LXXX.トイフェルの望み
「あら、アダ」
「お、起きてたのか……ベアトリス」
「えぇ……身体は痛いけれどね」
さらりと軽口を叩いたベアトリスに、アダは小さく笑った。
トイフェルから話をされた次の日。ベアトリス以外は全員目覚めており、シモンとスチュアートはレーヴ家に戻っている。
「安静にしとけよー。ルネティアなんて、起きてすぐに部屋の掃除し始めてたからな」
「凄まじい仕事人間ね」
軽く手を振り、アダはベアトリスの部屋を後にする。
「……トイフェルー、入るぞー?」
アダは返事を待たずに、医務室に入った。
トイフェルは基本的に中にいてもノックを無視してくるので、アダは勝手に入ることを学んでいる。
「……トイフェ──」
布団がこんもりと大きく丸まっている。
太陽の光に晒されて、布団にでもくるまっているのか。
そう思い、アダは布団を引き剥がした。
「──ル?」
違う。これは、氷像だ。
何となく人の形を取っている像。
(逃げたのか?)
だとしたら、何故逃げる?
買い出しか? 仕事?
なら、一声かければいいのに。
(探さねぇと)
アダは医務室を勢いよく飛び出した。
「……アダ」
「あっ、フェリシアン! トイフェル知らねぇっ?」
「知らないけど。医務室にいるんじゃないの?」
たまたま廊下を歩いていたフェリシアンは、アダに声をかけられて首を傾げた。
「いや、いなくて。……じゃあ、アンジェリーネ様は?」
「……あ、リーネ様なら、外に行くの見たよ」
「ありがと!」
アダって「アンジェリーネ様」って呼んでたかな、と疑問に思ったフェリシアンだった。
◇◆◇
「はぁ、やっと見つけた」
一刻ほど探し回ったアダはやっとのことで、アンジェリーネの姿をしたトイフェルを見つけた。
以前、街に出たときトイフェルと話した花畑だ。
「……お前か」
「……」
(〈光明の英雄〉様の姿でそういうこと言わないでほしいんだけど)
取り繕う必要がなくなった、というのはいいことだが、違和感はある。
トイフェルが座っている隣に、アダは腰を下ろす。
ふと、手元を見れば、確かに綺麗な指輪が嵌っていた。
「なぁ、お前は何が望みなんだ」
アダは単刀直入に言った。アダが単刀直入に言わないことなどほぼ有り得ないので、いつも通りである。
「何……?」
「そうだよ、お前の秘密がバレた今、お前は何を望む?」
特に、アンジェリーネのことだ。
アンジェリーネとして生きるには、かなり大変なスケジュールになっていたことだろう。トイフェルにはトイフェルとしてのやることがあるのだから、尚更。
このまま、トイフェルがそうあることをルネティアが許すのだろうか。
「俺は……」
「うん」
「死にたい」
「はっ?」
思わず声に出してしまったアダは悪くないだろう。
(なんで、なんで、だよ……っ)
孤児だったアダは、生きるだけで精一杯だったのだ。死にたい、なんて考えは容易に思いつくものではない。
唇を噛むアダの気持ちを読み取ったように、トイフェルは口を開く。
「〈魔王〉を倒して、復讐が終わった今、俺は何をして生きていけばいいんだ? ……死んで、アンネに会いたい」
そうだった。トイフェルは、アンジェリーネがいない世界で、自分は一人だと思うような男なのだ。
「……それ以外の望み、考えとけよ」
「何でだ。俺は……」
「死なせるわけねぇだろ! お前を自殺なんて、絶対にさせねぇよ、俺とルネが、絶対に」
アダが叫ぶ。
トイフェルは、何とも言えぬ複雑そうな顔をアダに向けた。
「だから、考えといてくれ。何でもいいから、小さいことでいいから。あ、死ぬ以外でだぞ。……あんま、アンジェリーネ様を知らねぇ俺が言うのも良くねぇけど……アンジェリーネ様は、お前がここで自死することは喜ばねぇと思うぞ」
「……分かってる。それでも――」
「いいから、考えとけ。できる範囲なら、俺は何でもするから」
「あ、ここにいましたね」
頭上から声がしたかと思えば、アレクシアに乗ったルネティアだった。
「急にお二人共いなくなるんですから……皇族の方々とパレードの打ち合わせをすると話したでしょう?」
ルネティアの言葉に、アダは焦った。明後日には〈魔王〉を倒したということでパレードが行われるのだ。今日はその打ち合わせがある。
「うっわ、やべ! 今何時!?」
「まだ一刻はありますから、大丈夫ですよ。見つからなければ困ると思って、早めに探しに来ただけですので」
軽く休憩して、ルネティアとアダは出発の準備を進めた。
「行くぞ、トイフェル」
「……」
アダの言葉に、トイフェルは一呼吸置いてから、口を開いた。
「なぁ」
「何?」
「…………フェルト、と呼んでくれないか」
アダは目を見開いた。
「お前は、それで、いいのか……?」
フェルト、というのはトイフェルにとって特別な愛称だろう。だから、アンジェリーネに独占させたわけで。
「……何かを望め、と言ったのはお前だからな」
確かにそうだ。
ルネティアが愛称で呼ばれていたのを見て、少し羨ましくなったのはトイフェルだけの秘密である。
(……少しは、生きる希望を持てたかな)
「分かった。行くぞ、フェルト」




