぼうに答えた。むしろ、下心がバレないよう、迷惑そうな顔を心がけさえした。
ついでに、(さっき服着替えといて良かった……!)とも思っていた。春の川はまだ水が冷たかったし、川から何往復も水を汲んでくるのはなかなか骨が折れる作業だったため、洗濯は3日置き、風呂も6日置きにしていたのだ。
さっきちょうど3日ぶりに着替えたのは、ユンにとってもピーコにとっても衛生的な初対面ということでかなり恵まれたタイミングだったかもしれなかった。
(明日からは毎日洗おう。風呂は……2日置きでいいか)
ユンはそう思った。流石に土管風呂のために何回も川から水を汲むのも、火を起こすのも、労力がかなりかかるからだ。洗濯分ぐらいであればなんとか頑張れるだろう。
「俺はユン。この山小屋の管理人。家の人が来るまでならここにいていいよ」
ピーコはパァッと顔を輝かせた。
「ありがとう!ユン!優しい!」
その後、ピーコは鳥の雛のようにちょこちょことユンの後ろを着いて歩いた。でも、ユンの指示はきちんと聞くのだ。
「薪割るから危ない。ちょっと離れてて」
「はーい」
ピーコは素直に離れて山小屋の壁際に立った。
(椅子ぐらい……何個か作っとけば良かったな。人が来るなんて想定してなかったから……。明日ちょうど良さそうな木を切りにいこう)
ユンは幾つか思考を巡らせた。人が来ることもあるとなると、今山小屋にあるものではあらゆるものが足りなくなる。
「川に水汲み行くけど……着いてくる?」
「うんっ!」
ピーコはニコニコと素直にユンの言うことを聞いた。
(心の声は聞こえないけど……可愛いな……。妹がいたらこんな感じなのかも。この子が山小屋にしばらくいてくれたら嬉しいけど……すぐに迎えがくるかな?)
ユンはそう思ったが、夕方になってもピーコを探す者は現れなかった。
「家の人……まだ探しに来ないね……」
「うん……。ピーコ、まだここにいていい?」
ピーコは少し怯えるような、伺うような目つきでユンを見た。
「うん。……だけど、明日麓に降りて近くの村に知らせてやろうか?このままだと探す場所が分からないのかもしれない」
「……ピーコ、もう要らない子なんだと思う。ここに居たい」
ピーコはしばらく間をおいて慎重に言った。
(……!ああ、口減らし……の可能性もあるか……)
ユンは悩んだ。
(口減らしが家に戻ったら、生き延びた子の復讐や、また戻ってくることを恐れてそのまま親が子を殺すことがある……。でも、本当に親がピーコを探してた場合は誘拐になる……か?)
口減らしや姥捨ては、各村の様々な事情により仕方ないとされることもあった。
(せめて、領地には必ず設置義務がある孤児院に捨てればいいのにな)
でも何故か、彼らの多くはそれを選択しないのだ。山の方が近いからであったり、子どもや老人が勝手に迷子になったり行方不明になったりしたとして暗に処理した方が楽だし、世間体的にも都合が良いからだろう。
(これは……ピーコは本格的に今夜はここで泊まることになりそう……だよな。怖がらせないように安全な男だとアピールしないと)
その頃になると、ユンは緊張と僅かな興奮でソワソワし始めた。いつもはしないが、山小屋を綺麗に掃除し、汲んできた水で衣類を洗濯し、近くの木と木に渡してある紐にそれらを干した。
(女って、臭いのはたぶん……いやだろうな。特にこんな可愛い子は)
そう思ったのだ。
そしてやはり誰もピーコを迎えに来ないまま、夜がやってきた。
「悪いけど、寝床は1つしかないんだ。ここで寝てくれ。俺はこの床で寝る。明日にでも麓に降りて村で布団を1組買ってくるからさ」
ユンは、なるべく下心を見せないように壁の方を向きながら言った。するとピーコがわざわざ近づいてきた。
「ピーコね、夜はね、くっつかないと眠れないの……。お願い、一緒に寝てくれる?」
ピーコはユンの右手を両手でぎゅっと握りながらそう言った。
(いや、いやいやいや、今のは空耳か?俺の妄想か?)
ユンは混乱した。
見ると、ピーコが淋しげな潤んだ瞳でこちらを見てくるではないか。
それを見て耐えられる男はあまりいないだろう。
「……別にいいけど」
ユンは変な研究をずっと続けていたせいか、山小屋暮らしのせいかは分からないが、語彙力に乏しかった。
(ね、寝床が1箇所しかないしな……。仕方ないよな……)
そう思ってピーコと一緒に床に就いたユンだったが、不安なのかモゾモゾして落ち着かないピーコがユンに抱きついてきたあたりで若さゆえの欲がムクムクと湧き上がってきた。
(いや、流石に今日は……我慢我慢がまん……)
ユンはもうピーコの肌の感覚で頭が真っ白になりそうだったが、その夜何とか我慢した。全く寝た気がしなかったため、朝になるといつもより無駄に疲れていたが。
それに、くっついてくるピーコのせいで分かってしまったのだが、ピーコは着痩せするタイプで、かなりユン好みだったのだ。
山小屋の窓から朝日が射してきたためユンが寝床から立ち上がると、ピーコもゴソゴソと起き始めた。
「おはようピーコ」
「……おはよ」
「今日は風呂の日だから、川に何回も水汲みに行かなきゃいけない」
「風呂?」
「うん。だからちょっと忙しくなる。ピーコは疲れてるだろうから無理はしなくてもいいよ」
「……ピーコも行く」
その日、水汲みを大量に終わらせ、薪割りや小動物の解体など様々な作業を終わらせた夕方、2人は風呂に入った。
(ピーコも、風呂を喜んでくれるかもな)
そう予想したユンの思惑は完全に裏切られた。ピーコは土管風呂を見たことがないらしく、入り方も使い方も知らなかったのだ。
(女の子は誰でも風呂を喜んでくれるわけじゃないんだな……)
ユンはそう思った。ピーコが他とずれているだけなんて、彼は全く思わなかったからだ。
そしてその日の夜も、ユンはピーコの体温に悩まされることになった。ピーコは風呂に入ったせいか、やたら暖かく、そのせいかは分からないが、ユンの欲をかなり刺激してくるのだ。
若いユンはもう我慢ができなかった。風呂のせいかもしれない。いや、山小屋にいくつか備蓄されていた石鹸があまりにも良い香りのせいかもしれなかった。だからユンは若すぎる欲を抑えられず、ピーコと一夜の過ちを犯してしまったのだ。
ピーコはそれが初めてのようだった。
そのことにユンはかなり安心したが、ピーコが涙目であまりにもつらそうだった為、それなりの時間をかけて色々と試行錯誤したのだ。それに、考えてみて欲しい。5円玉の穴に、そこまで大きいものが入るわけもない。
だから、無事にコトが済んだ時には、もうほとんど朝方だった。ちょっと色々試しすぎたせいか、2人とも他人には見せられないような姿になっていたが、どうせこんな山小屋にまで人が来るはずもない。
(……それを期待してたわけじゃないけど、これで俺も男として卒業できた……な。いや、一応ちゃんと我慢しようとはしたんだし、ピーコもくっついてきたし、仕方ない……よな?でも……やっぱここは耐えられる男として明日ぐらいまでは我慢すべきだったか?……ふへへ、でも相手は美少女。学院では何もなかったけど、初めてがこんな美少女ってめちゃくちゃ勝ち組じゃね?……はあ、思い出してもやっぱ最高だったな)
ユンは、流石に体力を消耗しすぎたのか今ではすやすやと寝息を立てているピーコの身体を眺めつつ、何度もコトを思い出しながらニマニマとピーコを見ていたが、当然、誰もそんな様子を見てはいなかった。
ユンが寝床から立ち上がると、その日もやはりピーコは目を覚ました。
「……ピーコ、あの、おはよう」
「おはようユン」
ピーコはニコニコと微笑んだ。
「今日も水汲み?」
「いや、今日は肉の燻製を作らなきゃかな」
「……分かった」
ピーコは頷いた。夜のことは何も言ってこなかったが、どうやら嫌だったわけではないようである。
それに、いつも通り彼女はニコニコと可愛い笑顔を浮かべてユンを見るのだ。
(よし!頑張るか!)
経験がなかったせいであまり上手く出来なかったのではないかというユンの不安は、空振りだったようであった。色々と不安に思っていたユンのやる気は、その日以降明らかに上がった。洗濯や風呂のための水汲みでもそうだったし、薪割りや小動物用の仕掛けのためでもそうだった。
「ピーコ、俺は川に水を汲みに行ってくる。罠用の竹籠を編んでてくれるか?」
「うんっ!行ってらっしゃい!」
ピーコはいつも笑顔だった。
(今日も可愛い!結婚したら生活にハリが出るってのはこういうことなのかもな!)
ユンはそう思い始めていた。
実態は少し違うような気もするが、事実婚と比較すると似たようなものなのかもしれない。
「今日は川で魚を獲ろう。ピーコも行くか?」
「……!うん!ピーコ、魚好き!」
ピーコはユンより魚を獲るのが上手だった。
(これだけ魚を獲るのに慣れてるってことは、もしかしたら、ピーコは川沿いの村にいたのかもな……)
ユンは色々とピーコの出生を想像したが、ピーコはそれから、誰かに探されている様子もなく、何日も山小屋に滞在した。
「風呂は、ピーコが先に入りな」
「うーん……」
「また俺が洗ってやろうか?」
「……うん」
ピーコはあれからもやはり風呂が苦手だった。ピーコが来たとはいえ、手間の問題からやはり2日に1度であったが、それでもなかなか入りたがらない。
だから、いつもユンがピーコを洗ってやることになった。
風呂の時間にちょっとした遊戯もできたから、役得ではあったが。
……ほんの少しである。おそらく。
(元々村ではあまり風呂に入る習慣がなかったのかもな。結構貧しい村だったのかもしれない)
ユンは想像した。
夜に関しては、もう、一夜の過ちという表現は間違ってきていた。2人は本能の赴くままに何夜も肌を重ねたため、ユンはもう、ピーコのあらゆる敏感な弱点をほとんど記憶してしまっていた。
それに、ピーコはかなり素直で、ユンの言うことは何でも聞いてくれるのだ。おかげで、ユンはそれまで密かに想像していた体位をほとんど試していた。
連日のように励めたのも、若さ故かもしれない。
最高に幸せだったユンだが、1ヶ月もすると流石に少し冷静になってきた。
(避妊もしていないが大丈夫か……?このまま続けるとマズいかもしれない。子どもができたら……)
冷静になるのがだいぶ遅いが、浮かれていたのだから仕方がない。ユンもようやく現実的に考え始めたのだ。
(流石に、もうこれは夢ではないよな……?それに、ここで子育てをするのは厳しい。冬は過酷だと父上も言っていたからな)
薪を割りながら、遠くで洗濯をしているピーコを見て、ユンはそう思い始めていた。
ピーコも少しずつ、山小屋に慣れ、様々な事を手伝えるようになってきていたのだ。彼女の保護者のような者は、この1ヶ月、やはり一向に現れなかった。
(それに、ピーコの心の声は一度も聞こえたことがない。もしかしたら人の心を読める薬の効果が切れたのかもしれない)
薬の効果が切れたのであれば、ピーコを連れて屋敷に戻れる。
(もしそうなら、ピーコとちゃんとした結婚ができるかもしれない)
ユンはそう思った。
だから、ある日ユンはピーコに断りを入れ、1人、山小屋の近くの村へ出かけたのだ。




