LXXVIII.ルネティアの怒り
トイフェルの話を聞き終えたルネティアは、絶望していた。
「どう、いうこと……ですかっ。アンネ様と、貴方が入れ替わって……いえ、貴方がアンネ様の姿に成り代わって、いた、と?」
「……あぁ」
トイフェルは目を逸らして頷いた。
「……っ!」
振り上げられたルネティアの手は、空中でぶるぶると震えている。
そして、小さく口を開く。
「貴方に、分かるのですか」
「……?」
「突き放されたように、ルネティアと呼ばれた時の、私の気持ちが!!」
ルネティアの珍しい大声に、トイフェルはオパールの瞳を見開く。
「貴方には、分かりません。でも、知っているでしょう? 貴方は私を見て、ルネティアと呼んだ」
「……あぁ、呼んだな」
「そう言われて、どれだけ傷ついたと思っているのですか!? ルネ、と友達として呼んでくださったあの方に――あの方の姿をした貴方に、私がどれだけ……! 友達に突き放されたような感覚は、今でも鮮明に覚えています」
ルネティアの緑の瞳からは、涙が零れていた。
それを黙ったまま、アダは見つめる。
「貴方は、どう思うのですか? あの方に――アンネ様に、トイフェルと言われたら、どう思うのですか? 『悪魔』という意味を『勇敢』という意味に変えてくださったアンネ様にっ!」
「……」
「私には、意味なんてありません。でも、独りぼっちだった私たちに、友達を与えてくださったアンネ様は、貴方にとっても、私にとっても『太陽』でした。そんな方に愛称で呼ばれなかっただけで、私は泣きそうな気持ちになったのです」
ルネティアの叫びに、トイフェルは黙っている。
「それなのに、貴方は一人で抱え込んでっ!」
今まで隠されてきた、抱え込んで鍵をかけていたルネティアの感情を、アダは静かに聞く。
アダはアンジェリーネを知らない。本物はとうに亡くなっていた。
だが、ルネティアやトイフェルの話から、優しい人物だったのは分かる。明るくて、ルネティアやトイフェルを救ってくれた太陽のような存在だったのだ。
「私は、アンネ様を弔うことすらできなかった。アンネ様は亡くなっていらっしゃったのに、のうのうと生きて! アンネ様に守られた挙句、アンネ様の死すら知らず。私は、アンネ様が生きていらっしゃると思っていたから、家族の死すら我慢できたのです。お父様もお母様も役目をちゃんと果たせた、と思って……! 〈英雄〉を守るのが、私たち〈英雄の臣従〉ロデス家の役目ですから」
そこで、やっとルネティアは一息ついた。
「貴方は、どうして私に言ってくれなかったんですか」
落ち着いたルネティアの一言に、トイフェルは口を開く。
「……どうして、お前はそうやって俺を心配するんだ」
「貴方が、大切だからです」
「……は」
ルネティアの言葉に、トイフェルはパッと顔を上げる。
「みんなが死んでしまって、残されたのは私たちだけなんですよ。それならば、協力したかった。……何より貴方がアンネ様を大切にする姿が、貴方とアンネ様が笑い合っている姿が、私は好きだったんです」
「何、を言って……」
驚きに顔を染めるトイフェルに、ルネティアは叫ぶ。
「……私は、ずっと……貴方を友達だと思っていますっ!」
「おかしいだろ……。僕は、アンネを独占しようとして――俺は、お前を遠ざけて、お前を傷つけて、お前を騙したんだぞ……?」
そうだ。トイフェルはアンジェリーネがいない自分は一人だと思ったから、〈孤影の英雄〉と名乗っているのだ。
「それでも、貴方が――トイフェル・ヴェヒター様が大切なんですよ」
「……っ」
「遠ざけられて、傷つけられて、騙しされても、大切な人であることに変わりはないんです」
ついに、トイフェルのオパールの瞳から涙が溢れ出た。




